その後①〈4月29日(金)高崎家、18時45分~〉

文字数 1,429文字





「はい、丁度ですね。ありがとうございましたぁ」
 チン、とレジが鳴る。千嘉がレシートを渡すと、渋谷さんは両手に一本ずつ、一リットルの大瓶を持って帰って行った。ああすると、重たいものでもやじろべえみたいにバランスがとれるのだそうだ。お尻のポケットから飛び出ているのはくしゃくしゃのスポーツ新聞。ついさっき「久しぶりに当てた」のだと、ヤニで黄ばんだ歯を見せて賭けた馬の活躍をたたえていた。
 あんたは笑ってくれるからいい。そう言い残して帰って行った日を思い出すから、千嘉は渋谷さんの背中を見えなくなるまで見送ってしまう。
「助かる。時間大丈夫か?」
 千嘉がレジに入ることで軍手を外さずに陳列に集中できる高崎は、驚くべき早さで棚二本の入れ替えを終わらせた。手の甲で額の汗を拭う。その奥に見えるのは今日納品された分の商品だ。
「平気。丁度肩こってたからいい運動になる」
「部活手ぇ抜いてたんじゃねぇのか?」
 まさか、と返すと小ぶりな箱を開けた。
「箱触るならコレ使え。指切る」
 投げて渡されたのは滑り止めのついた軍手。すんででキャッチすると手を通す。
「めずらしい。気が利く」
「ボール叩くだけの手だったら気ぃ遣わねぇよ」
 千嘉がくしゃくしゃに丸めて投げつけた絵は、まだ高崎の部屋にあった。飾る訳でもない、かといって捨てる訳でもない。押し広げたまま机の上に放られたまま。その行動を千嘉は「片付けようとさえ思わない無関心」よりも「思いも寄らぬプレゼントに対する、彼なりの敬意」ととらえることにした。
 開けた箱からのぞいたのは青いビン。取り出してみると、予想通り、少女の好きな果物のプリントされたやさしいパッケージのものだった。
「これからだぜ」
 振り返る。二リットルの酒ビンかける五。相変わらず息をするように十キロを運ぶ高崎は、あごで千嘉の手元を指した。
「それ、売れるようになるの」
 冬、店の奥まった所に並べられていた小ビンが、店先から目に入りやすい所に移動する。大きくてごつい、筆で書かれた名前のお酒が並んでいた店先。雰囲気まで衣替え。
「楽しみだね。売り場、装飾しよう」
「客層に合うといいがな」
 千嘉はふと、渋谷さんが両手に一本ずつこのかわいらしい小ビンを持って帰る後ろ姿を想像して笑ってしまった。
「渋谷さんはジュースって言うかな」
「かもな」
 まだ未成年の少女がそれを知る術はない。ぼんやりと透ける橙のライト。青いビンの中身は一体何色なんだろう。
「今度一緒に飲んでみよう」
「立場上そうだなとは言えんぞ」
 きっとキレイな色をしている。透明でも青でも。そそぐグラスは表面がでこぼこしたものがいい。木製のテーブルに万華鏡のような模様が映る。揺れる氷をつついて楽しむのだ。
「ハタチ過ぎれば問題ないでしょ?」
「そりゃまた今度っつーには遠い約束だな。何年後だよ」
 レジの近くに人影が向かうのが見えた。千嘉は軍手を外すと、すぐさまレジに入る。
 増田さんはいつも通り柔和な表情を浮かべてゆっくり財布を取り出した。トレイをその下に差し入れる。増田さんのお財布はどこか穴が空いているらしく、よく開けようとする時に小銭を落とす。思った通りトレイの上にさびた十円玉が降ってきた。
 会計を終えて戻ろうとすると目が合った。高崎は頭をかいてため息一つ、
「なじみすぎだろ」
 これだからお前がいるとき、売り上げ伸びるんだろうな。と言うと、再び段ボールを片付け始める。千嘉はあはは、と笑った。
 とてもキレイな月夜だった。



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登場人物紹介

草進真琴(そうしんまこと)

高一女子。モットーは「私はただの高校生。それ以上でもそれ以下でもない」

6月10日生まれ、A型。


作画、いく。

火州飛鳥(ひしゅうあすか)

女嫌いの高三。美形。

9月2日生まれ、B型。


作画、いく。

鈴汝雅(すずなみやび)

男嫌いの高二。美人。

3月3日生まれ、O型。


作画、いく。

水島聖(みずしまひじり)

病んだ高一。思い込みが激しい。

6月27日生まれ、A型。


作画、いく。

鮫島勤(さめじまつとむ)

高三。飛鳥の友人。

2月2日生まれ、AB型。


作画、いく。

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