雅2〈5月19日(水)③〉
文字数 970文字
三
沈んでいく夕日が、最後の力を振り絞って一瞬まぶしい橙に染めあげた。その後青や紫が強くなり、校舎の影が深くなっていく。そうして
鮫島先輩の膝を見ながら、あたしは今一体何色をしているんだろうと思った。
「気に入ってるって」
どういうことですか? まで言葉が出てこなかった。誰か今あたしがどんな顔をしているのか教えて欲しい。得体の知れない黒いモノ。あたし自身がその塊と化す。
「何かあいつ、最近ちょくちょく一回の教室に行ってるらしいんだよね。高崎が帰りがけに一回の教室の前を通って、その時に教室内に火州がいるのを見たっつってた」
「あぁ、後輩の知り合いがいらっしゃるんですね。それで気に入って、と」
「いや、」
さえぎられる。
「どうやらその相手が女の子らしい」
目の前が血の色に染まっていく。本物の血の色を知ったのはつい最近だ。それは思っていたよりもずっとどす黒くて、生き物である「人間」をまざまざと見せつけられたような気がした。ドラマで見るような鮮明な赤では、決してなかった。
「高崎と一緒にいる時一回見たんだよね。『あ、あの子こないだ火州と話してた子だ』って言ってたから」
確か名前は・・・・・・と思い出そうとしている鮫島先輩の側で、あたしは唇をかみ締めた。
後輩の女の子。
以前、飛鳥様は年上の女性とばかり付き合っていると聞いたことがあった。飛鳥様は年上好きで、だからあたしは相手にされないのだと思っていたし、だからある意味安心していた。
なのに後輩の女の子。
何故そんな不可解なキーワードが突如現れたのだろうか。鮫島先輩や高崎先輩との関係を差し置いてまで会いに行っているその子とは。
「こいつらが絶対だから」
いつだったかそう言って満足そうに笑ったのは、
「青縁の眼鏡で、前髪パッツンで、後ろ髪が腰ぐらいまであって」
世界は寒色。ダークの寒色。
「高崎が言わなかったら気にも留めないような、普通の子だった」
喉が乾く。舌が上顎に張り付いて、意識して外すと嫌な味がした。
そんな「普通の子」に何故飛鳥様が構うというの? 何故自らその元に赴くというの?
正座している足がいい加減痛い。平らなはずのアスファルトが膝下の骨に食い込む。握り締めた手が、やり場のない憤りを閉じ込めたまま震える。