聖4〈7月25日(日)②〉
文字数 911文字
二
時刻は十八時十分。花火は十九時からだ。それでも既に人がごった返していた。僕は目的地に着くと境内に腰を下ろす。まだ空は澄んでいた。やさしい紫に深い藍色。夜になるまでもう少しかかりそうだ。首をのばすと、あたりを見渡す。
神社前と言ってもこの人混みだ。ちゃんと分かるだろうか。そもそも前ってこっちだよな。あの鳥居が見える方で合ってるよな。
十五分も経っただろうか。不安になり始めたその時、会長は現れた。普段より小さな歩幅。前髪を指の背でなでるようにして目の前まで来ると、
「早いわね」
と僕を見ずに言った。
「はい。でも僕も今来たところです」
会長は黄色の浴衣を着ていた。ただ、黄色と言ってもグラデーションになっていて、裾は黄土色に近い。胸元に施された淡い桃色と白の刺繍。サーモンピンクの帯。結うにはいささか短い気のする赤茶の毛は、それでも器用にまとまっていて、前髪も今日は左に流している。さっきからしきりに触っているのは、毛流れを乱さないためなのだろう。
「もうすぐ来ると思うわ」
「・・・・・・え?」
来る? 誰が? え、僕と会長だけじゃないの?
驚いて聞いてみると、
「ばっかじゃないの? 何であんたと二人で花火見なきゃいけないのよ」
という返事が返ってきた。形のいい唇が尖がる。そんなうまいこと行く訳ないじゃないかと思い直してみても、あんまりな言い草だ。
「あと、学校の外で会長って呼ぶのやめてくんない?」
「・・・・・・はい」
じゃあなんて呼べばいいんだろう。ためしに呼んでみる。
「・・・・・・雅ちゃん」
「ケンカ売ってんの?」
いっそ憎たらしいほど、眉山がゆがむ。
「・・・・・・鈴汝、さん」
会長はため息ひとつ、顔を露店の方へと向けた。その華奢な花の髪飾りが、思いのほか強い光をはじいて、反射的に片目をつむる。
〈なんてね。友達前後ってとこ?〉
鮫島先輩が「雅ちゃん」僕が「鈴汝さん」これが今現在の距離。先輩、後輩の差はあれ、実質精神的な距離に違いはない。目的が明確である以上、だから何だという話ではあるが。
そんなことを考えている傍らで、会長が「あ」と声を上げた。