聖1〈5月11日(火)③〉
文字数 889文字
三
放課後、生徒会室を経由して体育館に向かう。バッシュをはいて館内に足を踏み入れる瞬間、いつだって心が浮き立った。
バスケを始めたのは小学校二年生の時。始めこそゴール下でのプレーが主だったが、当たりに弱く、自信を持てずにいた。そんな時役立ったのが兄貴と繰り返した一オン一で、年上と戦うことで磨かれたドリブルの技術は、いつしか自分にとって唯一の武器となっていた。
アップが始まる。練習の流れとしては、半面を使ったランニング、準備運動、それから実際にボールを使う。笛の音。先輩達の後についていく。すぐ前を走る先輩の背中は大きい。
そうして「半面」の境の直線を走っている時だった。ふくらはぎにボールが当たる。それはまだ半面の区切りとしてネットを引いていなかったため、バレー部のボールが抜けて来たものだった。
「すいません」
スペースに限りがあるため、基本的に体育館は部活ごとに曜日と時間を割り当て、皆が平等に練習できるようになっている。今日の前半は男バスと女バレが使用するようだ。慌てて駆け寄ってきたのは、同じクラスの女子だった。珍しい名前。確か草進さんといった。
眉の上で切りそろえた前髪に青縁のメガネ。普段下ろしている長い黒髪が後ろで一つにまとめられている。にも関わらず、俯き加減でいるためその表情はほとんど確認できない。上下紺色の地に、肩と太ももの両サイドに入った学年色赤のジャージ。
一番後ろを走っていたため、止まってボールを拾うと投げ返した。
「あ、ありがとう」
赤みの強い手のひらでボールを迎えると、そそくさと戻っていく。
「ごめん、真琴ちゃん」
声のした方を見る。同じく袖に赤のラインの入ったジャージ「真琴ちゃん」越しに潔い短髪の女子が顔の前で手を合わせていた。彼女も同じクラスだ。寺なんとかさん。ダメだ。まだ覚えていない。向こうの子の方が身体つきは丸い。いや、丸いという表現は適当でない。あくまで健康的な肉付きだ。
「ごめん、わざと」
ふいに、そんな声がして振り返る。その先で「真琴ちゃん」が彼女に向かって腕を振りかぶっていた。