真琴2〈6月14日(月)③〉
文字数 1,063文字
三
一時的に下がった体温が、着替えを済ませることでようやく平常を取り戻す。
更衣室はカルキとエイトフォー臭が充満していて、教室に戻ったってそれは同じだった。
今からお掃除。図書室に向かおうと教室を出た時、再び水島君と鉢合わせする。しっとりと濡れた髪。いつも以上に黒々とした前髪からのぞく大きな目。
思わず目を伏せる。反則だ。恥じ入る気持ちが先行して、まっすぐ見ることもできない。
「おー。草進丁度いい」
その後図書室の掃除をしていると先生に声をかけられた。ホウキ片手にそちらを向く。
「今日作文の宿題提出日だったろ? 松下と水島がまだ出してないんだが、今日持って来てないか聞いてみてくれないか?」
「水島」という音に反応する。今日は国語の授業がなかったため、朝教科係の私が集めて、職員室に持っていった。その時に出していなかったのだろう。
「分かりました。聞いてみます」
「あぁ、頼む。俺もう部活行くから、職員室の机の上に置いとくように伝えて」
「今日出せなかったらどうしますか?」
先生は冗談交じりに「いい度胸してるな、って言っといて」と言う。
「分かりました」
「悪いな、頼んだ」
ニコニコしながら顔の前で手を振る。話しかけるための思わぬ口実ができた。私はすぐさま掃除を終わらすと、教室に向かった。
雨が強くなる。ほとんど戸締りは済んでいたが、図書室を出た所にある廊下の窓だけ開いていて、そこから湿った空気が校内に流れ込んでいた。この匂いは好きだ。ほぼ無意識に深呼吸する。
その窓も閉めて行こうとすると、屋上に続く階段から一組の男女が降りてくるのが見えた。踊り場から階段に足をかけた双方と目が合う。するとその男性はこっちを指さして、隣の女性に耳打ちした。細身。学ランを着ていなければ女性と間違えたかもしれない。ただ、向けられる視線は鋭く、威圧的だ。一方女性は、男性の話を聞いた後、はっとして向き直ると、急に眼光を強めた。明らかな敵意だった。その感じは肌で分かった。
普通の人より日焼けしているものの、大層な美人さんだった。細すぎも太すぎもしない、絶妙なプロポーション。出るとこ出て、引っ込むとこ引っ込んでる。たぶん私があの容姿持ってたら、人生変わってたなぁ。とうらやむ一方、なんか感じの悪い人たちだなー。美男美女カップルはうらやましいけど。とも思うが、気にしないことにした。私は戸締まりを終えるとさっさと教室に向かう。
大事な用が控えていたため、小さなことに構っているヒマはなかった。