雅3〈6月19日(土)、23日(水)②〉
文字数 1,160文字
二
「あんた、あたしのこと好きになるの、やめといた方がいいわよ」
「帰りましょう」と言って手を引き、廊下に出た水島に言う。
「ほんとに。その前に何でここが分かったの? あんたストーカー?」
水島は手を握り締めたまま、半身を向けて立ち止まる。そうして例の大きな目で見つめた。
「勘違いしないで下さい。そこの窓から偶然見えたんです。僕はちょうどその外にある部室でご飯を食べてましたから。それに、草進さんはクラスメイトです」
午後二時を回ったところ。廊下はまるで人気がない。西の端にある職員室さえも、不気味なほど静か。そういえば職員会議が今日の午後だったかもしれない。水島は続ける。
「それと、僕があなたに好意を持つとしたら、それはあなたの外見に対してだけですから」
その物言いが頭にきて、反射的に言葉を返す。
「聞いてないわよそんなこと。そもそも大して話もしてないのに、他に何を基準に好きになるっていうのよ。あたしは」
一音一音をぶつけるつもりで放つ。
「男が、大嫌いなの」
一瞬の静寂。水島の表情は変わらない。静かに「そうですか」と口にすると、身体ごとあたしを向き直った。目をつぶって深呼吸一つ「・・・・・・失礼のないよう、こちらの事情をお話ししておきます」と続ける。
塗り立てのワックスの匂いを強く感じる。長いまつげ。水島は目を開けた。
「一年前、付き合っていた人がいました」
その柔らかいまなざし。愛しさが透けて見える。
「でもそのたった一ヵ月後、その人は亡くなりました。事故でした。横断歩道を渡っている途中で右折のトラックが突っ込んできて・・・・・・救急車で運ばれましたが、手遅れでした」
寒気がした。今何を聞かされているんだろう。その目はあたしを突き抜けて遠くを見てい
る。
「僕はあの時突然、大切にしたかった人を奪われたんです。でも僕は身内でも何でもない。
だからまともに見送ることも出来ませんでした」
「その子に・・・・・・」
その目が、あたしに照準を合わす。
「はい。うり二つなんです。後ろ姿が。とても」
それでもその目はあたしを見てはいなかった。
その恍惚とした笑み。水島は自分の見たいものを見ていた。手のひらを湿らせている汗が、いっそ冷えていくのを感じる。
「だから、例えあなたが悪魔の心を持っていようと、他の誰かを好きになろうと、僕があなたを護る」
「・・・・・・」
「今度こそ」
完全なる自己完結。これは独り言だ。
「行きましょうか」
その手に力がこもる。あたしは見えない何かに引きずられる。どうしたらいいのか分からない。心臓の音だけがやけにうるさい。全身に送られているはずの信号が理解できない。
頭が痛い。眉の辺りを押さえつける。目の焦点は、合わない。