聖4〈7月25日(日)⑤〉
文字数 720文字
五
不思議なのは、変わらないはずの喧騒が、その主張を少しだけ和らげたことだった。それは全神経が一方向に向かうがために起こる、一種の注意散漫の現れなのかも知れない。黙っていれば満たされていた。何ともなく、穏やかに。
目をつむる。夢のようだ。そうしてうとうとしていると、突然「あんたも食べる?」という声が降ってきた。目を開けると、丁度振り向いた会長と目が合った。そうしてついうれしくなってしまうから、もはや手に負えない。
「あーんしてくれます?」
「・・・・・・やっぱりあげない」
そうして今度はイカ焼きを開けた。「うん、おいし」と小さな声が聞こえる。
斜め後ろからしか見えなかったが、その頬が上がったのを確認した瞬間、なんかもう何もかもどうでもいい気がした。身体中の力が抜けて、頬が緩む。
「鈴汝さん」
「何」
「膝枕してください」
「は? バカじゃないの?」
笑った。ほんとに僕は、狂ってるんだと思った。ばかみたいに、狂おしい。
そうしてそのまま、沈んでいくかのように意識が途切れた。
強制的に目覚めさせられたのは、その腹の底まで響く大きな音によってだ。現実に戻るまでの一瞬、本気で地球が爆発したのかと思った。目の前まで降り注ぐ火の粉。続けざまに別の大輪が夜空を彩る。
ドン。
腹の底から突き上げるような音は、起き上がった時にようやくその本来の威力を発揮した。
そこにいたはずの会長が、いない。
ドン。
食べかけのイカ焼き。まだ手を付けていないりんご飴。
嫌な予感がした。心臓が突き上げるようにして暴れだす。
僕は立ち上がると、食べものもそのままに、あれほど辟易とした人ごみの中に突っ込んだ。