真琴5〈7月25日(日)②〉
文字数 1,610文字
二
声が、物理的な感覚で私を貫いた。耳元で心臓が鳴るのを聞いたのは初めてだ。喉が、干上がる。心臓がもっともっと暴れ出す。
日が沈み始める。それでもセミは未だにこれでもかと言わんばかりに鳴いている。短い命を燃やして、鳴いている。私は腰掛けていたタイルの無機質な冷たさを、今こそ強く感じた。申し訳程度に吹く風は、まだ濃い熱をはらんでいる。
「え?」
やっとのことで声を絞り出す。
「最初聞いたとき、言わない方がいいかなと思ったんだけどね、その、相手が真琴ちゃんの知り合いだと思ったから・・・・・・」
知り合い? クラス内の誰かなのだろうか?
「え・・・・・・それは・・・・・・」
出る声がかすれた。聞きたくないけど聞かずにはいられない。怖いもの見たさに代わる、怖いもの知りたさだ。
「真琴ちゃんが前、部活に来なかった日に、教室の近くで話してた、あの人」
部活に行かなかった日、教室の近くで・・・・・・。
息を呑む。強いまなざしが頭をよぎる。
「あ、の・・・・・・先輩?」
「分からないけど、肩ぐらいまでの髪と、大きな目と、口元にホクロがあった」
音を立ててつばを飲み込む。花火の夜、正面から見た顔を思い出す。
「あと、その人生徒会長やってるって聞いた」
セイトカイチョウ?
固まる。あの人が、生徒会長? しかし、言われてみれば確かにそう見えなくもない。目を引くし、一度決めたらそれを貫く強さを持っていそうだ。暴君にならなければいいが。
「え、でも何で高崎先輩は、水島君が先輩のことを好きって知って・・・・・・」
高崎先輩と先輩と水島君は、どこかで何らかのつながりがあるのだろうか。
「聡さんの友人に鮫島さんって人がいるんだけど、その人が言ってたみたい」
鮫島さん。新規ワードの追加。
「その人・・・・・・は、水島君と知り合いなの?」
「そうなんじゃないかな? そう言ってる以上。あと、真琴ちゃんが言ってる、先輩? は
聡さんも知ってるし、よく屋上で会うって言ってた」
そう言いながら、靴の先をつかむ。千嘉ちゃんはあんなキレイな人とよく会ってると聞いて不安になったりしないのだろうか。
「そう・・・・・・なんだ」
千嘉ちゃんの彼氏、と先輩がつながる。先輩、は水島君と何のつながりがあるのだろう?
「でもその先輩、は別の人が好きみたいなんだよね」
それは、知ってる。約一週間前のあの夜、強くまたたいた目。
「・・・・・・そうなんだ」
私は、安易に口にしてはいけないことだと分かっていたため、知らないフリをする。
「うん。その相手も聡さんの友人だから」
思わず二度見する。涼しい横顔。千嘉ちゃんは落ちてきた前髪をピンで留め直した
「ちょっと前までよくうちのクラスに来てた」
「ひ、火州・・・・・・」
「そう。火州さん」
まさかの知り合い!
「そういえば真琴ちゃん話してたよね? 知り合い?」
「ん? う、あ、いや、何か」
何かもう、必死に隠しているのがバカらしくなってくる。そうして結局は。花火に行ったあの日火州先輩に会ったこと、例の先輩の告白を聞いて、水島君と帰ったことを話す。話し終わると、千嘉ちゃんは「そうだったんだー」と抑揚のない返事をした。
ふと、水島君と帰ったときのことを思い出す。やっぱり、あの時水島君は先輩のことを考えていたんだろうか。
「でもさ」
再びその口を開く。
「真琴ちゃんは水島君が好きなわけでしょ? それで水島君がその先輩のことが好きだとして、その先輩が火州さんのこと好きで」
千嘉ちゃんとようやく目が合う。
「火州さんが真琴ちゃんのこと好きだったらすごくない?」
皮肉を言っているようにも見えるその様子はどこか楽しそうだ。ただ、すごいとかの問題ではない。考え得る最悪のシナリオに身震いする。
「やめてよ、もう」
私はそう返すしかない。