聖6〈8月15日(日)③〉
文字数 1,369文字
三
しばらくすると、鈴汝さんが「皆でビーチバレーしましょう」と言うので、それに合わせて火州先輩と鮫島先輩が腰を上げた。そのため二つ並んだ大きなパラソルの下には、僕と高崎先輩が残る形になる。
僕は結構ショックを受けていた。なんていうか、いろんな意味であの人は大人で、僕は子供な気がしてならない。
「ごめんな、うちの鮫君が」
鮫島先輩が行ってしまったためその場に腰を下ろすと、右隣にいる高崎先輩から声をかけられた。
「安心していいぜ。言うほどじゃない。後輩前に格好つけたいだけだから」
ざり、と音がした。片膝を立てて後ろ手をつく。よく焼けた肩の筋肉は幼子の頭程の大きさだ。その彫りの深い胸元を汗が伝った。どちらかというと中性的な男性が好まれる傾向の今、男が憧れる男という存在はある種貴重なのかもしれない。異性の目を過剰に意識することなく、己の美学を貫けたら。そんな頼もしい指針の権化。
「家柄もあるかもしれんが、あれがあいつの絡み方だから。思うところはあるだろうが仲良くしてやってな」
「あ・・・・・・はい」
保護者か? この人鮫島先輩の保護者なのか?
それにしても安心する。何となく雰囲気が今川に少し似てるからかもしれない。
高崎先輩はニィ、と笑うと「よろしくな」と言った。
太陽はてっぺん。すぐ足元に影が落ちるため、黒の割合が視界から大幅に減る。結果まぶしい。なんだこの見切り発車の方程式。昼時で屋台と行き来する関係だろう。砂浜を行き交う人が増え、会長達の姿が確認しづらくなる。
「高崎先輩はいいんですか? 海行かなくて」
「ああ。あいつらの気が済んだらでいい」
荷物番は僕がしますと言うと、音を立てずに笑ってそのまま横になった。それまで一緒にいて気持ちがほぐれたせいか分からない。ほとんど無意識に口を開いた。
「あの、聞いてもいいですか?」
「ん?」
「高崎先輩なら、その、ある人に近づきたいと思った時、どうしますか?」
その首元に太い筋肉の筋が浮き出る。顔の作りに対してやや小さめの目が細まった。
「どうやって距離をつめるか、か」
「あ、えと、主に精神的なものですけど」
空気が揺れた。テノールを下回る、粗挽きコーヒーのような含み笑い。
「分かってる。改まって相談している以上、ヤリ目(もく)じゃないんだろ?」
僕はイチイチ子供だ。閉口してうつむくと、隣で動く気配がした。
「いいじゃねぇか、話しかければ。話の内容よりどれだけ向かい合ったかの方が大事だろ。別に後ろめたい事はないんだよな?」
合意なしで抱きしめたことは、ある。
「でも、何ていうか、そういうんじゃなくて、困った時頼る相手みたいな関係が・・・・・・。今の感じだとあくまで先輩後輩で、何も変わらない気がするんです」
「・・・・・・つまりお前が近づきたい相手は『年上で、人に頼ることをしないようなしっかり者さん』な訳だ」
言いながらまっすぐ波打ち際を見つめる。はっきりと区別は出来ないが、きっと僕の話している相手を見ているに違いない。
「例えば何らかの仕事があった時、手伝いますと声はかけるんですが」
身体を起こした高崎先輩は再び後ろ手をつくと、つぶやくように言った。
「そうか。まぁ、そりゃあ・・・・・・難しいだろうなぁ」