真琴5〈7月25日(日)④〉

文字数 1,301文字



  四

 帰宅後、シャワーを浴びて、休み前にもらった学年便りを引っ張り出した。そこには確かに「二十六代、生徒会長鈴汝雅」とある。それを持ったままベッドに仰向けに倒れこむ。 〈あなた、あたしと手を組まない?〉
 腕を下ろす。その意図は実に単純なものだった。互いに協力し合い、それぞれの利を得る。この場合の利は、先輩にとっての火州先輩であり、私にとっての水島君だ。
〈目指すは、ウィンウィンよ〉
 先輩は両手でピースをつくって、ちょきちょきと動かした。はたして恋とはそのような要素を必要としていただろうか、なんてことはかすめたが、タチの悪いことに、先輩の言い方には妙な説得力があった。それに味方になるとしたら、先輩は頼もしい存在だった。
 だから承諾して帰ってくるまで、自分の条件の悪さに気付けなかった。火州先輩と先輩は年単位の付き合いで、水島君は先輩のことが好き。一方私は(火州先輩は置いといて)水島君とまともに話したことさえない。ウィンウィンと口では言いつつも、結局一人勝ちという可能性は充分に有り得る。しかしだからと言って後で気が変わり、先輩が水島君を好きになる可能性だけは排除しておきたいという意味では、手を組んでおいて正解だったか。
 ため息をつく。なんだか自分がものすごい利己的な人間に思えてきた。実際そうなのだが。ぼうっと天井を見上げる。
「真琴、ご飯よー」
 その時階下から母の声がした。私は起き上がり、便りを机の上に置くと、階段を下りた。

 父が現場を離れて一年が経つ。事故の後遺症でひどく動きの鈍い左手。今は若手の指導に当たっている。片手の不自由を補う経験則は、教育という形で役立った。
 二人の姉がテーブルにつく。長女の誠子姉ちゃんは現在大学四年生。就職活動を終えたばかりだ。東京で一人暮らしをしていて、内定先も東京だ。今は夏休みで帰省中だ帰ってくるつもりはないらしい。
「あんたも外出た方がいいわよ」
 よくそんな風に言われる。腰まである髪。その明るい茶髪に白のスカートがよく似合う。 次女の朋実姉ちゃんは専門学校に通う二年生で、休日は愛車であるバイクとともに姿を消す。真ん中から大きく分けられた前髪は後ろ髪と同じくらいの長さ。ライダースジャケットがよく似合う。非常に男勝りな性格だが、いざ男性相手になると保守的で、分かりやすく猫をかぶる。
「悪口とかグチとかそういうのは友達と話して発散して、好きな人の前ではキレイな自分でいたい」というのがモットーらしく、今の所一年が最長の交際期間だ。だからそれが正しいのかどうかまだ分かっていない。
「さぁ、食べるわよ」
 最後に母が席に着く。母は父が第一線を離れてからというもの、まるで別人かのごとく精神的に安定を取り戻した。常に危険と隣り合わせというのは、余程ストレスだったのだろう。今は趣味の生け花をしつつ、家事をしている。白い肌、漆黒の髪。昔ながらの日本女性だ。最近鏡を見て、私も母に似てきたなぁ、と思うことが増えた。
 そんな訳で、我が家は今日も平和です。
 私はリモコンの奪い合いを見つめながら、こっそり息を吐いた。



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登場人物紹介

草進真琴(そうしんまこと)

高一女子。モットーは「私はただの高校生。それ以上でもそれ以下でもない」

6月10日生まれ、A型。


作画、いく。

火州飛鳥(ひしゅうあすか)

女嫌いの高三。美形。

9月2日生まれ、B型。


作画、いく。

鈴汝雅(すずなみやび)

男嫌いの高二。美人。

3月3日生まれ、O型。


作画、いく。

水島聖(みずしまひじり)

病んだ高一。思い込みが激しい。

6月27日生まれ、A型。


作画、いく。

鮫島勤(さめじまつとむ)

高三。飛鳥の友人。

2月2日生まれ、AB型。


作画、いく。

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