真琴6〈8月15日(日)④〉
文字数 1,124文字
四
「真琴、あなた男の人を怖いと思ったことはない?」
突然の問いかけに言葉を失う。戸惑いは空気で伝わって、その自嘲気味に吐かれる息に変わる。
「・・・・・・昔付き合った人がすごくプライドが高くて、その人には自分はこうあるべきだって理想像があったの。そのために努力を惜しまない、素敵な人だったわ。でも」
吸う息が少しだけ引き攣れた。それでも出る音は一定の高さのままブレない。
「あたしにとってその人は憧れそのものだった。まだ実体の男女としての関係を望んでなかったの。でもそんなのこっちの都合。相手は拒絶されたと思い込んで、その事実がどうしても許せなくて」
そこではっと口をつぐむ。
「・・・・・・とにかく望まなくたってどんどん身体は大きくなるし、どんどん女になっていく。ふと鏡を見た時に、自分で自分に驚くの。いくらまだ子供でいたいって思っても、成長は待ってくれない」
〈男の人は怖いわ。どんなにいい人だって、表の皮一枚はがせば皆同じよ。結局皆ヤりたいだけなのよ〉
「あたしはただ、一緒にいて、安心できればそれでいいのに」
遠い潮騒。私はその言動のギャップに驚いていた。そうしてその外見にそぐわない思いを目の当たりにして、何も返すことが出来なかった。
「父親、に求めるものが大きすぎるのかもしれないわ」
「・・・・・・どういうことですか?」
聞いてますよ、と最低限の相槌を入れる。
「だってそうでしょう。『刺激が欲しい』なんてこと、全く思わないの。欲しいのは『絶対の安心』それは今まで見てきた男性の中で、飛鳥様しか持っていなかった」
横向きになったまま、目だけで右上を見る。そうして次の瞬間はっとする。
〈その妹ってのが鈴汝そっくりなんだ〉
火州さんは、鈴汝さんのことを妹を見るように見ていた。
〈目が、違うのよ〉
だからその中に寸分も、性の対象としての男の要素は含まれない。その安心感、暖かさと称したものは、いびつな言い方になるが、あくまで父親と妹の間で成り立っている。恋愛、ではなく、形を変えた愛情。
先輩が火州さんを追いかけるのは、求めている父性を持っていると感じたため。しかしそれは、火州さんの側から恋愛として成り立つかといったら、決してそうではなくて、
〈飛鳥様だけなの〉
脳が、心臓が、感情を持つこの体全てがギシギシと音を立てる。
気付いてはいけなかったこと。気付くとするなら、何故本人ではなく私だったのだろう。
「先輩、その・・・・・・火州さんは、男の人として好きなんでしょうか?」
波が。
空気が。
先輩はそのことについて返事をしなかった。
ただ、自嘲気味に吐かれる息だけが空間をよぎった。