真琴4〈7月25日(日)③〉
文字数 1,316文字
三
露店の立ち並ぶ通りまで戻って来ると、今度は××神社に向かって歩く。中にはもう店じまいをしている露店もあった。時刻は二十時二十分。
私はとうとう水島君に会えるのだと思い、必死で前髪をなでつけた。だから何が変わる訳でもないが、そうでもしていないと落ち着かない。この浮き立った感情をどうしてくれよう。
「おう、悪い。遅くなった」
控えめに言って、ちょっとだけ地面から飛び上がってしまった。
火州先輩が手を上げた先には、そこだけ光が当たっているかのような例の先輩と、水島君がいた。火州先輩の背後に隠れるようにして、その姿をのぞき見る。
男の人のおしゃれはよく分からない。でも、Tシャツにジーパンという簡素な格好でも、水島君は充分格好よかった。えへへ。それにしても、その表情が冴えないのは気のせいだろうか。
二人の前まで来ると、火州先輩は先輩の方を向いて「ほら」と言った。先輩はやけに落ち着きがない。何故だか分からないが、やたらとそわそわしている。そうしてその目をあたしに向けると、一言「行くわよ」と言った。第二ラウンドの始まりである。カーン。
花火はもう少し続く。
人混みを避けるようにして、道を外れる。一度振り返ると火州先輩と水島君がこっちを向いているのが見えた。右に折れて、しばらく歩く。果たしてどこへ連れて行かれるのだろう。自然と辺りを見回す。
「座って頂戴」
はっとして顔を戻すと、先輩はそこにある簡素なベンチに腰掛けた。
本当にキレイな人である。油断をしていたら命を吸い取られてしまいそうな、そんな美しさ。すべらかな、肌。
「はい」
言われたとおり、先輩の隣に腰掛ける。
ドン。
闇に乗じて、の可能性はこっちにもあったのではないだろうか。なんて今さら気付いてもどうしようもない。
「ひ、人、多いですね」
沈黙に耐えかねて、思ったことを口にする。背筋をピンと伸ばして座っている先輩は、まっすぐ前を見たまま言った。
「そうかしら。ピークよりはずいぶん減ったと思うけど」
言葉の中に含まれるトゲは、目に見える。見えにくいものと、どっちの方がよかっただろう、とぼんやり考える。トゲに気付かず、飲み込んでしまった方が楽なのではないか。
ドン。
知らない。ピーク時にはほんの一瞬しか立ち会っていないから、ほとんど知らないに等しかった。言われてやっと確かに、と思う。
「そうでしたね」
その様子に気を悪くしたようだ。先輩は眉間にしわを寄せると「本当に分かってんの?」と聞いた。首筋から背中にかけて、汗が吹き出る。口の中が干上がる。何を話したとしても、この人を前に「あの人」の名前を出してはいけないことだけは分かっていた。
「はい」
なんとか平静を装う。笑顔が引きつる。泣いてしまう事ができたならどんなに楽だろう。先輩はキツい一瞥を残すと、再び前を向いた。
私は眼前に広がった橙の暖かい景色をぼんやりと見つめる。
何故ここにいるんだろう。私は水島君に会いたくて、たった一目会いたくて、
橙が、優しすぎてぼやける。その景色は、今の私には暖かすぎる。目をつぶろうとした、その時だった。