聖4〈7月25日(日)④〉
文字数 1,282文字
四
人がごった返す。
香水のにおい。目のくらむような色彩。脂汗の浮いた額。どこへ行っても、どこまで行っても人、人、人。僕は露天の裏側の芝に腰を下ろすと、会長を手招きした。
ちょっと多めに持ってきておいてよかった。会長は、たこ焼きとイカ焼きとお好み焼きと焼きそばとりんご飴が食べたいと言った。一人で食べるにはずいぶん思い切った量だ。僕は仰せのままに買い集めると、右隣に腰を下ろした会長に渡す。
「うん」
会長は軽く頭を下げた。そうして早速一番上にあったたこ焼きを頬張り、お決まりに「あっつい!」と慌てだした。近くにラムネジュースを売っている屋台ならあったが、炭酸は違うと、自販機でアクエリアスを買ってくる。会長はそれを一口、二口飲んだ後で、やはり眉をしかめて言った。
「こういう時、普通お茶じゃない?」
はいはい、僕が悪うございました。
こっそりため息をつくと、その横顔を盗み見た。化粧の一種だろうか。顔全体がふんわり白い。まぶたがキラキラしている。桃色に染まった頬。
ごろんとその場に仰向けになると、湿った芝生の青臭さが直に鼻を刺激した。
ようやく十九時になろうとしていた。花火はこれからだ。なのにすでに激しく消耗した気になっている。人ごみは普段行かないため、そのエネルギー消費量をなめていた。
青臭さ。触れる緑はひんやりしていて気持ちがいい。膝を立てると、足を組む。
「鈴汝さん」
「ん」
「何で僕誘ったんですか?」
「人数合わせのため」
言い方。
会長は焼きそばにマヨネーズをかける。
「あんた草進って子のクラスメイトでしょ? あと、あたしとも面識あるから誘うようにって飛鳥様に言われたの」
言いながら頬張る。マヨネーズが口の端に残る。
「だから今日は、飛鳥様と、あたしと、草進真琴と、あんたが来る予定だったの」
ついさっき見た厳つい男を思い出す。やはり「真琴」は草進さんのことだった。それにしても意外だ。草進さん、あの人と知り合いなんだ。ついでに聞いてみる。
「あの、『飛鳥様』って名字なんて言います?」
会長が「え」とこっちを向いた。横になっているため、僕を自然と見下ろす形になる。その目だけが露天の明かりを映して輝く。
「『火州』よ」
何というか、急に声が柔らかくなるはずだ。
〈火州しか見ない〉
あの人が、火州。鮫島先輩と友人関係にあるなら、おそらく三回生なのだろう。
僕はその秀でた額を思い出した。高い背丈。彼を見つめる、会長の目。
「何? 飛鳥様が何かあるの?」
今の今まで食べ物にだけ注がれていた視線が、しっかりと僕を向く。
これが「飛鳥様」の力。
「いえ、ただなんとなく聞いてみただけです」
分かっていてもなんだか悔しくて、思わず目を逸らす。
「あ、そ」
会長はそれでも何か言いたそうだったが、その後あきらめて再び焼きそばを頬張った。「お茶」
「・・・・・・」
しばらく黙っていたが、仕方なく立ち上がって自動販売機に向かう。
買ってきて渡すと、そのまま先ほどと同じように横になった。