高崎聡〈8月15日(日)⑤〉

文字数 1,094文字


  五

 夜風が涼しい。少しだけ、ほんの少しだけ、肌寒さを感じる。火州は困ったような顔をして笑った。
「お前・・・・・・あの子のこと、憎んでんだろ?」
「・・・・・・ああ」
「うらんでんだろ?」
「・・・・・・ああ」
「嫌いなんだろ?」
 遠く、甲高く鳥の鳴く声がする。火州は最後の問いかけに対してすぐには返事をせずに、再び視線を落とした。その後沈黙に脳が痺れを覚え始めた頃、再びその顔を上げると、やはり「ああ」と答えた。その顔は肯定したこととは裏腹に、嫌味なくらいにさわやかだった。
「なんで・・・・・・」
 何をどうしたら「嫌い」が「好き」に結びつく。火州の中で一体どんな変化が起こったというのだ。
 沈黙。返す言葉が見つからない。代わりに俺は話題をかえた。
「それはそうと、今日ここに来ようって言い出したのは鮫なんだって?」
「ああ」
「誘ったの、何でこのメンツなんだ?」
というか何が目的で、あるいは誰が
「いや、俺もそこまで聞かなかったから」
 その視線はたやすく流れた。次の瞬間、はっと気付いてしまう。
 そうか。こいつにとっても真琴ちゃんが来るならそれでよくて、特に事情を探る必要はなかったのか。不意に千嘉が言っていたことを思い出す。
〈水島君は聡さんの友人の女の先輩が好きで、その人は火州さんが好きで、でね、真琴ちゃんは水島君が好きなの〉
〈だから〉
 風がぴたりと止んだ。静寂。俺は強い息苦しさを感じて、ごくりと喉を鳴らした。
〈もし火州さんが真琴ちゃんのこと好きになったら、みぃんな片思いになるの〉
 俺は頭の中でその図式を思い描こうとする。それは単純なことのはずなのに、やけに時間がかかった。それに、仮にそこに鮫を加えるとしたら。
「鮫島が言い出した事は間違いないが本当に何気なくだったし、深い意味はないと思うが」
「いや、でもあの花火の時・・・・・・」
「だって今日、特に目立って何もなかっただろ? それにもし鈴汝が関係するとしたら、わざわざ水島呼ばねぇだろ」
 それはそうだが。
 釈然としない。何かが引っかかる。火州が投げやりなのも気になる。もしかしたら何かに気づいてしまうのを避けてるんじゃないか。
 足音が聞こえた。その音は木製の床を伝って足元から届いた。ふと火州を呼ぶ声も聞こえた気がする。本人が顔をそっちに向けたことから、気のせいではなかったようだ。
「戻るか」
 そう言って火州はむこうを向いた。波の音がその声を包む。
 流されるな。
 腹の中ではかたくなに動かない何か。それでも俺はうなずいた。うなずいただけで、納得してはいなかった。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

草進真琴(そうしんまこと)

高一女子。モットーは「私はただの高校生。それ以上でもそれ以下でもない」

6月10日生まれ、A型。


作画、いく。

火州飛鳥(ひしゅうあすか)

女嫌いの高三。美形。

9月2日生まれ、B型。


作画、いく。

鈴汝雅(すずなみやび)

男嫌いの高二。美人。

3月3日生まれ、O型。


作画、いく。

水島聖(みずしまひじり)

病んだ高一。思い込みが激しい。

6月27日生まれ、A型。


作画、いく。

鮫島勤(さめじまつとむ)

高三。飛鳥の友人。

2月2日生まれ、AB型。


作画、いく。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み