聖5〈8月6日(金)①〉
文字数 841文字
聖五、八月六日(金)
一
「水島」
熱気の充満した館内、開いた扉からやっと息継ぎをする。これだから共同使用がバドミントン部は嫌だ。シャトルが流れないようにと、完全に閉鎖された空間で行われる練習は地獄を極める。振り返った時に顎から汗が落ちた。
「うす」
呼ばれて部長の元に駆け寄る。
背中から受ける風。涼しい、とまでは言えなくてもサウナにいた人間からすれば、秋の高い空を連想させるだけの力を持っていた。十五時を五分過ぎたところだった。電気を使用するまでもないが、日が西に傾いてしばらく。暮れなずむ館内。東口の扉から見える、橙を含み始めた外の方がずっと明るい。その光はその歯を照らした。
「次、出るぞ」
ばくん、と鳴った。足りない言葉は、それでも確かに伝わる。
「うす」
「分かってるな。上がるためだ」
夏。他の多くの部活同様、その時期は三年生にとって最後の夏になる。トーナメント方式である以上、一度でも負けたらそこで終わりだ。すでに二つ、勝ち上がっていた。次は第八シードの山高と当たる。
「川上先輩の足はまだ・・・・・・」
「余計な心配はしなくていい。ただ、早い試合展開になるだろう。足を止めるな。ゲームメイクは高野に任せる」
「うす」
満足そうに鼻を鳴らす、その背中に向かって頭を下げる。
単純にポジションとしてのフォワードの人数が最も多い。だから競争率もそれに比例する。ガードは僕含めて全部で四人。熾烈なポジション争いを勝ち取った高野先輩が司令塔になるのは至極まっとうなことだ。けれども
床の板の目を凝視する。本来「一本、」と指を上げるのはガードの役割だ。昔繰り返し読んでいたバスケ漫画でも決まってそうだった。何が足りないのか、現時点で高野先輩にあって僕にないものを探す必要がある。
三年生最後の夏。それでも僕は場違いなほど冷静だった。それは半年足らずの関わりである三年生とそこまで交流が深くないこともあるが、それ以上に「上がる」ためだった。