真琴4〈7月25日(日)⑤〉
文字数 1,291文字
五
再び××神社に戻ると、火州先輩と水島君が境内に腰掛けているのが見えた。
「遅ぇよ」
火州先輩が言う。さっきと同じ人なのに、なんだか全く別の人のように感じられる。携帯と一緒だ。一度知ってしまったら、それを強制的に消さない限りなかったことには出来ない。でもそれは、人の持つ機能の上では不可能だ。時刻は二十一時を回っていた。
「帰るか」
立ち上がって伸びをする火州先輩。それを見つめる先輩の目は、どこまでも暖かい。
「はい」
にっこり笑ってそう応える。
これは何がどうとかじゃなくて、帰り道の方向によるものなのだが、私は途中まで水島君と帰ることになった。そんな、急に牡丹餅が落ちてきても、上手にキャッチ出来るわけがない。増してや、お皿も用意していない訳で。突然のことにひたすらあわてるしかない。
ちなみに火州先輩と先輩は方向こそ違うものの、「危ないから」との理由により、火州先輩が家まで送っていくことになった。水島君は静かに、その様子を見つめている。二十一時十分。そうして火州先輩と先輩に手を振る。
花火が終わっても少しの間は火薬の残り香がする。煙った景色は白煙の名残だ。
丘の南側から坂を下る。水島君はしゃべらない。何か考え事でもしているのだろうか。その顔を覗き見るのもあれなので、若干うつむいたまま規則的に足を前に出す。顔が熱い。
〈あのクラスメイトがいるから来たんだな〉
なんだか急に恥ずかしくなって、手に持ったバッグの柄を強く握り締める。
「いい空、だね」
はじかれたように顔を上げる。その顔に笑顔は見て取れないが「う、うん。キレイな空」と応える。白く煙った空の間から、星が瞬く。人工の天の川。
「キレイ」
もう一度、つぶやくように口にする。再び訪れる沈黙。心臓の音だけが、やけにうるさい。坂を下っているため、空がすぐそこまで降りてきている。星が、顔を上げることなく見える。本当にキレイだった。どこからともなくジジジ、とセミの声が聞こえる。寝ぼけているのだろうか。
「浴衣」
はじかれたように顔を上げる。勢い余って首が攣った事実は静かに封印する。
「やっぱり、似合う」
音が、すべての音が遠ざかる。
私は自分に向けられた言葉が理解出来ない。
「出来ない」にも関わらず、喉の奥が塞がる。思わず声が漏れてしまいそうなほどの熱を感じた。
〈あたしは、飛鳥様が好きなの〉
返事が出来ない。涙腺が、脳全体が麻痺してしまっている。
私は何故ここにいるんだろう。
それは
目をつぶる。
すべてが、そのすべてがまぶしすぎて、目をつぶる。
それは、あなたのその一言を聞くため。
そっとつぶやく。
「・・・・・・あ、ありがとう・・・・・・」
私の声は、こんなもんだ。伝わったのかどうかさえも分からない。でも、と思う。変わりたい。せめてこれだけ熱を帯びた想いだけは、伝えられるように。先輩のように、背筋をピンと伸ばしていられるように。
私はもらった言葉を落としてしまわぬよう、大切に、大切に胸に抱きながら、その坂を下った。