雅1〈4月28日(水)①〉
文字数 894文字
雅一、四月二十八日(水)
一
中年の夫婦らしき男女が腰かけた。
メニューを広げて男性が「じゃあ、これで」と言う。するとすぐに向かいに座った婦人も「じゃああたしもこれにしようかしら」と笑った。
それだけの事が、たったそれだけの事が母に出来たなら、父はまだ家にいたかもしれないとぼんやり思う。
腕時計で時間を確認すると、駅前のファミレスに立ち寄った。
明日までにまとめなければならない資料がある。来月の学園祭、通称「緑風祭」のもので、時期が迫ってようやく現実味を帯びてくる。去年の資料と照らし合わせ、かつ今年は今年のテーマに沿ってアレンジを加える。
「生徒会顧問」とは名ばかりで、もとより忙しい先生はほとんど当てにならず、すべてぶっつけ本番だった。
でもだからといって誰かに手伝ってもらおうなんて思わなかった。一人でやる方がずっと楽だった。
ひんやりとした窓ガラス。窓際の席は半身まるごと冷えた。無機質の特性なのかもしれない。肩をさすって姿勢を正す。時刻は十八時を回った所だった。注文したカフェオレが運ばれてくると同時に、道路に面した表通りの街灯や家の明かりが色づき始めた。
最も厄介なのは、量のある単純作業だった。例えば当日は周辺道路の混雑が予想されるため、前もって近隣の人達に知らせておく必要がある。その手段として案内用紙を一件一件配らなければならない。ネットで済んでしまえば随分楽なのだが、ネットで情報を拾う人達ばかりではない。半径五百メートル、五十件近くの住宅が対象だった。
それでもまだ日数に余裕はあるが、部活の関係で水曜日だけしか動けないとなると、当日まで残り四日。念のため最終週を空けておくとなると三日。三分割で一日当たり十五件強。考えただけで頭が痛い。
一時間経っただろうか。首と肩を軽くもむ。
当日までのスケジューリング。大方逆算はできた。悩んでいるヒマなんてない。とにかく今は土台作りに取りかかろう。配るにしてもまだ案内用紙の作成すら出来ていないのだから。
深呼吸一つ、首を回すと、いつの間にか目の前の通路に人が立っていた。