真琴3〈6月19日(土)④〉
文字数 1,065文字
四
六月二十日。午後十二時四十五分。保健室の先生は「外出中」だった。この時間でも一応校内にはいる訳だ。ドアを開けると同時に小声で断りを入れる。
「失礼します・・・・・・」
やっぱり人はいない。息をつくと振り返る。
「大丈夫ですか?」
と、次の瞬間手首が解放され、代わりに胸ぐらを捕まれる。にらみ上げるその目は、以前図書室の前で見たものだった。
「え、鈴・・・・・・」
「呼ぶんじゃないわよ。あんたごときが」
比較的高い音であるはずのアルトが地を這う。
ものすごい力で引きずられ、奥にあるベッドにふくらはぎをぶつける。ともすればそのまま腰をぬかしてしまいそうだ。先輩は続けた。
「関わってくるだけで・・・・・・いいご身分ね」
キレイなだけに、凄みを増して恐ろしい。私は今、自分の身に何が起こっているのか理解出来ない。その後先輩は左手で私の髪をつかむと、右手で何かを探した。
「痛っ!」
引っ張られた頭皮に痛みが走って、声が漏れる。視界の端に何かをつかむのが見えた。
「や、やめっ」
ジャキ。
パラパラという音がした。途端痛みから解放されるが、呆然と先輩の手に握られたものを見つめる。不揃いになった己の髪が視界の端で揺れた。先輩は汚らわしいものを払い落とすように手首を振る。恐怖に支配された私にとって、先輩から出る言葉の一つ一つが金縛りの効力を持つようになる。
「他に、飛鳥様はあなたのどこに触れたというの?」
その右手には大きなはさみが握られたままだ。
「・・・・・・そう。手首」
私はしびれた手首を無意識のうちに押さえていた。
「ち、違っ・・・・・・」
先輩が私の腕をつかむ。腰が抜けそうになる、そのときだった。保健室のドアが開いた。
静寂。
現れたのは水島君だった。ドアを開けた状態で数秒。足早に室内に入ってくると、先輩の手首をつかんで「行きますよ」と言った。
「何すんのよ! 離して頂戴!」
先輩は持っているはさみを振りかざすが、難なくはたき落とされる。思ったよりずっと軽い音だった。私は近くに転がってきたそれからとっさに足を引く。
「ふざけんな! 離せ! 何なのよあんた!」
先輩は振りほどこうと必死だ。何度かもがいた後、その手首に爪を立てた。鋭い凶器は容赦なく肌に食い込む。水島君の顔がゆがんだ。
「・・・・・・音無しくしてください」
声のトーンを下げる。その時だ。その肩越しに動く影を見る。
「何やってんだお前ら」
開いたままの入り口。そこには火州先輩が立っていた。