雅3〈6月19日(土)、23日(水)④〉

文字数 986文字



  四

 一瞬、日本語がまっすぐ脳に伝えられなかった。
 一度英語に変換されて、もう一度それを日本語に直して伝わったという感じだ。だから正しい内容はどこを探しても見つからない。呆けた顔で「え」とだけ言う。飛鳥様は頭の後ろをかくと「その、まぁ、あれだ」と話を始めた。
「おととしの冬、お前が絡まれた奴らいただろ? あん時俺らが相手した奴らがあれだ、俺後からそいつらにしめられて、そん時あいつに助けられたんだよ」
 常には見られない歯切れの悪さこそが、事実を物語っている気がした。あたしは耳に入ってくる言葉の意味をかみ砕くのがやっとだ。
「だからお前が死ぬほど憎んでいた奴らを、あいつがとっちめたはずなんだ」
 話の後半は声が小さくなっていったため聞き取り辛かったが、ともかく
「真琴って・・・・・・草進真琴・・・・・・」
 下を向いて、そうつぶやいた。
 話の腰を折るようだけれども、飛鳥様があの小娘を名前で呼んでいる。そんな事がひどくに気に触った。
「え、でも」
 無理やり雑念を押しやって、思ったことを聞いてみる。
「あの子・・・・・・が?」
 あたしは一昨日、会ってから別れるまでずっとおびえていたその姿を思い浮かべる。
 あの子が恩人? 怒鳴られただけで吹き飛んでしまいそうなあの子が? しかも当時中学生じゃないの。
 眉間にしわを寄せて首を傾げるあたしを見て、飛鳥様が苦笑いをする。
「実は、俺もまだ信じられない」
 その時不意にチャイムが鳴った。飛鳥様が「悪い」と口にする。あたしは微笑んだ。「大丈夫です。信頼ありますから」と言ってみる。飛鳥様は困ったように眉を下げた。
「鈴汝」
 呼ばれて再び見上げる。
「・・・・・・真琴に、謝れるか?」
 一瞬で全身が強張る。黙ってうつむく。
 もう一度呼び止めて、今度は頭を下げるの? あの子に?
 腹の中でどす黒い何かが渦巻き始める。答えられないでいるあたしを見かねて、飛鳥様は続けた。
「・・・・・・来月、時間をとる。それまでには頭も冷えるだろう」
 目を落とす。そうして「いや、冷やすべきは俺の方で」とつぶやく。何だか今日は様子が変だ。
「とにかく、来月下旬、空けといてくれ」
「どうされるんですか? 何かあるんですか?」
「あぁ」
 飛鳥様はそう強くもない日差しを浴びてキラキラと笑った。
「花火だ」


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登場人物紹介

草進真琴(そうしんまこと)

高一女子。モットーは「私はただの高校生。それ以上でもそれ以下でもない」

6月10日生まれ、A型。


作画、いく。

火州飛鳥(ひしゅうあすか)

女嫌いの高三。美形。

9月2日生まれ、B型。


作画、いく。

鈴汝雅(すずなみやび)

男嫌いの高二。美人。

3月3日生まれ、O型。


作画、いく。

水島聖(みずしまひじり)

病んだ高一。思い込みが激しい。

6月27日生まれ、A型。


作画、いく。

鮫島勤(さめじまつとむ)

高三。飛鳥の友人。

2月2日生まれ、AB型。


作画、いく。

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