雅5〈7月31日(土)①〉

文字数 1,141文字

 
 雅五、七月三十一日(土)


  一

 聖域、という意識を持ち始めたのはいつからだっただろう。
 一般的に黒と呼ばれるものでも、言う人によって白になり得る。間違ったことだって多数決で正義に成り代わる。そんな道徳では教えてくれない矛盾を、スポーツはいともたやすく解消してくれる。揺るがないルールは、誰にでも平等に適応される。「発言権」を与えられる。全長七十センチ弱のラケット。それは努力した者のためだけに、道を切り開く。
 時刻は八時五十分、今日はマリエのいる高校との練習試合の日だ。
グレーの砂を一面に敷き詰めたコートは、ブラシをかけた後、コートのラインである白帯を出すためにつま先で砂をよけていく。地味で手間のかかるこの作業が、実は嫌いじゃない。
 入っていいとこ、悪いとこ。
 聖域というからには、いたずらに汚されるべきではなくて、だからこの白帯から内側はなるべくキレイに保ちたい。だから
 時刻は九時。午前中の試合が始まる。トスの前、ボールを二度つく。背筋を伸ばして相手の足元を見る。ベースラインを踏んでいた。
 出てけ。
 リターン。コートには入らせない。ベースラインギリギリに落とし続ける。
 理想のプレーは相手より一本ラリーを多く続けること。理想のコートは内側にボールの跡だけが残るもの。
「フィフティーンラブ」
 思い知れ。ここから先は立ち入り禁止だ。

 気づくと十二時を過ぎていた。午前中の試合が終わり、ブラックボードに午後の対戦相手が書き足される。殴り書きの筆跡はひどく読みづらい。しかし、そのはっきりとした白は遠方からでも見やすいものだった。
 鈴汝・・・・・・あった。
「雅ちゃん」
 自分を呼ぶ声がした。振り返る。逆光で一瞬、黒い輪郭だけが浮かんだ。
「よろしくね」
 次の対戦相手は、マリエだった。
「ウィッチ」
「スムース」
 変な感じがする。いつだって応援していた、応援してくれていたマリエはずっと同じ方向を向いていた。敵として向き合うのはこれが初めてだった。
 数周回って倒れたラケットを見せる。選択権はマリエ。その頬が上がる。
「リターン」
 得手不得手はあるが、通常選択権を得た方はサービスをとる。ゲームの流れを作りやすいからだ。しかしマリエはあえて逆をとった。
「雅ちゃんには、負けない」
 その後強い一瞥を残すと、背を向けた。あたしはマリエが一球一球にかける思いがとても強かったのを思い出す。静かに息を吸い込み、止める。頭からテニス以外のもの全てを追い出す。
 見上げる。雲一つない晴天。
 審判のコールが響いた。トスの前、ボールを二度つく。背筋を伸ばして友人を見る。その足元。ベースラインを踏んでいた。
 トスをあげる。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

草進真琴(そうしんまこと)

高一女子。モットーは「私はただの高校生。それ以上でもそれ以下でもない」

6月10日生まれ、A型。


作画、いく。

火州飛鳥(ひしゅうあすか)

女嫌いの高三。美形。

9月2日生まれ、B型。


作画、いく。

鈴汝雅(すずなみやび)

男嫌いの高二。美人。

3月3日生まれ、O型。


作画、いく。

水島聖(みずしまひじり)

病んだ高一。思い込みが激しい。

6月27日生まれ、A型。


作画、いく。

鮫島勤(さめじまつとむ)

高三。飛鳥の友人。

2月2日生まれ、AB型。


作画、いく。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み