鮫島勤①〈7月25日(日)⑤〉
文字数 1,713文字
五
露店の立ち並ぶ通りを外れて、木の影に男を置くと、約束通りお好み焼きを買いに向かう。途中、携帯が鳴り出した。火州からだ。
そういえば火州は今何をしているんだろう。保健室の一件以来、顔を合わせていない。
「・・・・・・おう」
「俺だ」
変わらねぇ。
「分かってる」
ため息まじりにそう言う。
「お前鈴汝の連絡先知ってるだろ? もう少しかかるって伝えてくれ。言えば分かるから」
雅ちゃん? ということは火州も今ここに来ているのか。彼女と、水島も一緒に?
それはそうとして、それが人にものを頼む態度か。どいつもこいつも俺のことなんだと思ってやがる。
「頼む」
そう言うと火州は一方的に電話を切った。急ぎではあるようだ。仕方ないからとりあえず彼女にメールを送っておく。
あー腹いてぇ。あんのタコ。顔面に吐いてやればよかった。そんなことを考えながらお好み焼きを買うと、でかい図体を揺らして待ちくたびれている高崎の元へ戻った。
メールの返事が来たのはその十五分後だ。色気のカケラもない高崎と並んで花火を見上げている時に携帯が鳴り出した。音自体は花火の音にかき消されたが、その振動で気付く。
「お、お前も何かあるのか?」
めったに鳴らない俺の携帯を見て、高崎が言う。
「何もねぇよ」
メールを開く。視界の端に高崎のニヤニヤした顔が映る。どこで見つけてきたのか、今はこいつからカレーのにおいがする。
「見んな」
「めずらしー。鮫が隠しごと!」
火州に連絡しなきゃと言いながら腹を抱えて笑う。こいつはいつも楽しそうだ。
〈連絡ありがとうございます。お怪我はされていませんか?〉
眉の下がった顔文字が付いている。俺は「高崎」と呼んだ。
「何だ?」
「十分。すぐ戻ってくるから、行ってきていいか?」
息を吸う音がした。見なくたってその身体が揺れるのが分かった。
「別に三十分でも一時間でもいいから行ってきなって」
キラキラと輝く目。その奥に見えるのは、今にもあふれんばかりの好奇心。
俺はメールを送ると、ひんやりと気持ちのよかった芝生を後に、綿菓子屋の前に向かった。
俺にとって彼女は、危なっかしくて、ともすれば勝手に転んでしまう妹のような存在だ。その感情はふと弱さを見せた時に起こった、一種の保護欲なのかもしれない。しかしその一方で、彼女に対する感情はそれだけでなく、火州や高崎に対する思いにも通ずるものがあった。要するに狭い人間関係の中、必要以上に干渉してしまう感覚だ。
だから水島のように自分のものにしてしまおうとする奴がいたら邪魔したくなるし、女である以上弱いことや、火州や高崎とは違ってフォローがいることも分かってるつもりだ。
「護るべき友人」
それが俺の中での彼女の位置づけだった。
「あの、あたしもう戻らないと・・・・・・」
ならば俺はあの時、ただ単に水島に対する嫌がらせをするつもりだったのだろうか。
「あの、実は今ちょっとウソをついて出て来てしまっていて・・・・・・」
俺は腹の中で渦巻く感情を押さえ込むのに必死だ。火州や高崎に対する
「誰が、怒るんだ?」
女の、何が面白い?
自身がコントロールすることはあっても、されるなんてあほらしい。なんだって好き好んで他人のペースに合わせなきゃいけないんだ。馬鹿なんだよ。火州も、高崎も結局
「雅ちゃんは、その、水島君が怒ると困るわけだ」
軽くからかう程度ならいつだってやる。しかし、だからといって友人をそこまで追い詰めるようなことはしない。これじゃ、ただの八つ当たりだ。
「護るべき友人」は、あくまで友人。火州や高崎を惑わす女とはまた違う生き物。
じっと見つめる。
当惑して不安げに寄せられた眉。びくり、と合ったままで逸らすことのできないでいる目。緊張からか、汗をかいて露店の光を鈍く反射する鼻の頭。いつだったか「エロボクロ」と呼んだ、唇のすぐ傍に存在するそれ。
でも、女だ。
頬、うなじ、手の甲。なめらかな肌。
悪くは、ない、が。
彼女が居心地悪そうに身じろいだ。やんわり笑う。
花火の間がやけに長い。