飛鳥5〈8月1日(日)④〉

文字数 2,695文字



  四

 日の角度が変わる。横から差し込んでくる夕日。店員が南から順にカーテンを下ろしていく。鮫島はタバコをくわえると、背もたれに身体を預けた。
 続きと言われても、そもそもさっきまで何を話していたのか忘れてしまった。代わりに高崎が口を開く。
「あぁ、俺の考えを言うんだったな」
 そうだ。鮫島が出て行く前まで、俺が真琴の話をしていたんだと思い出す。
「俺もその子が覚えてないってのがよく分からんな。そこは鮫の考えがいいセンいってるんじゃないかと思うぜ」
 鮫島は「ほらな」と口の右端を吊り上げる。誤解。俺はそこで後から知った事を付け足す。
「それが、後から分かったんだが、あいつは俺の前に立った時と、その数分後は覚えてるらしいんだ。知りたいのはその間の事なんだが、そこだけごっそり忘れちまったんだと」
「だから、それが雅ちゃんみたいに」
「違う。数分後気が付いたときには男達全員が足元に倒れていたらしい。だから」
「火州・・・・・・お前それは都合良すぎやしねぇか? お前がどうこうじゃなくて、その草進って子が、だ」
 口を挟んだのは高崎だった。俺は眉をひそめる。
「結局強いのは詳しい奴だ。持っている情報をいくらでも操作できるからな。例えば」
 高崎は黒目だけ動かして隣にいる鮫島を見る。
「事実を曲げるなんて事はしなくても、自分にとって不利なことを隠したままにしておくとかも出来る。だから、その子が言ったことをう呑みにするのは、どうかと思うぜ?」
 確かに。それは身に覚えがある。俺は情報の出所が真琴だけだと思っていたが、考えてみれば他にも手はある。元々その場にいたやつらに聞くのもその一つだ。もう卒業はしてるだろうからかなり面倒だが、それでも本当に知りたいのなら出来たはずだし、今からだって遅くない。一人捕まえればいいし、一対一なら問題もない。だが、

 西日の熱がカーテンをすり抜けて頬を焼く。一つとばした向こうの客が席を立った。ここに来てずいぶんと時間が経つ。
 腰が重たい。実の所、本当に真琴があいつらをどうにかしたかなんてことは、俺にとってどうでもよくなりつつあった。
「そう・・・・・・だな」
 十五時半。いつの間にか店内の客はずいぶんと減っていた。
「それはいつ知った話だ?」
 鮫島の目が、いつになく険しい。おそらく「もう少し事情が分かって」のことを尋ねているのだろう。ついこの間だと答える。
「ついこの間・・・・・・休み中か?」
「休み・・・・・・まぁ、休みに入ってからだな」
「じゃあ、お前もうその子の連絡先知ってるんだな?」
「いや、約束自体は休みに入る前にしておいたから」
「約束。保健室の事があったのに、その子はお前と関わる事をよしとした訳だ」
 嫌な聞き方だ。自分のことではあるが、防戦一方になる。タバコの灰を落とす。
「もしかしてあれじゃねぇの? 本当は全部分かってるけど、わざと小出しにして、お前の気を引こうとか考えてんじゃねぇの? そうでもなきゃ二度と関わりたくないと思うよ」
 俺ならね、と腕を組む。俺は誤解を解くために動いた。
「違う。俺が花火に誘った。鈴汝に謝らせるためだ」
「え、火州花火来てたの?」
 高崎が目を丸くする。話を進めるために、鮫島がそのわき腹を小突いた。
「じゃあお前は雅ちゃんと、その子と三人で花火に行ったんだな?」
「いや、鈴汝の後輩で、真琴のクラスメイトに水島って奴がいて、そいつも一緒に来てた」
 高崎が「ひょおっ」と息を吸う。
「そうか・・・・・・これで分かった」
「分かったって何が?」
 高崎が身体を起こす。鮫島の右の口角が吊り上がるのが指の間から見えた。
「『もう少しかかる』の意味が、だよ」
 そうだ。
〈何より後から事情を話しさえすれば〉
 まだそのことを説明してなかった。
「結局あれだろ? お前は雅ちゃんを預けるために水島も連れ出して、予定通りお前は草進って子と一緒に行動する。雅ちゃんに謝らせるのは口実で。お前は草進って子と話しがしたかった」
「ちょっと待て。火州、お前も水島ってヤツとつながりがあったのか?」
「いや・・・・・・」
「雅ちゃんが行くなら何とでもなる。そうだろ?」
 鮫島が代わりに答える。
「そうして始めに決めておいた合流時刻が来ても、もう少し話をしたかったお前は、俺に雅ちゃんへの伝言を頼んだ」
「あ、あん時のメールか」
 ちなみに俺がしたのは電話だから、その相手は全く別の人間だ。
 鮫島は苦笑いする。そうしてそれには答えず話を先に進める。
「さしずめ、交通渋滞に会って、とか何とかのニュアンスで伝えたかったんだよな?」
「あ、あぁ・・・・・・まぁ、そんなかんじだ」
 俺は思わずグラスに手を伸ばす。暑いのに、嫌な汗が流れた。
「・・・・・・ってことは」
 声のする方を向く。高崎はあごをなでながら言った。
「そんとき、鮫は雅ちゃんと、水島ってヤツに会ったんだな?」
 その動きが一瞬不自然に止まる。
「あれ? 俺が最初お好み焼き買いに行ったときも、気がついたらいなくなってたな」
「いなくなったのはお前の方だ」
「いて。でもお前、何であの時ケンカんなったんだ?」
 ケンカ?
 高崎が何気なく聞いたことに、鮫島は目を泳がせた。新しいタバコを取り出すと火をつける。その様子は明らかにおかしい。高崎は続けて聞いた。
「なぁ、そもそもお前、水島ってヤツと何の関わりがあるんだ?」
 俺も鮫島を見つめる。鮫島は苦笑いした。

 結局鮫島ははっきりと答えないまま、「あ、俺用事」と席を立った。「絵ヅラ。お前ら食うもん考えろや」とも言った。なんだ。やっぱりそう思ってたのか。
 いつもなら解散は三人同時なのだが、高崎の「腹減った」に合わせて俺も残る。十八時。まだ日は強い。高崎は運ばれてきたハンバーグを頬張ると、グラスに口をつけて言った。
「なぁ、鮫の事どう思う?」
 うまそうだ。俺も何か頼むことにした。メニューを広げながら言う。
「・・・・・・変だと思う」
 持っているフォークで俺を指す。
「だろ? あいつが隠し事なんてめずらしいだろ? 俺言ったんだよ、花火ん時も。携帯隠すから『火州に連絡しなきゃ』って。別にお前からだったら隠すことなくね?」
 さっきのメールの事か。
「高崎、俺があいつにしたのは電話だ」
 その目がまん丸になる。
「それじゃあ・・・・・・メールの相手は、誰だったんだ?」
 こいつが深入りするなんて珍しい。そうして、そのとき同時に一つの顔が浮かんだ。


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登場人物紹介

草進真琴(そうしんまこと)

高一女子。モットーは「私はただの高校生。それ以上でもそれ以下でもない」

6月10日生まれ、A型。


作画、いく。

火州飛鳥(ひしゅうあすか)

女嫌いの高三。美形。

9月2日生まれ、B型。


作画、いく。

鈴汝雅(すずなみやび)

男嫌いの高二。美人。

3月3日生まれ、O型。


作画、いく。

水島聖(みずしまひじり)

病んだ高一。思い込みが激しい。

6月27日生まれ、A型。


作画、いく。

鮫島勤(さめじまつとむ)

高三。飛鳥の友人。

2月2日生まれ、AB型。


作画、いく。

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