聖6〈8月15日(日)②〉
文字数 1,576文字
二
普段ここまでではないらしい。どちらかというと穴場と呼ばれるこの界隈では、プライベートビーチ感を味わえるのが本来持ちうる強みだそうだ。しかし夏休み、お盆、日曜日という数々の条件が重なって、辺り一帯にカラフルなビーチパラソルが突き立てられていた。にぎやかだ。振り返れば出店も立ち並んでいる。僕には全く縁のない世界が、今目の前に広がっていた。しかし、そんな海側の事情をまるで意に介さない人たちがいた。主催者である。
「C」
「D」
行き交う女性が例外なしに見て通る。少し離れたところで上がる黄色い歓声。きっとまぶしい中を当たり前に通ってきた人たちなのだろう。何をしなくても同性から一目置かれ、異性からの視線を一身に集めて。そういう人種はどこにでも存在する。
「いや、Dはないと思うぜ?」
「そう? 俺結構よく当たるよ」
ふざけた内容とは裏腹に、イケメン二人はどこまでも真剣な顔つきで話しをしている。そのうちの一人である鮫島先輩が振り向いた。
「よし。じゃあ水島君、ちょっと雅ちゃんに聞いて来て」
「何でですか! ご自分で行って下さい!」
すぐ隣にいる高崎先輩が大声で笑った。
現地到着後、他のメンバーと合流して早速着替えを済ませる。そうしていつの間にか設置された二つのパラソルの下、オンタイムで交わされている会話がこれだ。
「何だよお前、素直じゃねーな。自分だって知りたいクセに」
「そんなこと思ってません!」
神様ごめんなさい。僕今ウソつきました。
「じゃあお前はどれ位だと思う?」
僕はぐっと押し黙ると、少し考えた上で「・・・・・・E」と答えた。鮫島先輩が目を丸くする。さらにその向こう側にいる火州先輩は、真剣に女二人を見つめたままだ。
「・・・・・・お前、それはないと思うぞ。過剰評価しすぎじゃねぇの? あ、そうか」
鮫島先輩はポン、と手を叩くと、さらりと言った。
「お前、童貞か」
どーん。
「なっ・・・・・・」
顔が気温によるものではなく熱を持つ。その様子を見ながら鮫島先輩は、この上なく嫌味に口の端を吊り上げると、
「雅ちゃん聞いてー。こいつ童」
「わーっ! 黙ってください! 何言っちゃってるんですかー!」
あぐらをかいている高崎先輩を飛び越えて、その口をふさぐ。
「んんんんー」
「まだ言いますか!」
口を押さえられて尚も食い下がる鮫島先輩。その目はこの上なく楽しそうだ。
高い空は雲一つない晴天。それははるか上空だけでなく、水平線の際の際までが管轄範囲。そんな水しぶきが上がる波打ち際、行き交う人に遮られてもその姿は見失われることはない。その美貌はそれほどまでに圧倒的だった。
呼ばれて振り返る。会長はカラフルなビーチボールを持っていた。目を突くような真っ白なビキニ。その首元、足元にうっすら境が見える。部活の日焼けによるものだろう。
「な、何でもないですから!」
元々色白の人はもっとはっきり境が出来るのだろう。例えばそう、今会長の向かいで腰を落として次の攻撃に備えている草進さんのような
「あんた、そんなのもとれないで、よくリベロなんて言うわね」
ビシッ。
ズザッ。
・・・・・・。
ちなみにバレー部の草進さんは、元々境が出来るほど日に焼けていない。二人の関係について若干心配したが、とりあえずは大丈夫そうだ。さっきからあの感じで遊び続けている。
「お前、マジで童貞?」
まだ言うか。
ついさっきまで必死でふさいでいた口が、やはり憎たらしく口にする。
「・・・・・・いけませんか? 僕まだ高一ですよ?」
ため息混じりにそう言うと、鮫島先輩は目を丸くした。
「えっ、あれって中学卒業までに置いてくるもんじゃないの?」
僕は間違った世界に迷い込んでしまった気がしてならない。