その③〈4月29日(金)愛野駅、20時~〉
文字数 975文字
久しぶりにこの駅を使う。数ヶ月前までは何気なく使っていたはずが、妙ななつかしさと高揚感を覚える。
火州飛鳥は片手に荷物をかつぐと、階段を一段一段噛みしめるようにして下りた。急ぎはしない。あおられて邪魔される位なら、ゆっくり自分で見つけ出したかった。
約一ヶ月ぶりに真琴に会う。相変わらずかしこまると武士のような口調になる電話ではおかしくももどかしくて、やるせない思いを何度も奥歯を噛みしめることでやり過ごしてきた。
やっと、会える。
自然、足は速まっていた。改札を抜けて出迎える、その線の細い姿。
「おかえりっ」
「・・・・・・っっっっ! 何でお前なんだよおかしいだろうがぁぁぁぁぁ!」
久しぶりに会うなり首を絞められる鮫島は「うわぁキズつく」と言うと、その手をムリヤリ引きはがした。咳払い一つ。
「何? 俺じゃ不満ってコト? せっかくお出迎えしてあげたのに」
「いやいやいやいや」
言いながら見回す。そのはるか向こうに真琴の姿はあった。照れくさそうに片手を上げて見せる。向かおうとすると思いがけない強い力で肩を組まれた。
「お前の魂胆なんて分かってんだよ早々帰ってきやがって。まだ早いからな。休みの間中見張ってやるからな」
「お前『オメデト』って言ってたじゃねぇか! 素直に引き下がれや!」
「いんや、俺はアイツも大事。一人前には程遠いからな。俺にもカントク責任はある訳よ。ってコトで」
小さな影が二つ、飛び出してくる。次の瞬間繰り出されたのはうり坊顔負けのタックル。
「あすかおにいちゃぁぁぁぁぁん!」
「れ、礼奈、楓」
やさしいお兄ちゃんは動けない。鮫島はそれを横目にその場を離れた。向かう先で真琴が笑う。
「ヨロシク」
「ちきしょうふざけんなこの野郎!」
夜間、道行く人はまばら。その声は良く通る。
「先に抱きしめさせろ!」
「・・・・・・これでいいか?」
「うん。ごめんね。どうしても緊張しちゃって」
「よく言うよ。アイツといい、お前といい、本当に手のかかる」
言いながらかく頭「今はっ、お前じゃなくてだなっ・・・・・・!」と妹と格闘するシスコンを見つめたまま鮫島は続けた。
「いい? 本当にヤバいと思ったらすぐ呼ぶんだよ。直前はキケンだから、できれば三、四歩手前の方が対処しやすい」
「分かった! ありがとう、つとむくん!」
「ハイハイ。せいぜい楽しむこったな。真琴」