雅3〈6月19日(土)、23日(水)①〉
文字数 806文字
雅三、六月十九日(土)、二十三日(水)
一
まるで収まる気配のない震え。耳を、頭の中心を、胸の真ん中をえぐるように波打つ脈。
小雨。教室内の気温は、初夏にしては低い。少しだけ肌寒さを感じて身体を縮こめる。
救護用のベッド。教師用のデスク。その手前に、同色のキャスター付きの丸イス。足下に散らばった、罪の残骸。つい先ほど、草進真琴は一切の音を立てずこの教室を出て行った。座って見上げる窓の外には、中庭に植えられた木々が見える。高い湿度。その緑や茶の色がけぶっている。
飛鳥様はこの色味が好きだった。目を突くような光の中よりも、この色の世界にいると心が落ち着くのだ、と。
〈別に雨自体を好きなわけじゃないけどな〉
そう言いながら、袖が濡れるのも構わず屋上のひさしから手を差し出しましたね。あの時見た穏やかな笑顔は、今でも忘れられません。それは鮫島先輩や高崎先輩に向けるものとまた、別物でした。
飛鳥様。
あれ以来、雅は雨が好きになりました。例えその日テニスの練習が出来なくなっても、雨を恨むことはなくなりました。あたしはこの時、あなたの愛でるものを受け入れることで、あなたに一歩近づけるような気がしていたのです。でも
「会長」
床に散らばっていた残骸は、いつの間にか片付けられていた。二の腕をつかんで半ば無理やり立たされる。その拍子に膜を張っていた視界がぐらり、と揺らいだ。水島は表情を変えず、親指であたしの目元を拭う。現実。世界が、今ある光が、その筋を伸ばす。その、目に入ってくるすべての光が、あたしにとっては何よりもこたえた。
今すぐ消えてしまいたかった。
水島は、静かにその世界からあたしを覆った。制服の黒地に映えた金のボタン。そんな小さな光さえも怖くて目をつぶる。おそるおそる頭をなでられる。慣れない動作に、緊張が伝わる。
飛鳥様。
唇だけが、愛しい名を求める。