雅5〈7月31日(土)②〉
文字数 1,163文字
二
「あー、悔しいな」
いつの間にか、太陽が橙をまとう。しかし熱量は変わらず、じりじりと頬を焼き続ける。
「うん、やっぱり悔しい」
マリエはそう言うと、投げ出した膝に顔をうずめた。ネットやブラシの入った倉庫は、用具を外に出してしまうと、ささやかな休憩所になる。開け放した引き戸の所に腰掛け、あたし達は段差に足を下ろしていた。
あたしは何も言えない。ゲームはついさっき、終わった。そのコートで今は他の人達が試合をしている。ゲームカウント七―五。もう少しでタイムブレークに持ち込まれるという所だった。
「負けて終わるのは、やっぱり悔しい」
褐色の肌。ふいても吹き出てくる汗は、今も表面を覆っている。西を向いた倉庫は、二時間の試合を終えたあたし達でも日差しから守ってくれない。
やっぱりあたしは何も言えない。上着を羽織る。マリエはまだ、膝に顔をうずめたままだ。
近くにあるコートを見た。他の人が駆け回っているのを見ると、あたしももう一試合したいと思う。基本的に上手な人間ほど、多くの試合が組んでもらえる。あたしは全部で十六人いる部員の中で五番目だったから、まだ多めに組んでもらえる方だった。この後二試合控えている。
「雅ちゃん」
振り返る。マリエは膝に顔をうずめたままの格好で言った。
「私・・・・・・部活やめるんだ」
生い茂った木々を、一瞬西風が強くなでる。
「・・・・・・え?」
マリエはその膝を抱え込むようにして、口を開いた。
「もう部活続けられないの」
「な、なんで?」
背筋が凍る。叫ぶようにそう尋ねた。少しずつ風が出てくる。近くにある木がざわざわと不安げに鳴り出した。
「私、もう二回生でしょ? 下級生が入ってきて、みんな上手なんだ。あたしよりもずっと」
彼女の高校は強豪だった。シングルスで五番目の私が、ほとんど最下位のマリエにやっと勝ててるぐらいの実力差があった。彼女自身、高校からテニスを始めた初心者だった。にも関わらず嫌だなと感じるのは、たゆまぬ努力が故なのだろう。
「今日が・・・・・・試合に出してもらえるの最後だったんだ。結果を残さないとダメで」
その膝の下に水が落ちる。汗か涙かは分からない。
「だから、どうしても勝ちたかった」
変わらず暖色の夕日が照らしているのに、全く熱を感じなくなる。汗が冷たい。
「ふふ、」
身体を揺らす。笑ったようだ。
「でもやっぱり悔しいや。負けるとしても全力出し切って負けて、すっきりして終わりたかったけど、負けたらやっぱり悔しい」
そうしてぐぅ、とうめいた。鼻をすする音。足下に落ちていく水分。
あたしは恐ろしさに打ち震えてそこにいた。たった一人の友人であるマリエにかける言葉が見つからずそこにいた。あたしはただそこにいた。