飛鳥6〈8月15日(日)⑤〉

文字数 1,411文字



  五

 どれくらい歩いただろうか。
 俺は真琴に声をかけると、その場に腰を下ろす。それに合わせて真琴も座った。
「まだ・・・・・・ですか?」
 言いながら、つないでいた手を自然な感じで離される。
「・・・・・・あぁ、もうちょっと」
 しかしそうは言ったものの、迷った末、先にメガネを返すことにした。何だか騙しているようで良くないと思ったからだ。怒るかと思ったが、真琴は「よかったです。ありがとうございます」と言って素直にそれを受け取った。
 だが問題はその後のことで、正直マジで困っていた。今まで一緒にいた女は勝手に話して、勝手に満足して済んでいたが、真琴は自分から話し出そうとしない。その上俺も「勝負しろ」などと面と向かってほざいていたため、今になってどう関わったらいいのか、全く分からない。その時ふと食事の時の事を思い出した。
「そういえばお前、親父大丈夫だったのか?」
 メガネをかけなおした真琴はうなずくと、小さな声で言った。
「先輩が・・・・・・その、交渉してくださったので・・・・・・」
 それは俺も見てた。
「どちらかと言うと、姉の方が後が怖いのですが・・・・・・」
「お前、姉ちゃんいるのか?」
「はい。二人いて・・・・・・仲はいいのですが・・・・・・」
 何で仲いいのに怖いんだかよく分からんが、「そうか」と答える。真琴はくしゅっと笑うと、体育座りをしている膝を引き寄せた。
「寒いか?」
 真琴はあわてて首を振った。
「いえ、大丈夫です」
 汗が冷えたのかもしれない。俺は着ていたパーカーを脱ぐと、その背中にかける。
「え、あ、いいですよ」
「いいから」
 恩の押し売り。お前がどうこうなんてハナから聞いちゃいない。
 都合いいよ。全く。

「火州・・・・・・さんは?」
 次に何を話そうか考えている最中だった。予期しない声かけにたじろぐ。
「ん? な、何だ?」
「ご兄弟は・・・・・・いらっしゃいますか?」
 息を呑む。兄弟の話をするなんて、高崎と鮫島以外に有り得なかったから。身内の話をすることは建前をはがすようで、よほど心を許した相手にしか出来ない。
「あ、あぁ・・・・・・」
 星がきらめく。街灯。強い明かりが近くにあっても、一番明るい星はしっかりと見えた。
「弟・・・・・・と、妹が、いる」
 たったそれだけで火を噴きそうだった。真琴と同じようにゆるく体育座りをする。
「妹さん、いらっしゃるんですか?」
 決まり悪くて見られなかったが、声の調子で興味を引いた事が分かった。
「あぁ」
「そうなんですか。いいですね。あたしも妹が欲しかったんですよ」
 その横顔をのぞき見る。真琴は遠く波打ち際を見ながら、うれしそうにした。
「でもまだ保育園だから全然小さくて」
 真琴は自分にはいない「妹」に強く興味を持った。俺は元々シスコンな所もあったため、気をよくしてよくしゃべった。思えば、自分ばかり話していた。しかしその事は、今まで知ることのなかった深い充足感に変わった。
「飛鳥お兄ちゃんですね」
 ふと笑いながらそんなことを口にした。俺はその姿を見つめる。身体の動きを止めて、全身で。
「・・・・・・もう一回言って」
 真琴が見上げる。黙ってあごで促す。
「飛鳥・・・・・・」
 その唇に人差し指を当てる。
 波の、音。
 俺ははったりでも何でもなく、このときマジで飛べる気がした。


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登場人物紹介

草進真琴(そうしんまこと)

高一女子。モットーは「私はただの高校生。それ以上でもそれ以下でもない」

6月10日生まれ、A型。


作画、いく。

火州飛鳥(ひしゅうあすか)

女嫌いの高三。美形。

9月2日生まれ、B型。


作画、いく。

鈴汝雅(すずなみやび)

男嫌いの高二。美人。

3月3日生まれ、O型。


作画、いく。

水島聖(みずしまひじり)

病んだ高一。思い込みが激しい。

6月27日生まれ、A型。


作画、いく。

鮫島勤(さめじまつとむ)

高三。飛鳥の友人。

2月2日生まれ、AB型。


作画、いく。

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