雅4〈7月25日(日)④〉
文字数 1,674文字
四
先程の場所まで戻ったが、まるで何事もなかったかのように平然と人が行き交っていた。
とりあえず鮫島先輩に連絡を取ろうと携帯を取り出すと、既に一通のメールが入っていた。
〈火州から『まだかかりそう』だと〉
鮫島先輩からだ。受信時刻が十九時半ということはあたしに会った後であり、少なくともメールを打てるくらいは無事なのかと胸をなでおろす。現在十九時四十五分。返信する。
〈連絡ありがとうございます。お怪我はされていませんか?〉
携帯を握り締め、返事を待つ。待つまでもなく、それはすぐに届いた。
〈綿菓子屋の前〉
来た道を戻り、屋台の看板を見ながら歩く。少し行ったところで射的の看板が見えた。たしかこの辺り。
「見つけた」
振り返ると鮫島先輩がいた。あわてて言う。
「大丈夫でしたか? すいません、あたしだけ・・・・・・」
先輩はさわやかな笑顔で「あぁ」と言った。黒のシャツにカーキのパンツ。重ね着でシャツのすそから蛍光の緑がのぞく。細身のネックレスは襟の中へと続いている。
「平気。ちょっと食いもんが喉通らんくなっただけ」
それはとても大変なことではないのだろうか?
「え、そうなんですか・・・・・・」
どうしたらいいのか分からずにいるあたしをしばらく眺めた後、鮫島先輩は「ウソ。さっきお好み焼き食べた」と言った。性格悪い。その後、先輩は口の右端を吊り上げると「雅ちゃん、綿菓子食べたくない?」と手をとった。
花火が、その焼けた頬を照らす。
というわけで、綿菓子の入ったピンクのでっかい袋を抱えながら、今は射的を楽しむ鮫島先輩を見ている。
「あの、あたしもう戻らないと・・・・・・」
鮫島先輩はそれには答えず、また一匹、ぬいぐるみを落とした。
「実は今ちょっとウソをついて出て来てしまっていて・・・・・・」
パン。
「もうそろそろ戻らないと怒られてしまうっていいますか・・・・・・」
パン。
「と、とにかくご無事でよかったです。あたしはこれで・・・・・・」
綿菓子ありがとうございましたと言おうとした矢先、先輩はくるりと振り返り「誰が怒るんだ?」と聞いた。
また一つ、花火が夜空を照らす。
大量にとったぬいぐるみを袋に詰めてもらい、鮫島先輩は颯爽と歩き出した。あたしも綿菓子を抱えながら、あわててその後を追う。露店から離れ、メインロードから外れたところにあるベンチに腰掛けると、先輩は袋を地面に置いた。そろそろとその横にあたしも腰を下ろす。そうして鮫島先輩はタバコを取り出すと火をつけた。その煙を吐き終わる頃、再度口を開く。
「・・・・・・で、誰が怒るんだって?」
花火の音がやんだ。次のための準備中なのだろう。先輩は指でタバコの灰を落としながら、白く煙った空を見上げる。灰は手すりの向こう側に落としているから、前に置いてあるぬいぐるみにはかからない。
「あ・・・・・・と」
「まさか火州じゃないよな。『まだかかる』ってことは、何か他の用事に夢中みたいだし」
「・・・・・・」
その通りだ。隠していてもしょうがない。正直に打ち明けることとする。
「あの、うちの生徒会の後輩の子が来てて・・・・・・水島って言うんですけど」
「知ってるよ」
鮫島先輩は「はっ」と笑った。
「えっ、何で・・・・・・」
「まぁ、いろいろ、ね」
先輩は言葉を濁すと、再びタバコの先端を口に含んだ。息を吐き出すと同時に続ける。
「雅ちゃんは、その、水島君が怒ると困るわけだ」
どうしてそんなことを尋ねるのか分からない。しかし反射的に答える。
「いえ、そうではありませんが・・・・・・」
「じゃあ別にいいんじゃないの?」
そう言ってこっちを向く。向きながら無造作に口を開き、タバコをくわえる。瞬間、身体が強張るのが分かった。脳から警戒の信号が発せられる。何故だか分からない。分からないが、そのとき、狩をする生き物が狙いを定めたらこんな目をするんだろうな、と思った。
「ね」
そう言うと鮫島先輩は口の右端を吊り上げた。