飛鳥2〈5月26日(水)①〉
文字数 1,105文字
飛鳥二、五月二十六日(水)
一
五月も後半。すっきりしない天気が続いていた。来週から梅雨入りすると聞いたが、そこまでもつか分からない。このままだと前倒しになりそうだ。
草進真琴と再会して、一ヶ月半。ただ再会と言っても、実際一年前に一度会ったキリなのだから、相手はもちろん、俺の記憶だってどこまで当てにしていいものか分からない。でも、
目をつむってあのとき見た後ろ姿を思い出す。
間違いない「烏の濡れ羽色」しかし同じなのは姿形だけで、全くもって何かが違う。演技? いやまさか。
人違いで終わってしまうには引っかかるものがあった。それでも一時はなかったことにしようとした。だが、
その日も俺は学校に着いたその足で屋上に行こうとしていた。北校舎に移り、屋上に続く階段に向かうその時だった。突き当たりの図書室から人が出てきた。振り返ってドアを閉める。その少女が背中を向けたその時目にしたのは「あの時」のバッグだった。
息をのむ。
紺地に縫い付けられた「西」の紋章。金の縁取り。うちの高校のバッグはかまぼこのような外形をしているが、今目の前にあるバッグは長方形のものだった。校則に通学用バッグの決まりはなく、中学のものでも本人さえよければそのまま高校で使えた。
それより何より、バッグの中央についたポケットに、白い切り傷が入っていた。
見入って動けなくなる。長いスカート。ピカピカの赤紫の光沢をもったスリッパ。図書室から出てきた草進真琴は、大事そうに本を抱えながら歩いてくる。
すれ違う直前で声をかけると、頭を上げ、目をむいた。瞬時に逃げられるような気がして、とりあえずその腕をつかんでおく。細い手首が震え出す。
面倒くせぇ。
「・・・・・・この間は悪かった、ビビらせて。何もしねぇから安心しろ」
これだとまるで俺が何かしたみたいじゃねぇか。
尚もおさまらない震え。
「聞きたいことがある」
こわばった全身。草進真琴は見開いた目で俺を見続けている。小学校のウサギを思い出す。
「今日放課後、時間あるか?」
だから回りくどいが、命令ではなくたずねた。草進真琴は一度だけ首を横に振った。
「そうか。じゃあ授業終わったらそっちの教室に行くからな」
分かったな、と念を押すと、その手を開放する。
草進真琴はその後、俺の横を走り抜けていった。一度つんのめってたたらを踏んだが、その後は音もなく消えた。ため息一つ、階段から足を下ろす。
気が変わった。戻るか。
来た道を引き返し始める。渡り廊下から差し込む強い光。今日も快晴。既に夏が感じられるような緑は、無駄にまぶしい。