聖2〈5月14日(金)④〉
文字数 976文字
四
例えば、の話。
例えば自分にとって最も大切な人を最高に幸せな時に失ったら、どうする?
それが、今の僕。
じゃあ例えばその人を思わせるような相手が目の前に現れた時、狂うか狂わないか。
その答えが、今の僕。
「護る」と誓ったのは、彼女に何かを望まないためのものだったのに。
ついぞ聞いたことのないような音を立てて、生徒会室のドアがぶち開けられた。
僕は、狂ってしまったのだ。
中身が悪魔だったとしても構わない。そんなくだらないことにイチイチ構っている余裕がないほどに、僕は。
「ほんと、死ねばいいのに!」
そう言い残し、会長は出ていった。
短いと思っていたリーチは思っていたよりかは長くて、束ねた後ろ髪が僕の頬をかすめていった。そうしてそれは確かにダメージを残していった。
時刻をほんの少しさかのぼる。説明がひと段落し「質問はある? ないならもう行くわ」と言って会長が席を立った時のことだ。
「・・・・・・」
返事ができなかった。これだけしゃべらせておいて何一つ聞いていないというのもひどい話だが、聞かせる気のない大きな独り言に似たそれにもまた、責任がないとは言えない。だからもう僕はこの時引き止めなければの一心で、なのにその手段がどうしても思い浮かばなかった。
「じゃあ、いいわね」
しかし無情にも会長は僕とすれ違うようにしてドアに向かう。スズナと全く同じその背中を振り返った瞬間、僕は何か大きなものに飲み込まれた。その腕をとると、背中から力いっぱい抱きしめる。
「は、何!」
彼女は驚いて腕の中でもがいた。大きく息を吸って、吐く。脳みそが痺れた。
温かくて、柔らかくて、いい匂い。耳元に響く、ちゃんと熱をもった声。これは夢ではない。夢ではないのだ。
その首元に顔をうずめるが、次の瞬間、手首に激痛が走った。噛み付かれたのだ。たまらず緩んだ腕。会長は何とか逃れると、力いっぱい叫んで出て行った。夢には存在しなかった痛覚が、僕を圧倒していた。頭で脈打つ心臓。
「それが出来たらどんなにいいか」
遠く聞こえる声は別世界。昼飯を食べ終えた生徒が戯れるグラウンド。影っていた光が再び強くなる。ゆっくりと、柔らかく、明るく、強くなる。
だれか教えて欲しい。
僕は一体どうしたら、ここから抜け出せるんだ。