真琴1〈4月8日(木)②〉
文字数 867文字
二
「草進真琴はいるか」
教室のドアは前後ともに開いたままだ。そのため何の前触れもなくその人は現れた。
まさか一般の高校生に見られない明るい髪色、金髪のオールバック。このクラスの男の子に比べて頭二つ分高い背丈。
慶子が振り返る「草進」は私の苗字、「真琴」は私の名前だった。
教室内にはまだ三分の一程の人が残っている。どのクラスも最初はあいうえお順で席が並んでいるため「そ」がどの辺りなのか大方見当がつく。そうして全ての視線が私に集まった。
最後にその人本人と目が合う。その瞬間、空気が変わった。
「お前か」
勢いよく近づいてくる。身に覚えのないことに戸惑うが、その人は私の手首をつかむとそのまま教室の外に向かって歩き出した。
え、ち、ちょっと待って。
よく見て。いやみんなよく見てる。よく見ているけど誰も何も反応しない。当然と言えば当然かもしれない。きっと自分もそうする。ただ、あまりよろしくないことが起こっていることは分かってもらえてますよね? 今目の前で起きているのは、まごう事なき誘拐事件です。
頬をつねってみる。痛い。つかまれている手首もちゃんと痛い。よって頼みの綱である「夢である可能性」が消滅する。絶望感満載。
そもそもまだ点と点が結びついていない。私自身、生まれてこの方、誰に後ろ指さされる事もなく、つつがない生活を送ってきたつもりだ。なのに高校入学と同時に怖そな兄さんに拉致されている事実。
どすどすどすどす。
一体何があったというのだろう。男性の早足について行けるはずもなく、強制的に小走りになる。
どすどすどすどす。
校舎の入口を出て右手に折れる。大きな一歩に引きずられるたびに遠のく喧騒。その後校舎を回り込むようにして再び角を曲がると、窓枠を介さない緑が眼前いっぱいに広がった。そこまで来てやっとその人はつかんでいた手首を放す。
その目は鋭い。全身から立ち上る殺気。身に覚えのない恐怖に、訳も分からず肩を縮こめる。その口がようやく開かれた。
「お前、俺と勝負しろ」