真琴5〈7月25日(日)③〉

文字数 1,477文字



  三

 日が沈む。優しい橙から、紫とコバルトブルーの世界に。
「ごめんね嫌な思いをさせちゃって。でも伝えといた方がいいかなと思って」
 十七時半過ぎ。そう言うと、千嘉ちゃんは帰って行った。その顔は心なしかすっきりしていた。下校ルートは、校門を出て千嘉ちゃんは右、あたしは左だ。その背中が見えなくなると、ようやくため息をついた。
〈水島君、好きな人いるらしいんだ〉
 花火の夜の事を何度も思い返して浮かれていた分、ダメージは大きかった。しかも相手があの先輩だとは。
 校門を出たところにある石段の隅に腰かけ、もう一度ため息をついた。まるで力が入らない。ここにいたって仕方がない。帰らなければならないことは分かっている。でも、動けない。その時だった。
「あんた、何してんの?」
 目の前に落ちた影に顔を上げると、そこには先輩が立っていた。微かな芳香剤の香り。上着こそ羽織っているが、露出の多いテニスウェア。相変わらず気の強そうな目元と口元。声がでない。今一番、会いたくない人だった。
「何ぼんやりして。陰気臭いわね」
 何かあるのと言いかけて、
「まさか、飛鳥様が現れるとでもいうの?」
 と、恐ろしいことを口にした。私は一点を見つめたまま首を振る。先輩は「そう」と言うと、前髪を撫で付けていた手を下ろした。てっきりそのまま立ち去るのだろうと思っていた先輩は、まだその場を動かず、代わりに「何なの」とぶっきらぼうな声を投げてよこした。私は顔が上げられない。まぶしすぎて、上げられない。カラスの鳴き声が、やけに耳に残る。
「先輩・・・・・・になりたいです」
 つぶやいた声に反応して、先輩が向き直る。
「何?」
 火州先輩と話す時と声のトーンが一オクターブぐらい違う気がするのは、本当に気のせいだろうか。
「私は・・・・・・先輩になりたいです」
 もう少しだけ、音量を上げる。語尾が、震えた。一拍おいて先輩は不快感をあらわにする。
「何それ。あんた、あたしの何を知ってるっていうのよ。頭くる」
 容赦ない。傷ついた神経を刺激されて、自己防衛本能がたたき起こされる。普段なら絶対言わないようなことが口から滑り出た。
「だって・・・・・・水島君が好きなのは・・・・・・先輩ですから」
 明るさを失っていく世界。その声はまっすぐに届いた。水島君の好きな相手が先輩だと分かった瞬間、もうダメだと思った。だって私はこんなにキレイじゃないし、強くもない。私とは真逆の人種だったからだ。
 永遠に続くかと思われた沈黙の後、先輩は再び口を開いた。
「あんた・・・・・・水島がいいの?」
 ごまかしてしまえばよかったのだろう。勝てないなら大人しく引き下がってしまえばいい。
「・・・・・・はい」
 でも私はそう答えた。気付いた時にはもう口をついで出ていた。不思議と後悔はなかった。先輩は腕を組んだまま私を見下ろす。
「あれのどこがいいの? まぁ、あんた達雰囲気はなんとなく似てるから、惹かれるところがあるんでしょうけど」
「そ、そんなこと・・・・・・み、水島君は優しくて・・・・・・よくクラスの人から頼られてて、部活とかも一生懸命で」
 声こそ小さいが、確かに先輩に伝わる。
「そう・・・・・・それはよかったわね」
 心底どうでもよさそうな言い方だった。しかし、その場を動こうとはしない。再び訪れる沈黙。息苦しさと恥ずかしさで私の方がもう立ち去りたいと思う。意を決して立ち上がろうとした時、再び先輩の声が降ってきた。
「・・・・・・あなた、あたしと手を組まない?」


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登場人物紹介

草進真琴(そうしんまこと)

高一女子。モットーは「私はただの高校生。それ以上でもそれ以下でもない」

6月10日生まれ、A型。


作画、いく。

火州飛鳥(ひしゅうあすか)

女嫌いの高三。美形。

9月2日生まれ、B型。


作画、いく。

鈴汝雅(すずなみやび)

男嫌いの高二。美人。

3月3日生まれ、O型。


作画、いく。

水島聖(みずしまひじり)

病んだ高一。思い込みが激しい。

6月27日生まれ、A型。


作画、いく。

鮫島勤(さめじまつとむ)

高三。飛鳥の友人。

2月2日生まれ、AB型。


作画、いく。

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