飛鳥6〈8月15日(日)②〉
文字数 923文字
二
それは一階に続く階段を下りている時の事だった。階下にいる水島と目が合った。水島が歩いて来たのは、旅館の入り口にある売店の方向からだ。鮫島と遊ぶのに使うのだろう。その手には青と緑のクリアカラーの水鉄砲が握られている。
「いえ、両方僕が使います」
その目はガキくさいアイテムを持っている割にはどこまでも冷めていた。下手に関わっても面倒くさそうだ。さっさと通り過ぎようとしたその時だった。静かだが、妙な圧力のかかった声が呼び止めた。
「・・・・・・失礼ですが・・・・・・あなたにはもう少しわきまえていただきたいです」
「あ?」
「あなたは、節度がなさすぎです」
淡々とした声。変わらない表情。
「何の事だ」
フロントから使いまわしのセリフが聞こえてくる。鼻を突くカーペットのにおい。水島は眉間にしわを寄せて、うなるように言った。
「鈴汝さんがあなたを好きなこと、知っておられるくせに」
突然急所を突かれて、身体ごと向き直る。
「あ? それを言うならお前だって・・・・・・」
しかしはっとして、口をつぐんだ。
真琴がコイツを好きだってのは、コイツ自身まだ知らないんじゃないのか? だとしたら俺の言っていいことじゃない。
「何ですか?」
冷めた目。はらわたが煮える。だが何も言い返せず、ただその顔をにらみ続ける。
静寂。階段を照らすオレンジの光が、ぼうっと見下ろしている。それはいくつかあるため、足元にその数だけの影を落とす。何も言わない俺に、水島ははき捨てるように言った。
「いい加減はっきりしてください。その気もないくせに、鈴汝さんをこれ以上傷つけないで下さい」
〈飛鳥様〉
まぶしい笑顔。鮫島の背中が、眼前に浮かぶ。やはり俺は何も言えない。
自動ドアが開いたのか、入り口から湿った風が流れ込んでくる。その後水島は強い一べつを残すと、階段を上がっていった。再びフロントからお決まりのセリフが聞こえてくる。壁を思いっきり殴りつけたい衝動に駆られた。奥歯を噛みしめてやり過ごす。
そっくりそのまま返してやるよ。相手は違うが、あいつだって同じ状況だった。
風呂場に向かって足を踏み出す。少し頭を冷やそうと思った。