雅2〈5月19日(水)②〉
文字数 1,083文字
二
「えっ、今日もいらっしゃらないんですか?」
胸のすぐ内側を一陣の風が吹き抜けるのを感じる。
色ほどの熱を伝えない夕日、ざわめく木々。やけに目立つ影。
それは部活のない日の放課後、いつものようにここにやって来たが、飛鳥様は来ていないと知って出た声だった。最近何だか飛鳥様の様子がおかしい。崩れるルーティンに頭より先に身体が理解する。心臓の音がはっきり大きく、早くなっていく。
不穏。全身を包むのは強い不審。
「そうなんですか。でもなんで・・・・・・」
みっともないからなるべく表には出さないようにしているけれど、それにしたって限界がある。喉元までせり上がって来る想いを押し戻すために唇を噛んだ。
「さぁ。俺もちゃんと聞いてないから」
宙を舞う煙。側溝に押しつけたタバコ。微かに漂ったにおいが鼻を刺激した。
青い血管、細い指先。浮き出た喉仏。
鮫島先輩は夕日を見上げながら答えた。その白い肌は、日頃無防備に太陽の下にさらされていることもあってか、ほんのり赤みを帯びている。
本来なら喫煙を注意しなければならない立場なのだけれども、彼は先輩である上、飛鳥様につながる大事な人物でもあるため、実行に移してはいない。いたりいなかったりする高崎先輩は、今日は部活のミーティングに行ったという。
五月十九日。この所ずっと飛鳥様は上の空だ。その代わり頻繁に顔を合わせる内に、今まで何となく近寄りがたかった鮫島先輩とコミュニケーションをとるようになっていた。
転がったパッケージはセブンスター。鮫島先輩は仰向けに寝転がると、膝を立てて足を組んだ。コバルトブルーの上靴は先っぽがめくれている。赤みの頬に散ったそばかす。
「最近ちょいちょいあるよね」
「高崎先輩も知らないんですか?」
「ああ、あいつも聞いてないって。どうやら最近秘密主義が流行ってるらしい」
先輩は鼻で笑うと、頭の後ろで組んでいた手を片方だけ外し、その手をポケットに突っ込んだ。そうして携帯を取り出すといじり始める。
「そうですか・・・・・・」
十六時半。部活がないのに鳴るチャイムは、きちんと自分の仕事をする程にむなしく響く。
あたし自身、帰る事も出来たが「もしかしたら」の期待がどうしても両足から離れなかった。そうしてうつむいていると、あごの辺りに鮫島先輩の視線を感じた。携帯を閉じてため息一つ
「そういえば」
はじかれたように顔を上げる。
「なんですか?」
苦笑いされて急に恥ずかしくなる。先輩はそのまま続けた。
「あいつ、最近気に入ってる人間がいるんだって」