飛鳥6〈8月15日(日)⑥〉
文字数 769文字
六
穏やかな時間が続く。しかし途中、真琴がこうしてうれしそうに話を聞くのは、俺を男として見ていないからなんじゃないかと思い始めた。だって普通シスコンとか引かれるんじゃないか? もし相手が水島だったら、何か反応が違ったんじゃないのか?
考え出したらキリがない。俺はそんなことを確認するための手段が浮かばず、代わりに変な誤解をつくらないように、さりげなく鈴汝のことを話した。
「あぁ。で、その妹ってのが鈴汝そっくりなんだ」
次の瞬間、その身体が分かりやすく強張った。たぶんその後言った「目なんか特に」まで聞いてなかったと思う。
「す、す、鈴汝さんはちゃんと女の人ですよ。あの、あたしも憧れますし」
急によそよそしくなる会話。それはさっきまでの穏やかな空気を一瞬の内に凍らすと、あとはもう冷やしていくだけだった。
「あの、あたしもうそろそろ戻らなきゃいけないんで、あの、失礼します」
真琴はそう言い残すと、来た時とは見違えるほどの足取りで、そそくさと帰っていった。堤防を上がるときの足なんかは跳ねるように軽かった。俺が呼び止める声など、まるで耳に入らなかったようだ。波の音。さっき「特別」だと思った一回と全く同じなのに、それはどこまでも
俺は呆然とその小さな背中が見えなくなるのを見つめていた。
何で、だ?
不穏な感情が渦巻き始める。さっきまで楽しそうにしてたじゃないか。何だってそんな急に。
ザン。
海の色は昏い、漆黒。いい色してるよ。自分に問う。
何であの時、メガネを返した。それが俺が唯一の道しるべであるための道具だと分かっていたはずだろう。それとも何か? そんなものなくても築ける関係を望んだのか?
俺は今日知った感情のために、一つの決意をする。
波の音。その一回が耳の奥にこびりついていた。