雅4〈7月25日(日)③〉

文字数 1,129文字



  三

 元いた××神社まで戻ると、イカ焼きは砂がかかってしまっていた。りんご飴も袋の上から踏み潰されてしまっている。それを黙ってみていると、水島が「もう一つ買ってくるんで、ここにいて下さい」と言った。
 あたしはその背中をぼうっと見送ってから、ようやく先ほどのことを思い返した。あの時、もし鮫島先輩が見つけてくれなかったら。そう考えただけで恐ろしい。当の先輩は無事だろうか。相手は体格のいい男だった。どうにかできる相手とは思えない。
 不意に落ち着かなくなる。どうしよう。鮫島先輩に何かあったら。あたしだけ助かって。小さな無数の花火が打ち上げられていく。パラパラパラという軽い音。さすが花火に近いだけある。頭上から火の粉が降ってくるようだ。それは帰ってきた水島の白い頬も照らした。水島は黙って持っていた袋を渡すと、あたしの隣に腰を下ろした。袋に入っていたのは緑色のりんご飴だった。
「緑・・・・・・」
「赤の方がよかったですか? 一本だけあったんで、珍しいと思ってこっちにしました」
 心なしか水島の口調がキツい。「ううん、ありがと」と返す。言わされた感は否めない。
 まだ怒ってる。水島は後ろに手をついて、空を見上げている。花火が束になって咲く。見ようによってはそれ自体、一つの生き物のようだ。
「まだ、怒ってる?」
 わざと花火の上がったときに聞いてみた。でも水島は「別に怒ってませんよ」と、ちゃんと返事をした。
「あなたがここにいて下さればいいんです」
 見上げながらそう続ける。目は合わせない。この調子だと鮫島先輩の様子を見て来たいと言っても無駄だろう。
「食べないんですか?」
 そう促されて、りんご飴に目を落とす。
「食べるわよ」
 袋を外す。甘い。そうそう。りんご飴のこの味。それは打ち上がった光を受けて、飴の部分が色とりどりに反射する。
「水島」
 手元を見つめたまま口を開く。
「お手洗い、どこにあるの?」
「……お手洗い、ですか?」
 その声に動揺が混じる。
「ちょっと探してくるわ」
 そう言って立ち上がると、水島も腰を浮かせた。それを制する。
「嫌。一緒に来てほしくないの」
 そのまなざしが戸惑いに揺れる。
「・・・・・・何かあったらどうするんですか」
「大丈夫よ。今度はぶつからないように歩いていくわ」
「そうじゃなくて・・・・・・」
「一人で行きたいって言ってるの」
 大きな花火が上がる。水島は口をつぐんだ。まだ納得していない。
「大丈夫。ちゃんと戻ってくるわ」
 振り払うようにそう言うと、りんご飴を預けて歩き出した。背中に焼けるような視線を感じる。けれども角を曲がりそれがなくなると、あたしは再び駆け出した。


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登場人物紹介

草進真琴(そうしんまこと)

高一女子。モットーは「私はただの高校生。それ以上でもそれ以下でもない」

6月10日生まれ、A型。


作画、いく。

火州飛鳥(ひしゅうあすか)

女嫌いの高三。美形。

9月2日生まれ、B型。


作画、いく。

鈴汝雅(すずなみやび)

男嫌いの高二。美人。

3月3日生まれ、O型。


作画、いく。

水島聖(みずしまひじり)

病んだ高一。思い込みが激しい。

6月27日生まれ、A型。


作画、いく。

鮫島勤(さめじまつとむ)

高三。飛鳥の友人。

2月2日生まれ、AB型。


作画、いく。

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