聖2〈5月14日(金)③〉
文字数 1,724文字
三
なるほど。聞くと会長は六組だとあっさり言った。渡り廊下を通ってくる時、英語準備室にいる僕を見つけたという。
「女の子の粗探しもいいけど、あんたストーカーっぽくなりそうだから、やめといた方がいいわよ。ほんと笑えないから」
なるほど。そう解釈されたのか。よかった。いや、よくない。しかし、「女の子の粗探し(もいいけど、あんたストーカーっぽくなりそうだから)やめた方がいいわよ」のくだり、これはイコール「あたしが嫌だから」ともとれないか。所謂ツンデレってやつか。
「ってか、ほんとキモイし」
なるほど。するとこれは照れ隠し。
「ほんとキモイし」
二回言った。よっぽど照れ屋なんだろう。
ため息一つ、会長は奥のソファに腰を下ろすと、高く足を組んだ。
「で、何の用?」
とりあえず忘れないうちにハンカチを返しておく。
「あの、これ、ありがとうございました」
「あぁ、そういえばそうだったわね」
その後会長がハンカチをしまったのを確認してから声をかける。
「仕事を」
目が合う。僕は腹筋に力を入れなおして口を開く。
「今、会長の持っている仕事を教えてください」
途端、その眉間にしわが寄った。
「何」
「仕事内容を聞くだけです。今後のために」
言葉をかぶせる。表情こそ変えなかったが、会長は返事の代わりにソファに座り直した。ため息一つ、ようやく口を開く。
「・・・・・・祭」
「え?」
「緑風祭の準備」
再び合わせた目。宿る鋭い光。
「地域住民へのアナウンス、タイムスケジュール作成、材木の手配」
材木?
「後夜祭でキャンプファイヤーやるでしょう」
なるほど。うなずくと会長は続けた。
「あと他校との打ち合わせ、前期の会計報告書類、生徒会の年間スケジュール、夏休みに向けての風紀アナウンス用掲示物、後期の運動会、音楽発表会、文芸大会の背景レイアウトの作成」
一息に言い終えると肩で呼吸をした。その頼りない首。馬鹿かこの人は。
「確認ですが、生徒会の役職って何がありましたっけ」
「会長、副会長、書記、広報、会計」
誰もいないのだ。
パステル。太陽光が薄黄色のカーテンにろ過されて、室内は優しい色をしている。パイプ椅子もロッカーもフローリングの床も。唯一その恩恵を拒絶しているのは、静かに息を荒げる両の目だけだった。
ゆっくり息を吸う。
「・・・・・・ありがとうございます。ではその中で会計の仕事を教えてください」
眉間のしわが動いた。僕は立てかけてあったパイプ椅子を持ってきて腰を下ろすと、大きな机の短辺をはさんで向かい合う。距離としてざっと一メートル。
「聞くだけです」
パステルが揺れる。その目は変わらない。しかし一度だけぶれた視線が彼女の足を一歩引かせた。
「分かったわ」
ため息とともに吐き出される声。時刻は十二時四十分だった。
なるほど、ツンデレもいいところだ。
その後、会長は会計の仕事について説明してくれた。だがそれは聞かせるにしてはあまりに横暴で、到底こちらの努力でどうにかなるようなものではなかった。それに
手をとめる。机上に注がれた視線。その声が遠のく。
会長はあと五分で帰ってしまう。その事実に胸の奥が引き攣れた。分かっている。これはただのエゴ。彼女の今抱えている問題に比べたらあまりに小さく、幼い衝動。
太陽は南南西。雲が横切る。一定の頻度で明暗の行ったり来たりを繰り返す。雲の間から太陽がゆっくりと顔を出す。彼女を包んでいるその光もまた、ゆっくり強くなる。
長いまつげ。つややかな唇。その下のホクロ。そのたよりない首元に光が集まる。踏み込んではいけない聖域。ともすれば神々しさまで感じかねない輪郭。僕にとって鋭い声だけが彼女を人たらしめた。
「ちょっと、聞いてんの?」
にらみ上げる。焼けた頬はそれでもなめらかで、内側から発光しているかのようだ。その左半身がぼうっと光を帯びている。柔らかな曲線。生返事をする。
落ち着け。
再び説明を始める。通る声。いっそ涼やかな。
鈴を鳴らしたような、というのはこういう音を言うのだろうか。
雲が、生徒会室を覆う。