雅4〈7月25日(日)⑤〉

文字数 1,056文字



  五

 再び花火が始まった。大きな光が、一定の間隔をおいて空に舞い上がってははじける。
「たーまやー」
 あたしはご機嫌な鮫島先輩を盗み見た。焼けた頬が花火が上がるたびにまとう色を変える。その時少しだけ、胸の奥が引き攣れた。その横顔の向こうにあるはずのない姿を探す。
 きっと飛鳥様もどこかで同じ景色を見てるのだろう。いつも飛鳥様の隣にいる鮫島先輩を見ていたから。鮫島先輩越しに飛鳥様を見る。実際いなくても、連想して映し出す。むなしさに息が詰まる。でも
〈火州から『まだかかりそう』だと〉
 そうっと息を吐く。鮫島先輩からのメールを見たのがあの時でよかった。気がまぎれて落ち込まずに済んだ。勿論現実は何にも変わっていなくて、だから今こんなに気分は塞いでいるのだけれど。鮫島先輩が視線に気付いてこっちを向いた。あわてて目を逸らす。
 腹の底に響く音。
 むせるような火薬のにおい。
 人混み。浴衣。夢見心地の景色。
 ジュッという音がした。タバコを手すりに押し付けたのだ。そうしてそのまま、その手であたしの頬に触れる。あまりに自然な動作だったため、何が起こったのか分からない。意外に長いまつげ。焼けてささくれた頬。その上に浮いたそばかす。反射的に息を止めていた。それでも口や鼻先をかすめていったそのにおいは、しっかりと残る。
 目を見開いたまま固まっているのを見ながら、鮫島先輩はあたしの口元にあるほくろをそっとなでた。カッと顔が熱くなる。やっと、唇を覆う。先輩は指先の装飾を見ると「かわいいね、これ」と言った。何のてらいもなかった。瞬間、目の前にその姿が浮かぶ。

 飛鳥様。

 その後、鮫島先輩は手を離すと「もう行ってもいいよ。水島君も待ちくたびれてるんじゃない?」と言った。同時にぬいぐるみの入った大きな袋をあさる。
「はい」
 そうして目の前に差し出されたのは、真っ赤なタコのぬいぐるみだった。眉間に寄ったしわ。その表情は怒っているようだが、まん丸の目は愛らしくかわいい。丁度両手に乗る大きさで、頭には引っかけられるように紐がついている。
 眉をひそめて見上げると、鮫島先輩は本当にうれしそうに言った。
「それあげる。雅ちゃんそっくりだから」
「なっ・・・・・・」
「じゃあまたね」
 そう言うと、鮫島先輩は橙の明かりが照らす露店の方へ行ってしまった。大きな袋を肩に担いでいるため、見ようによっては季節外れのサンタクロースにも見える。
「水島君によろしく」
 花火がその細い背中を照らす。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

草進真琴(そうしんまこと)

高一女子。モットーは「私はただの高校生。それ以上でもそれ以下でもない」

6月10日生まれ、A型。


作画、いく。

火州飛鳥(ひしゅうあすか)

女嫌いの高三。美形。

9月2日生まれ、B型。


作画、いく。

鈴汝雅(すずなみやび)

男嫌いの高二。美人。

3月3日生まれ、O型。


作画、いく。

水島聖(みずしまひじり)

病んだ高一。思い込みが激しい。

6月27日生まれ、A型。


作画、いく。

鮫島勤(さめじまつとむ)

高三。飛鳥の友人。

2月2日生まれ、AB型。


作画、いく。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み