飛鳥4〈7月25日(日)②〉

文字数 1,294文字


  二

「えー、もう行くのー?」
 浴衣を羽織り直すと落ちてきた髪を払う。ベッドに沈んだままの身体から聞こえる声はけだるげ。甘いにおいが立ちこめる部屋の窓から差し込む日はオレンジ。
「ああ。これ巻いてくれ」
「えぇー」
 その間延びした口調にイラ立つ。早くして欲しい。せかすとしぶしぶ起き上がった。
 胸の谷間にできた影。下着をつけてかき上げる前髪。指の背で押さえればまつ毛はまた上を向いた。
「早く」
「分かったってば」
 消えかけた眉毛と口紅。女はベッドからおりると同時に俺の前にしゃがみ込む。ぶつぶつ言いながら帯を回されると何だか呪いでもかけられているような気がした。
「悪い。用があるんだ」
 だからそう言って頭をなでる。とたん、帯を締める手に力が入った。
「それってアタシよりも大事なことー?」
 思わず手を止める。しまった。時間がない時に限って。
「ねぇ」
「ああ」 
俺はとっさに返事をすると、最低限外に出られる格好になったのを確認して、サイフと携帯をとる。大学生のオネエさんは一人暮らしの部屋を持っているから便利だ。でも、
「悪い」
そう言うと部屋を出る。
 夏の夜の匂い。何故だか自分でも困惑するほど、心が浮き立つ。

 ××神社に着くと、既に鈴汝と、真琴のクラスメイトが来ていた。すぐさま「真琴はまだか」と聞く。鈴汝は眉をゆがめた。
「・・・・・・はい、まだ来ておりませんわ」
「もう半、十分も過ぎてるぞ。あいつ、迷子になってるんじゃないだろうな」
言いながら視線を外す。心臓が大きく脈打つ。それは急いで来たせいでも、本当に真琴のことを心配しているせいでもない。ふと目を留めた先で男が身体を強張らせた。コイツ・・・・・・見覚えが、ある。この間保健室にいた奴じゃないか?
「あ、お前、あん時のヤツ?」
聞きながら自分の浴衣の胸元を直す。白のTシャツに青みがかったジーパン。コイツ自身に何か特別特徴があるわけでもなく、まぁよくいる類の人間の一人だ。しかし確かに真琴と持っている雰囲気は似ている。だから来やすかったんだろうな。そんなことを考えながら浴衣を直し終えると、俺は次の段階に足をかける。
「鈴汝、俺あいつ探しに行ってくるわ」
視線は合わせない。一方的に「自分が一人で」行ってくる事を伝えると、俺は大股に露店の方へと歩き出した。××神社があるのは南のはずれ。そこから俺は北のはずれにある○○神社に向かった。すべてが計画通りに進んでいた。
 元々真琴には六時五十分に○○神社に来るように伝えておいた。
「え、××神社じゃなくて、ですか?」
首を傾げる真琴の目をかわしながら、
「あぁ。××前は混むからな。集合は○○前にすることにしたんだ」
と伝えた。ウソは慣れていないため、脇がじっとりするのが分かった。しかし、我ながらうまくいったと思う。俺は鈴汝たちが見えなくなると、いよいよ走り出した。人ごみがハンパない。次から次へと頭がわいて出る。でも不思議と嫌な気分ではなかった。自分の心臓の音が聞こえる。手のひらがじっとり汗をかいている。やっと○○神社が見えてくる。人ごみを抜けて風を感じた。
 ひどく喉が渇く。夏の匂い。花火開始まで、後十分。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

草進真琴(そうしんまこと)

高一女子。モットーは「私はただの高校生。それ以上でもそれ以下でもない」

6月10日生まれ、A型。


作画、いく。

火州飛鳥(ひしゅうあすか)

女嫌いの高三。美形。

9月2日生まれ、B型。


作画、いく。

鈴汝雅(すずなみやび)

男嫌いの高二。美人。

3月3日生まれ、O型。


作画、いく。

水島聖(みずしまひじり)

病んだ高一。思い込みが激しい。

6月27日生まれ、A型。


作画、いく。

鮫島勤(さめじまつとむ)

高三。飛鳥の友人。

2月2日生まれ、AB型。


作画、いく。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み