雅6〈8月15日(日)⑥〉
文字数 1,133文字
六
問題になったのは他でもない、その後の話で、身体を強張らせるものの、真琴はあたしの腕を放そうとしない。
「メ、メガネ・・・・・・」
小さな目をしばたかせてこっちを見上げる。
あ。メガネは長髪の男が持ったままだ。真琴は目をしばたかせながら必死で訴える。
「あの、あたし本当に何も見えなくて・・・・・・あの、メガネがないと・・・・・・」
そんなこと言われても、ないものはない。
「持ってかれちゃったわよ。ちょっと、一回放して頂戴」
そう言って問答無用で引き剥がすと、真琴は一歩分よろめいた後、こともあろうか近くにいた飛鳥様につかまった。
「・・・・・・っ!」
飛鳥様は一センチぐらい浮いたんじゃないかと思うくらい驚いて、その手を振り払う。真琴は再び拠り所を失うと、両手で顔を覆うようにしてその場にしゃがみこんだ。丁度その時、まだ身体が乾いていない高崎先輩と水島が歩いてくる。
「どしたの?」
三人の丁度真ん中で座り込んでいるその姿を見て、高崎先輩が誰にともなく言う。
「何かメガネないと動けないらしいよー」
煙を吐き出しがてら鮫島先輩が言う。伸びていく影。真琴はやはり上手に影を背負う。その小さくなった背中に視線が集まる。
潮騒。ゆるく風が流れる。気まずい空気に耐えられず、もう一度声をかけようとしたその時だった。あたしの代わりに声をかけたのは、水島だった。傍に寄ってしゃがむと「立てる?」と聞く。真琴は一瞬固まったが、その後顔から少しだけ手を離して何度かうなずいた。
「肩、貸すから」
水島はその手をとって、自分の二の腕辺りを掴ませると、ゆっくりと立ち上がる。真琴はまだ顔を伏せたままだ。震えも止まらない。でも夕日の色とは別に、その頬がほんのり染まるのを見た。その後皆で元いたパラソルに向かって歩き出す。
いつの間にか所狭しと並んでいたパラソルが半分以上減っていた。荷物を片付けてあたし達も帰路につく。のんきに笑い合っている鮫島先輩と高崎先輩を先頭に、その後ろに水島と真琴。あたしはそのさらに後ろに、飛鳥様と並んで歩く。
「せ、先輩、さっきはありがとうございました」
精神的に少し余裕が出来たのだろう。真琴は振り返ると、胸元に抱えていた缶ジュースの一つを差し出した。片手で水島を掴んでいるため、残りを抱えながら差し出す手は短く、若干震えている。
いらないって言ったのに。
〈動けねぇなら買ってくるっつってんだ〉
〈俺なんかどうでもいいんだよ〉
あたしはさっき真琴に向かってかき氷を差し出した飛鳥様を思い出す。そうして「どうも」と言ってそれを受け取ると、続けて「ぬるいわよ」と言った。
何だか自分がひどく滑稽に感じた。