第138話

文字数 4,332文字

 「…で、どうするの?…」

 気が付くと、マリアが、言った…

 「…どうするって?…」

 リンダが、聞く。

 「…オスマンのことに、決まっているでしょ?…」

 マリアが、怒って言った…

 マリアは、明らかに、苛立っていた…

 その小さなカラダが、怒りに、燃えていた…

 私は、少しばかり、怖かった…

 なぜか、知らんが、少しばかり、マリアが、怖かったのだ…

 相変わらず、気が弱い…

 私は、思った…

 実は、この矢田も、オスマンと、同じだった…

 腕力には、昔から、自信がなかった(涙)…

 オスマンは、ホントは、30歳だが、カラダは、3歳にしか、見えん…

 この矢田は、身長159㎝と、日本人の女の平均だが、やはり、腕力には、自信がなかった…

 だから、もめ事や、争いごとは、大嫌いだった…

 大嫌いだったのだ…

 要するに、闘えば、負ける…

 腕力では、負ける…

 それが、わかっているからだった(涙)…

 「…だから、オスマンのことを、どうするの?…」

 マリアが、怒って続けた…

 そして、そのマリアを筆頭に、このセレブの保育園の女のコ全員が、腕を組んで、マリアと同じ格好で、怒っていた…

 つまりは、女のコ、全員が、怒っていたのだ…

 そして、そんな女のコたちの姿を見て、男のコたちは、皆、怯えていた…

 下を向いて、怯えているものも、いた…

 私は、そんな光景を見て、すでに、男女は、3歳で、勝負が、ついたと、思った…

 思ったのだ…

 そして、この男のコたちが、二十年後、三十年後、結婚したくないと、言っても、仕方がないと、思った…

 すでに、3歳で、女の本性を見た(笑)…

 きっと、その経験が、トラウマになり、結婚も困難になるかも、しれんと、思った(爆笑)…

 要するに、女は、怖いと、思ったのだ(爆笑)…

 女が、怖いと、思った男は、結婚に、消極的になる…

 もしや、結婚して、大変な目に遭ったりしたら、困ると、考える…

 それなら、むしろ、結婚しない方がいい…

 昨今の結婚率の低さの理由は、色々あるが、一番の理由は、結婚したいと、思わないことでは、ないか?

 私は、そう思った…

 そう、喝破(かっぱ)した…

 いわば、見抜いたのだ…

 要するに、好きでもない女と結婚したくはない…

 これは、女も、同じ…

 たいして、好きでもない、男と、結婚したくはない…

 それが、一番の理由ではないか?

 昔は、世間体があり、男女ともに、大方が、結婚していた…

 だから、いい歳になって、結婚していない人間は、おかしい…

 おおげさにいえば、普通ではないのではないか?

 そんな世間の風潮があった…

 が、

 今は、そんな世間の風潮は、皆無…

 だから、余計に、結婚しないのではないか?

 もちろん、男女共に、経済的な問題は、ある…

 例えば、男が、非正規で、働いていれば、将来は、どうするのか?

 結婚して、子供を養えるのか?

 と、大方は、考える…

 だから、結婚しない…

 だから、結婚できない…

 そんな事情も、あるだろう…

 つまり、色々だ…

 色々な問題が、重なって、結婚しない…

 結婚しない=未婚率が、上昇しているのが、本当のところだろう…

 私は、思った…

 そんなことを、考えていると、

 「…お仕置きをしてあげなきゃ、ダメね…」

 と、マリアが、告げた…

 「…お仕置きって?…」

 リンダが、絶句する…

 「…つまり、痛い目に遭わせなきゃ、ダメってことよ…」

 マリアが、続ける…

 私は、驚いた…

 まるで、マリアが、オスマンの妻か、なにかのようだった…

 マリアは、わずか、3歳だが、立派に、オスマンの妻か、なにかのようだった…

 しかも、

 しかも、だ…

 それを、マリアは、両腕を組んで、言っている…

 上から目線で、言っている…

 しかも、そんな姿のマリアを先頭に、このセレブの保育園の女のコたちが、全員、同じように、腕を組んでいた…

 つまりは、ここに、マリアを頂点とする、女の軍団が、出来上がったわけだ…

 正直、私は、ブルった…

 ブルったのだ…

 それは、ハッキリ言えば、まずは、マリアの統率力に、ビビった…

 まさか、マリアが、このセレブの保育園を仕切っているとは、思わんかった…

 これっぽっちも、思わんかったのだ…

 たしかに、マリアが、この保育園のリーダーであることは、わかっていた…

 なぜなら、前回、この保育園で、この矢田が、この保育園の園児たちと、踊ったときに、皆を、仕切っていたからだ…

 が、

 まさか、これほど、統率力が、あるとは、思わんかった…

 まさに、まさか、だ…

 まさか、マリアに、これほどの統率力があるとは、思わんかった…

 思わんかったのだ…

 そして、男のコたち…

 この保育園の女のコたちの勢いに、推されて、惨めなまでに、怯えていたというか…

 すっかり、萎縮していた…

 そして、これが、今の日本の社会の縮図に、思えた…

 男と女…

 互角に、戦えば、女が、勝つ…

 そんな現代社会の縮図に見えたのだ…

 そして、その先頭に立つ、マリアは、明らかに、いきっていた…

 鼻の穴を大きく膨らませて、いきっていた…

 私は、そんなマリアの姿を見て、唖然としたが、それ以上に、唖然としたのは、ファラドだった…

 「…まったく、兄貴も、こんな子供たちを敵に回すとは…」

 と、苦笑していた…

 「…アラブの至宝と言われた兄貴も、形無しだな…」

 その言葉に、隣のリンダも、苦笑していた…

 そして、

そして、だ…

 マリアが、

 「…さあ、行くよ…」

 と、言い出した…

 私は、

 「…どこに、行くんだ?…」

 と、マリアに聞いた…

 聞かずには、いられんかった…

 「…どこって、もちろん、オスマンのところ…」

 「…オスマンのところだと?…」

 「…そうよ…」

 マリアが鼻息荒く、告げる…

 もはや、私は、どうして、いいか、わからんかった…

 ホントは、マリアを止めねば、ならんところだったが、出来んかった…

 残念ながら、出来んかったのだ…

 「…さあ、行くよ…」

 マリアが、号令をかけた…

 すると、それを合図に、このセレブの保育園の女のコたちが、一斉に、この保育園を出て、歩き出した…

 文字通り、女の軍団…

 女児の軍団だった…

 このセレブの保育園の先生たちも、誰一人、唖然として、マリアたちを、止められんかった…

 誰一人、止められんかったのだ…

 まるで、映画だ…

 私は、思った…

 ドラマのワンシーンだ…

 が、

 さすがに、映画にも、ドラマのワンシーンにも、3歳の女のコたちが、群れをなして、保育園を出て行く、シーンはなかった…

 なかったのだ…

 私は、これが、現実か?

 もしや、夢を見ているのでは?

 と、考えた…

 現実とは、思えんからだった…

 この矢田トモコ、35歳…

 これまで、35年間、生きてきて、さまざまな光景を見てきた…

 短大を出て、15年…

 就職もせず、派遣やバイトで、これまで、食いつないで、生きてきた…

 だから、さまざまな職場を知っている…

 さまざまな人間を知っている…

 だから、例えば、言葉は、悪いが、この会社を出れば、大変なことになるゾと、思ったオジサンも、多い…

 あくまで、この会社だから、生きてこられた…

 あくまで、この会社だから、やってこられた…

 そう思ったオジサンも、多い…

 そして、これは、誰もが、思うこと…

 大抵の人間は、器用ではない…

 だから、大抵の人間は、その組織に馴染めば、他では、使い物にならない…

 これが、おおげさに言えば、日本の現実だ…

 例えば、トヨタで、部長になった人間が、日産に行けば、部長になれたかと、言うと、大分怪しい(笑)…

 昇進には、その人物と会社の水が合ったり、職場の水が合ったり…同僚が、どうだ? 上司が、どうだ? と、さまざまな環境が、複合的に、存在するからだ…

 そして、それを、クリアして、昇進する…

 偉くなる…

 そういうことだからだ…

 だから、さっぱりわからない(笑)…

 稀に、どんな組織でも、出世できる人間が、いるが、それこそ、スーパーマンだろう…

 普通は、ありえない…

 それが、現実だからだ…

 普通は、物語の中にしか、存在しない…

 そういうものだ…

 私は、そんなことを、考えながら、マリアたちの背中を、見ていた…

 颯爽(さっそう)と、このセレブの保育園を、出て行く、マリアたちの背中を、見ていた…

 唖然としながら、見ていたのだ…

 すると、

 「…止めなきゃ…」

 と、リンダが、言った…

 当たり前のことだ…

 が、

 真逆に、ファラドが、

 「…あのままで、いい…」

 と、呟いた…

 「…あのままで、いい? …どうして、あのままで、いいの?…」

 と、リンダ…

 「…兄貴の反応を見たい…」

 と、ファラド…

 「…反応って?…」

 「…要するに、兄貴が、どう対応するのか、見たいのさ…」

 ファラドが、意地悪く言う…

 そして、そう思ったのは、リンダも、同じだった…

 「…ファラド…アナタ、案外、意地が、悪いのね?…」

 「…どうして、そう思う?…」

 「…だって、マリアとオスマンのやり取りを見たいのでしょ?…」

 「…そうだ…」

 「…きっと、オスマンは、マリアにメチャクチャ、叱られるわ…」

 「…」

 「…ファラド…アナタは、それを、望んでるんでしょ?…」

 「…どうして、そう思う?…」

 「…だって、ファラド…アナタ、いつも、オスマンに頭が、上がらなかったんでしょ? …だから、オスマンが、マリアに叱られるのを、楽しみに、しているんでしょ?…」

 「…ご想像に、お任せする…」

 ファラドが笑った…

 が、

 リンダが、

 「…いずれにしろ、マリアたちを、追わなきゃ…どうなるか、わからないわ…」

 「…たしかに…」

 ファラドも、同意した…

 そして、リンダとファラドは、マリアたちの後を追った…

 そして、それは、この矢田も、同じだった…

 リンダと、ファラドの後を追った…

 なぜか、この矢田が、後追いだった…

 リンダと、ファラドの背中を見ながら、後を追った…

 この物語の主人公は、私のはず?…

 正直、わけが、わからんかった…

 主人公が、脇役の後を追う話など、あるはずもなかった…

 主人公は、常に、物語の中心で、なければ、ならんはず…

 だから、脇役の後を追うなど、ゴメン…

 ゴメンだ…

 そう思った私は、急いで、リンダと、ファラドを、追い抜いた…

 主人公のプライドだった…

 この二人を追い抜くことで、私のプライドは、満たされる…

 そう思った…

 だから、180㎝は、優に超えるファラドと、175㎝のリンダを、159㎝の矢田が、必死に走って、追い抜いた…

 結構、大変だった…

 が、

 これが、主人公のプライドだった…

 これこそが、この矢田トモコのプライドだった…

               
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