第128話

文字数 4,190文字

 「…エッ? 私?…」

 私は、思わず、叫んだ…

 「…どうして、私なんですか?…」

 叫ばずには、言られんかった…

 一体、どうして、ファラドが、このセレブの保育園に、立てこもっていて、呼ばれるのが、私なんだ?

 さっぱり、わからんかった…

 さっぱり、理解できんかった…

 私が、ファラドとなにか、あったのなら、わかる…

 以前、付き合っていたとか?

 恋人だったとか?

 肉体関係が、あったとか?

 とにかく、なにか、繋がりがあったのならば、わかる…

 が、

 なにも、なかった(笑)…

 ビックリするほど、なにも、なかった…

 あると、すれば、私が、一方的に、ファラドに憧れただけだ…

 あの長身のイケメンに、憧れただけだ…

 と、そこまで、考えて、気付いた…

 もしや…

 もしや、この矢田の恋心を逆手に取るつもりなのでは?

 と、気付いた…

 すでに、ファラドに退路はない…

 逃げ場は、ない…

 だが、なんとしても、逃げねば、ならん…

 この包囲網を、くぐって、逃げねば、ならんのだ…

 そのためには、この矢田が、必要なのかも、しれん…

 この矢田を呼び寄せ、この矢田に仲介してもらい、葉尊や、葉敬、あるいは、オスマン殿下に、頼んで、逃げ出そうとする、魂胆だろうと、気付いた…

 この矢田が、イケメンのファラドに、密かに抱いた恋心を、利用されたのだ…

 なんということだ…

 なんという、図々しい男だ…

 私は、思った…

 思ったのだ…

 すると、隣で、

 「…なるほど…」

 と、オスマン殿下が、呟いた…

 「…やはり、矢田さんですか?…」

 オスマン殿下が、意味深に、言う…

 「…それは、どういうことですか?…」

 と、私が、言おうとすると、私が、言う前に、

 「…それって、どういうこと?…」

 と、木原が、オスマン殿下に、聞いた…

 「…簡単です…」

 「…簡単って?…」

 と、木原…

 「…要するに、ファラドは、矢田さんに、憧れているんです…」

 「…私に憧れている?…」

 今度は、私が、声を出した…

 そして、唖然とした…

 なんで、あんなイケメンが、私に憧れるんだ?

 あのイケメンに憧れてるのは、私の方だ…

 私が、

 「…どうして、私に憧れているんですか?…」

 と、オスマン殿下に、聞こうとしたところ、またも、木原が、

 「…どうして、矢田さんに、憧れているの?…」

 と、聞いた…

 はっきり言って、これには、頭に来た…

 なぜなら、ここで、聞くのは、私だからだ…

 この矢田トモコだからだ…

 当たり前だ…

 が、

 私が、そんなことを、考えている間にも、

 「…矢田さんは、誰からも、愛されるからです…」

 と、オスマンが、答えた…

 「…誰からも、愛される?…」

 木原が、オスマン殿下の言葉を、繰り返す…

 「…ファラドは、長身で、容姿端麗のイケメンです…ですが、愛されてない…」

 「…ウソォ!…」

 思わず、私は、叫んだ…

 叫んで、しまった…

 だから、オスマン殿下も、葉敬も、木原も、皆、私を見た…

 「…いえ、ホントです…ウソでは、ありません…矢田さん…」

 オスマン殿下が、私に言う…

 「…ファラドは、矢田さんが、羨ましいのです…」

 「…私が、羨ましい?…」

 「…そうです…失礼ながら、矢田さんは、それほど、美人では、ありません…ですが、誰からも、愛される…自分のルックスに自信がある、ファラドから見れば、なんで? と、なるわけです…」

 …矢田さんは、それほど、美人ではない…

 それは、わかっている…

 十分過ぎるほど、わかっている(涙)…

 が、

 それを、他人から、指摘されると、頭に来る(激怒)…

 頭に来るのだ!…

 「…自分のルックスに自信のあるファラドから見れば、矢田さんは、失礼ながら、持ってない人間です…」

 「…持ってない、人間…」

 と、私。
 
 「…でも、ホントは、矢田さんは、持っています…誰からも、愛される、稀有な人間です…」

 オスマン殿下が、説明した…

 すると、今度も、

 「…なるほど、わかる…」

 と、木原が、頷いた…

 「…私も、テレビで、35歳のシンデレラを、見たときは、まったくの平凡な容姿で、ビックリしたけど、今、ここで、わずかに、接しただけだけれど、この矢田さんの魅力は、
わかる…」

 「…やはり、わかりますか?…」

 と、オスマン殿下…

 「…ええ、わかる…なぜか、ほっておけない…面倒を見て、あげたくなる…」

 と、木原…

 …なんだと?…

 …この矢田の面倒を見て、やりたくなるだと?…

 …どういう意味だ?…

 まるで、この矢田を3歳の子供のように、扱うとは?

 オスマン殿下が、見かけは、3歳だが、本当は、30歳の大人で、あるのと、同じく、この矢田トモコも、35歳だ…

 しかも、私は、失礼ながら、殿下のように、小人症ではない…

 だから、私は、35歳の大人…

 誰が見ても、35歳の立派な大人だ…

 それが…

 それが、どうして、この矢田の面倒を見てやりたくなると、言うんだ?

 面倒を見るのは、この矢田だ!…

 この矢田トモコだ!…

 この矢田トモコが、面倒を見るので、あって、決して、この矢田トモコが、誰かに面倒を見てもらうことなど、ありえん…

 ありえんのだ!

 私は、思った…

 だから、私は、頭に来て、この木原という女刑事を睨んだ…

 私の細い目を、さらに、細くして、睨んだ…

 なにより、さっきから、この矢田トモコに、ケンカを売っているかの所業…

 許すわけには、いかんかった…

 断じて、許すわけには、いかんかったのだ…

 私が、そんなことを、思いながら、この木原を睨んでいると、

 「…お姉さん…お願いします…」

 と、いきなり、葉敬が、私に頭を下げた…

 私は、驚いた…

 まさか、いきなり、葉敬に頭を下げられるとは、思わんかったからだ…

 「…お願いします…マリアを救って下さい…」

 葉敬が、頭を下げたまま、私の手を握り、私に懇願した…

 私は、感動した…

 …葉敬が…

 …台湾の大物財界人が、この矢田に頭を下げるなんて…

 途端に、私のプライドが、満たされた…

 この矢田トモコのプライドが、一気に、満たされた…

 クルマで、言えば、一気に、ガソリンが、満タンになったようなものだ…

 途端に、お腹いっぱいになった(笑)…

 だから、気が付くと、

 「…わかりました…」

 と、答えていた…

 自分でも、意外だった…

 「…私に任せて下さい…」

 と、言って、私の大きな胸を、ポンと叩いた…

 「…この矢田トモコ…35歳…決して、他人様の期待を、裏切らない女です…」

 と、大見えを切った…

 まるで、面接だった…

 就職面接だと、思った…

 台湾の大企業のCEО、葉敬を前にして、いかに、自分が、優秀であるか、伝える…

 企業の最終面接だった…

 だから、

 ここが、勝負だと、思った…

 この葉敬に、この矢田トモコが、いかに、優秀であるか、伝えることが、できる、数少ない機会だと、思ったのだ…

 すると、やはりというか…

 葉敬が、涙をこぼさんばかりに、この矢田の手を握り締めたまま、

 「…お姉さんに、お任せします…」

 と、言った…

 私は、内心、

 …勝った!…

 と、思った…

 すでに、この勝負に勝ったと、思った…

 最終面接に受かって、採用が、決まったも、同然だと、思ったのだ…

 「…大丈夫です…この矢田を信じて下さい…」

 気が付くと、さらに調子のいいことを、言っていた…

 「…この矢田を信じて下さい…」

 と、何度も、言った…

 何度も、何度も、繰り返した…

 まるで、新興宗教の決め台詞ではないが、何度も、言うことで、葉敬を洗脳させているかのようだった…

 …この矢田が、いかに、使えるか…

 眼前の葉敬に、伝えるかのようだった…

 だから、私は、いい気分だった…

 実に、いい気分だった…

 が、

 なにげに、この木原を見ると、まるで、今にも、

 …プッ!…

 と、吹き出さんばかりの表情だった…

 …この女!…

 …許すわけには、いかん!…

 私は、とっさに、思った…

 この木原という女だけは、許すわけには、いかんと、思ったのだ…

 相手が、刑事だろうが、なんだろうが、関係はない…

 なんなら、この女を、これから、ファラドの前に連れて行って、ファラドに殺されれば、いいと、思った…

 ファラドに弄ばれて、殺されれば、いいと、思ったのだ…

 私は、決して、性格は、悪い方では、ない…

 むしろ、いい方だ…

 それには、自信がある…

 誰が、なんと言おうと、自信が、ある…

 だが、

 そんな善人の矢田トモコを、今、この木原は、怒らせた…

 つい、さっき、出会って、まもないが、怒らせた…

 だから、

 この一件が、終われば、夫の葉尊を通じて警察の関係者に、連絡して、この女を、どこかに、左遷させてやろうと、思った…

 どこかの交番に左遷させて、チャリンコに、乗って、駆けまわることから、やり直させようと、思ったのだ…

 その歪んだ、根性を叩き直して、やろうと、思ったのだ…

 むろん、葉尊に、そんな力=人脈があるかどうかは、わからん…

 だが、なければ、作ればいい…

 作れば、いいのだ!…

 だが、それを、この葉敬に知られるのは、マズい…

 この矢田トモコが、実は、こんなどす黒い感情を持っている女だと、気付かれるのは、マズいと、思った…

 ホントは、この葉敬に、言って、

 「…あの木原を、どこか、辺鄙(へんぴ)な田舎の交番勤務に左遷しろ!…」

 と、頼みたかったが、できんかった…

 なにしろ、台湾の大物実業家だ…

 日本の政治家とも、面識はあるだろう…

 だから、そのルートを使って、この木原を、どこかの交番に左遷させたかったが、できんかった…

 なぜなら、この葉敬の前では、この矢田トモコは、善良な女を、演じなければ、ならんからだ…

 演じ続ければ、ならんからだ…

 …クソッ!…

 …失敗した!…

 私は、内心、思った…

 今、この場に、葉敬さえいなければと、思った…

 お義父さんさえ、いなければ、と、思った…

 タイミングが、悪かったと、思った…

 だが、この木原…

 この一件が、終われば、絶対、オマエを、交番に、左遷させてやる…

 交番勤務で、チャリンコに乗せることから、やり直させてやる!…

 私は、固く、心に誓った…

 誓ったのだ…

 いつのまにか、ファラドのことなど、どうでも、良くなった…

 ファラドのことなど、きれいさっぱり、私の心から、消えていた…

               

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