第1話

文字数 9,039文字

 「…キャー…」

 大きな悲鳴が聞こえた…

 まるで、闇夜をつんざく、美女の悲鳴だった…

 私は、走った…

 何事か、と、思ったのだ…

 事件は、密室…

 部屋の中で、起こった…

 私は、矢田トモコ、35歳…

 天下に、その名を馳せる美女だった…

 と、言いたいが、その天下に名を馳せる美女が、悲鳴の持ち主だった…

 っていうか、私は、その美女の自宅に、いた…

 はっきり言えば、その美女の持つマンションの一室にいた…

 そして、その美女こそ、リンダ・ヘイワース…

 ハリウッドのセックス・シンボル、その人だった…

 御年、29歳…

 身長、175㎝の美女だった…

 青い瞳に、白い肌…

 大きな胸…

 長く、形のいい脚…

 まるで、おおげさにいえば、この世に、降臨した女神のような外観だ…

 世界中に、ファンが、たくさんいる…

 「…どうした? …リンダ?…」

 私は、年上らしく、堂々とした態度で、訊いた…

 いかにも、頼りがいのある、感じで、訊いたのだ…

 が、

 鏡の前に立った、リンダのその目は、冷ややかだった…

 「…なに? …お姉さん?…」

 と、言いたげな目で、私を見たのだ…

 だが、

 私は、リンダよりも、6歳も年上…

 いわば、大人だ…

 だから、大人らしく、グッと、こらえて、

 「…リンダ? …どうした? …悩みがあるなら、私に言え! …今、私は、少しばかり、時間がある…オマエの悩みを聞いてやろう…」

 と、言った…

 いわば、下手に、出たのだ…

 すると、

 私の思いが、わかったのか、リンダが、尊敬の眼差しで、私を見るのが、わかった…

 「…お姉さん…」

 リンダが、口を開いた…

 が、

 尊敬の眼差しにしては、その目は、冷ややかだった…

 「…お姉さんに、一体、なにが、わかるの?…」

 と、まるで、私にケンカを売るかのように、言った…

 私は、今日は、機嫌が良かった…

 体調も万全だし、食欲もあった…

 さっき、このリンダのマンションにやって来てからも、リンダの家の冷蔵庫から、キットカットを見つけて、食べていたところだ…

 私は、このキットカットが、大好き…

 だから、今、機嫌が、よかったのだ…

 「…わかるさ…」

 私は、機嫌よく、リンダに言った…

 「…同じ女さ…日本人と、白人の違いは、あれども、いっしょさ…」

 私は、言った…

 「…だから、悩みも、いつしょさ…さあ、どんな悩みだ…答えて見ろ! …私が、その悩みを解決してやろう…」

 と、私は、まるで、子供にいうように、優しく、辛抱強く言った…

 なんといっても、年上…

 私は、このリンダよりも、6歳も年上だから、年上らしく振舞ったのだ…

 が、

 このリンダには、残念ながら、そんな私の気持ちは、微塵も通用しなかった…

 恩を仇で返すが、如く、

 「…お姉さんに、私の悩みなんか、わかるわけない!…」

 と、言い切った…

 私は、頭に来た…

 こんなにも、私が下手に出ているにも、かかわらず、なんて言い草だ…

 「…リンダ…あんまし調子に乗るんじゃないゾ…」

 私は、言った…

 「…私が、わざわざ、ここまで、下手に出てやってるんだ…恩に着なきゃ、ならんところだゾ…」

 「…どうして、私が、お姉さんに、恩を着なきゃ、ならないの?…」

 「…簡単さ…」

 「…簡単って?…」

 「…私の方が、年上だからさ…その年上の私がこれほど、下手に出ているんだ…恩に着て、当たり前さ!…」

 「…それだけの理由?…」

 「…そうさ…」

 私は、自信たっぷりに、言った…

 リンダが、口をポカンと開けて、私を見た…

 「…ウソでしょ?…」

 「…ウソなんかじゃないさ…」

 私は、自信満々に答えた…

 「…この矢田トモコ、35歳…これまで、一度も自分に恥じた生き方は、してないさ…」

 私の言葉に、眼前のリンダが、今度こそ、尊敬の眼差しで、私を見るのかと、思いけや、今度は、鳩が豆鉄砲を食ったような表情になった…

 「…な…なんだ、その顔は?…」

 私が、戸惑って言うと、背後から、

 「…お姉さんって、100%のウソを自信たっぷりに言うのが、得意ね…」

 と、いう声がした…

 「…なんだと?…」

私は呟きながら、その声の主を振り返った…

 いや、

 すでに、振り返る前に、その声の主が、誰だか、わかっていた…

 その声の主は、バニラ…

 バニラ・ルインスキー…

 世界中に名の知れた有名モデルだった…

 身長、180㎝と、リンダよりも、さらに5㎝も高い…

 が、歳は、23歳と、若い…

 だが、いつも、この私に逆らう生意気な女だった…

 しかし、器が大きい私は、いつも、このバニラの言動を多めに見ていた…

 なにしろ、一回り以上、歳が離れている…

 まともに、相手にしても、仕方がないからだ…

 振り返ると、まるで、巨大な岩のような、圧倒的な大きさで、バニラが、私の目の前にいた…

 私、矢田トモコは、159㎝…

 日本人としては、普通だ…

 ありふれている…

 要するに、この二人が、大きすぎるのだ…

 この矢田トモコが、小さいわけでは、決してない…

 断じてない!

 「…そんなことより、一体、どうしたの? …リンダ?…」

 バニラが、こともあろうに、この矢田トモコを無視して、リンダに訊いた…

 許せん!

 許せんのだ!

 私の心が昂るのが、わかった…

 まるで、日本海の荒波のように、私の可憐な心が、昂るのがわかった…

 「…バニラ…見てよ…コレ!…」

 人差し指で、自分の顔を指した…

 「…なんだ、それは、オマエの顔じゃないか?…」

 私が、言うと、

 「…お姉さんは、黙ってて!…」

 と、リンダが、血相を変えて、答えた…

 「…なんだと! …貴様!…」

 私は、口走った…

 「…オマエ、これまで、私がさんざん面倒をみてやったのに、なんだ、その口の利き方は!…」

 私は、激怒した…

 思わず、私は、白魚のように、小さく、可憐な自分の両手を、握り締めた…

 が、

 リンダは、私を無視した…

 それは、バニラも同じだった…

 バニラが、リンダの顔に、自分の顔を近付けて、見た…

 美女、二人…

 間近で、見ると、同性の私でも、思わず、惚れ惚れと見入るような、美しさだった…

 「…コレ?…」

 バニラが、リンダの言葉の意味に気付いた…

 リンダが、無言のまま、小さく頷いた…

 「…この小さな皺?…」

 「…皺?…なんだ、そんなことか!…」

 私は、大きな声で、叫んだ…

 「…オマエたち白人だから、皮膚が薄いのさ…」

 「…どういう意味?…」

 リンダと、バニラが、同時に訊いた…

 しかも、目が真剣だった…

 私が、軽く言ったにも、かかわらず、だ…

 私は、二人のあまりに、真剣な表情に、正直、たじろいだ…

 一歩、引くところだった…

 だが、

 私は、年上…

 この中で、一番の年上だ…

 人生経験も豊かだ…

 だから、内心、ビビったが、そんなことは、おくびにも出さずに、堂々と続けた…

 「…高須クリニックが、昔、言ってたさ…」

 「…なにをいっていたの?…」

 と、バニラ…

 「…要するに、面(つら)の厚さ、さ…」

 「…面(つら)の厚さ?…」

 と、またも、バニラ…

 「…オマエたち白人は、私のような日本人よりも、皮膚の皮が、薄いのさ…だから、早く、顔に、皺ができるのさ…」

 私は、断言した…

 博識の一面を、披露したのだ…

 が、

 その反応は、

 「…」

 と、なかった…

 代わりといっては、なんだが、二人とも、青い目で、ジッと、私を凝視した…

 「…な…なんだ? …オマエたち、その目は?…」

 「…お姉さんは、太ってるから、皺ができないのよ…」

 あっさりと、リンダが、言った…

 「…お姉さん…まるで、風船が、膨らんだように、まん丸な顔をしているもの…そんなまん丸な顔じゃ、皺なんて、できるはずが、ないわ…」

 リンダが、私を挑発した…

 私に、ケンカを売った…

 私は、リンダのあまりの暴言に、我を失った…

 自分の立場を失った…

 年上としての立場を失った…

 すっかり、自制心が、なくなった…

 「…リンダ…オマエ、言うに事欠いて、私の悪口を…」

 ワナワナと唇を震わせた…

 それほど、私の怒りは、凄まじかった…

 怒髪天を衝くという言葉が、当てはまるほどだった…

 すると、バニラが、

 「…あら、だって、事実じゃない!…」

 と、これも、呆気なく、リンダの発言を擁護した…

 「…お姉さん…リンダの家に来ても、さっきから、キットカットばかり、ムシャムシャと食べていたでしょ?…」

 「…食べていたさ…それがいけないのか?…」

 「…いけないに、決まってるでしょ!…」

 バニラが、激怒した…

 「…私も、リンダも、ひとに、見られる仕事なの…私は、モデル…リンダは、女優…常に、ひとに見られる仕事なの…」

 「…それが、どうした?…」

 「…だから、好きなものを、食べることができないの?…」

 「…どうして、できないんだ?…」

 「…だから、ひとに見られる仕事だから、お姉さんのように、太るわけには、いかないでしょ?…」

 バニラが、じれったそうに、言った…

 「…お姉さんのように、太れば、リンダも、皺ができないだろうけれども、それでは、セックス・シンボルは、無理…だから、困っているのよ…」

 私は、バニラの説明に、言葉もなかった…

 ただ、

 「…そうか…」

 と、呟いて、納得した…

 矢田トモコ、35歳…

 まだまだ、この私にも、わからないことは、世の中にある…

 これも、その一つだった…

 と、

 言いたいところだが、そんなことは、とっくに、わかっていた…

 当たり前だ…

 白人は、さっきも言ったように、日本人よりも、面(つら)の皮が、薄い…

 だから、どうしても、皺が、出やすい…

 だから、本当は、太れば、皺ができにくいのだろうが、このリンダは、職業柄、それが、できない…

 なにしろ、ハリウッドのセックス・シンボルだ…

 峰不二子どころではない、完璧な肉体を持っている…

 峰不二子も、日本人としては、凄いが、所詮は、日本人…

 白人には、叶わない…

 が、

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…ホント…お姉さんは、いいわ…」

 という声がした…

 声の主は、他らならぬリンダだった…

 「…なにが、いいんだ?…」

 私は、訊いた…

 「…だって、お姉さんは、こう言っちゃ、悪いけれども、努力もなにもしないで、今は、日本中に名の知れた大企業、クールの社長夫人ですものね…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…普通のひとは、美人だったり、お金持ちだったりして、社長夫人の椅子をゲットするものだけれども、それがない…」

 「…なにが、言いたい?…」

 「…お姉さんは、ホント、平凡…身長も、159㎝だし、体型は六頭身の幼児体型…ただ、胸が、大きいだけ…おまけに、目は細い…ホント、平凡…ありふれている…でも、どんなひとにも好かれる…お姉さんが、意図しようと意図しないと、お姉さんと、いっしょに、いれば、誰でも、お姉さんを好きにならずには、いわれない…」

 …なんだか、私を褒めているのか?…
 
 それとも、

 …けなしているのか?…

 わけのわからない言葉だった…

 どっちだか、さっぱり、わからなかった…

 だから、

 「…リンダ…その言葉は、私を褒めているのか? …それとも、けなしているのか?…」

 と、訊いた…

 「…むろん、褒めてるのよ…ルックスも頭も平凡で、人並み…でも、誰にも好かれる…それが、一国の総理大臣でも、大企業の社長でも、同じ…真逆に、警備員のオジサンからも、スーパーのパートのオバサンからも、好かれる…しかも、本人は、まったく意識していない…誰にも、おべっかを言ったり、お世辞を使ったり、することもない…にも、かかわらず、誰からも好かれている…愛されている…」

 …なんだか、話を聞けば、聞くほど、私は、本当に、褒められているのか、けなされているのか、よくわからなかった…

 だから、

 ここは、怒るところなのか?

 はたまた、

 喜ぶところなのか?

 わからなかった…

 さっぱり、理解できなかった…


 遅ればせながら、自己紹介をしよう…

 私の名前は、矢田トモコ…

 年齢は、35歳だ…

 日本の大企業クールの社長夫人だ…

 夫は、葉尊…台湾人だ…

 日本の大企業、クールが、経営危機に陥り、そのクールを、台湾の大企業、台北筆頭が、買収した…

 だから、クールは、台北筆頭の子会社になったのだ…

 そのときに、来日した葉尊に、なぜか、気に入られ、あっと言う間に、私は、クールの社長夫人になった…

 本当に、あっと言う間だった…

 おおげさに、言えば、一晩寝て、朝、起きれば、社長夫人になっていた…

 と、そんなところだった…

 そして、私は、その縁で、このリンダとバニラの二人と、親しくなった…

 リンダは、夫の葉尊の幼馴染(おさななじみ)…

 バニラは、夫の葉尊の父、葉敬の愛人だ…

 しかも、23歳の若さで、子持ちだった…

 お母さんだった…

 幼い娘がいる…

 つまりは、私は、日本を代表する大企業の社長夫人で、世界中に名の知られた、このリンダ・ヘイワースと、バニラ・ルインスキーという美女二人と、仲がいい…

 ありえない身の上だった…

 つい最近まで、短大を卒業して、就職試験に失敗して、フリーター生活を送っていた私にとって、天と地ほども、人生が変わった…

 人生が、逆転したのだ…

 私が、短大を出たときは、すでに就職氷河期…

 大学を出ても、就職状況は、凍っていた…

 いや、

 大学だけではない…

 高校も、だ…

 話に聞いたところに、よると、ある高校では、大学に進学しない人間は、大半が、進路未定で、高校を卒業したそうだ…

 それほど、凍っていたのだ…

 が、

 私は、負けなかった…

 私は、自分の唯一の武器…

 この大きな胸を武器に、就職の面接官の前で、ユサユサと、巨乳を大きく揺らして、内定を得ようと努力したが、ダメだった…

 きっと、面接官が、ゲイだったのだろう…

 女に興味がなかったのだろう…

 私は、それを悟った…

 そして、それを短大の友人に告げると、

 「…矢田…アンタ…頭、大丈夫?…」

 と、心配された…

 「…どういう意味だ?…」

 「…だって、アンタ…二十社は、面接を受けたって、言ったでしょ?…」

 「…言ったさ…」

 「…その二十社の面接官、全員が、ゲイなんて、ことある? …ありえないでしょ?…」

 「…」

 「…だから、アンタ、頭、大丈夫って、言ったのよ…」

 ふーむ…

 一理ある…

 が、

 こんなことで、納得する矢田トモコではない…

 「…だって、私は、この自慢の巨乳を、面接官の前で、ユサユサと揺らしたんだゾ…それに、見とれない男なんて、この世にいるか?…」

 私が、反論すると、

 「…矢田…アンタね…」

 と、友人が呆れた…

 「…アンタは、歌手の宇多田ヒカルと、いっしょなの…」

 「…宇多田ヒカルといっしょだと?…どういう意味だ?…」

 「…なんとなく、子供っぽくて、あか抜けない…いくら、アンタが、面接官の前で、その大きな胸を揺らしても、きっと、面接官の心には、なにも響かなかったと思う…」

 友人が、断言した…

 私は、唖然とした…

 …バカな?…

 私のこの大きな胸に、憧れない男なんて…

 この世にいるはずがない!

 私は、心の底から、そう思っていた…

 それが…

 
 今、思えば、黒歴史…

 この矢田トモコの人生において、数少ない汚点だった…

 あっては、ならない汚点だった…

 だから、忘れた…

 なかったことにしたのだ…

 だが、今、このリンダとバニラの会話で、そのなかったことにした、過去の汚点が、ふいに、脳裏に蘇った…

 フラッシュバックというやつだ…

 だから、冷静に考えれば、私は、ここに来るべきではなかった…

 わざわざ、リンダの家にやって来るべきではなかった…

 だが、リンダが、相談があると、私に、泣いて頼んだ…

 義侠心溢れる私は、リンダの頼みを断れなかった…

 義を見てせざるは勇無きなり…

 私、矢田トモコは、武士ではないが、困っている人間をみれば、放っておけない…

 そんな義侠心溢れる人間だった…

 そんなことを、考えていると、

 「…ところで、どうして、今日、お姉さんは、来たの?…」

 と、リンダが、私に訊いた…

 だから、

 「…オマエが、困っているから、相談に乗ってやろうと思ってきたのさ…」

 と、答えた…

 「…困ったことが、あったら、なんでも、言ってみろ…私が来たからには、もう大丈夫だ…大船に乗った気でいろ…」

 男気溢れる、私の言葉に、

 「…ちょっと、一体、私が、どうして、お姉さんに、相談したの?…相談したのは、バニラでしょ? …お姉さんは、たまたま、近くにいて、それを聞いていただけでしょ?…」

 リンダが、怒った…

 事実、その通りだった…

 先日、このリンダとバニラが、私の家に遊びに来たときに、なにやら、ヒソヒソと、私の目を盗んで、話していた…

 私は、それを、見逃さなかった…

 私の目を盗んで、ヒソヒソとなにやら、怪しげなやりとりをしている…

 だから、これは、金になる!

 と、気付いたのだ…

 私は、旗色が悪くなったので、

 「…小さいことだ…」

 と、答えた…

 「…リンダ…オマエが、バニラに相談したのは、良いとしよう…だが、ここに、この矢田トモコが加われば、無敵になる…」

 「…どういうこと?…」

 と、リンダ…

 「…三人寄れば文殊の知恵というではないか…一人より二人…二人より、三人さ…」

 私が、断言した…

 すると、リンダが、冷ややかな視線を私に投げた…

 それは、バニラも同じだった…

 「…抜け目がない…」

 バニラが、言った…

 「…抜け目がないとは、どういう意味だ?…」

 私は、怒った…

 激怒したのだ…

 「…お姉さん…半端にされると思ったんでしょ?…」

 図星だった…

 その通りだった…

 この世界に名の知れた、美女が、二人で、私の家で、なにやら、ヒソヒソ話している…

 私の家=葉尊との家で、話している…

 これは、なにやら、金になる!

 金の匂いがする!

 そう思ったのだ…

 この矢田トモコ、35歳…

 実は、おいしい話に目がない女だった…

 実はこれまで、バイトで貯めた、なけなしの金を、ネットで見つけた怪しげな記事を頼りに、株式投資をして、失敗=損をした経験も一度や二度ではない…

 だからこそ、この二人の話が、気になったのだ…

 世界に名の知れた、美女が、二人、なにやら、ヒソヒソと、怪しい話をしている…

 だから、これは、きっと、なにやら、儲け話に違いない…

 そう、確信したのだった…

 私は、今、無職…

 働いていない…

 少しでも、良い投資先を見つけたら、投資したかった…

 なにしろ、働くこともなく、金さえ預ければ、金を増えるのだ…

 これほど、楽な儲け話もなかった…

 しかも、この美女の二人が、なにやら、深刻な話をしている…

 私に言わせれば、それは、金の話…

 儲け話に、違いなかった…

 だから、

 「…金の話だろ?…」

 と、私は言った…

 「…お金の話?…」

 二人とも、目が点になった…

 「…いつから、お金の話になったの?…」

 二人が、声を揃えて言った…

 「…隠すな!…」

 私は、大声を上げた…

 「…オマエたち二人が、なにやら、ヒソヒソと声を潜めて、話しているのは、金の話に決まっている…」

 私は、断言した…

 が、

 その私を、二人は、呆れた表情で見た…

 「…ちょっと、お姉さん…私たち二人をバカにしているの?…」

 と、バニラ…

 「…なんだと?…」

 「…リンダは、世界中に名の知れた、ハリウッドのセックス・シンボル…そして、私は、自分で言うのも、なんだけど、世界を股にかけた有名なモデル…お金に不自由なんて、してないわ…」

 「…だったら、一体、なんの悩みだ? …金の話以外に、なんの悩みがあるというんだ?…」

 私には、謎だった…

 金の話以外に、これほど、深刻な悩みは、ないに違いないと、思っていたからだ…

 「…リンダが今、悩んでいるのは、アラブの王族のことよ…」

 「…アラブの王族だと?…」

 「…そう…今度、日本に、やって来たときに、同伴というか…王族が滞日した際に、パーティーに出席を求められているの…」

 「…それが、どうかしたのか?…」

 「…お姉さん、まだ、話が見えないの?…」

 「…なんだと?…」

 「…要するに、リンダは、そのパーティーに、出たくないわけ…」

 「…出たくない? …だったら、出なければ、いいじゃないか?…」

 「…そういうわけには、いかないの…」

 「…どうしてだ?…」

 「…私たちぐらい有名になると、本人が、嫌でも、どうしても、出席しなきゃ、いけない場合が、出てくるの…」

 バニラが、じれったそうに、言った…

 …そうか?…

 …わかった!…

 だが、どうして、そんなに嫌なんだろ?…

 それが、謎だった…

 だから、

 「…どうして、そんなに嫌なんだ?…」

 と、訊こうとした矢先に、リンダが、

 「…もういいわ…バニラ…このお姉さんには、なにを言っても、無駄だから…」

 と、私をバカにするようなセリフを言った…

 私は、頭に来た…

 だから、

 「…バカにするな!…」

 と、私が、リンダを怒鳴ろうとすると、

 「…その王族が、リンダの熱狂的なファンなの…」

 と、バニラが続けた…

 「…ファン? …だったら、なんの問題もないじゃないか?…」

 「…ただのファンなら、問題はないけど、あまりにも、熱心すぎて…」

 「…」

 「…ことによると、その王族と会ったら、最後、そのまま、アラブに連れ去られてしまうかと、リンダが、怯えているわけ…」

 バニラが、説明した…

 …そうか?…

 …そういうことか?…

 だから、リンダは、悩んでいたのか?…

 やっと、わかった…

 納得した…

だが、

 もはや、問題はなにもない…

 この矢田トモコが、今、この問題を訊いた以上、しかるべき形で、その問題をクリアしてやろう…

 私は、そう思った…

 この義侠心溢れる、矢田トモコが、この悩みを訊いた以上、そのままにすることが、できなかった…

 そして、ちょっぴり、その後、リンダの悩みが解決した際には、リンダからのお礼を期待した…

 なにしろ、世界中に名の知れたセックス・シンボルだ…

 たっぷりと、金を持っている…

 この悩みを、この矢田トモコが、解決した際には、その金の一部を、お礼に、もらおうと、思った…

 矢田トモコ、35歳…

 たった今、金儲けの話が、目の前に、転がり込んだ…

 それを、実感した瞬間だった…

                
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