第1話
文字数 9,039文字
「…キャー…」
大きな悲鳴が聞こえた…
まるで、闇夜をつんざく、美女の悲鳴だった…
私は、走った…
何事か、と、思ったのだ…
事件は、密室…
部屋の中で、起こった…
私は、矢田トモコ、35歳…
天下に、その名を馳せる美女だった…
と、言いたいが、その天下に名を馳せる美女が、悲鳴の持ち主だった…
っていうか、私は、その美女の自宅に、いた…
はっきり言えば、その美女の持つマンションの一室にいた…
そして、その美女こそ、リンダ・ヘイワース…
ハリウッドのセックス・シンボル、その人だった…
御年、29歳…
身長、175㎝の美女だった…
青い瞳に、白い肌…
大きな胸…
長く、形のいい脚…
まるで、おおげさにいえば、この世に、降臨した女神のような外観だ…
世界中に、ファンが、たくさんいる…
「…どうした? …リンダ?…」
私は、年上らしく、堂々とした態度で、訊いた…
いかにも、頼りがいのある、感じで、訊いたのだ…
が、
鏡の前に立った、リンダのその目は、冷ややかだった…
「…なに? …お姉さん?…」
と、言いたげな目で、私を見たのだ…
だが、
私は、リンダよりも、6歳も年上…
いわば、大人だ…
だから、大人らしく、グッと、こらえて、
「…リンダ? …どうした? …悩みがあるなら、私に言え! …今、私は、少しばかり、時間がある…オマエの悩みを聞いてやろう…」
と、言った…
いわば、下手に、出たのだ…
すると、
私の思いが、わかったのか、リンダが、尊敬の眼差しで、私を見るのが、わかった…
「…お姉さん…」
リンダが、口を開いた…
が、
尊敬の眼差しにしては、その目は、冷ややかだった…
「…お姉さんに、一体、なにが、わかるの?…」
と、まるで、私にケンカを売るかのように、言った…
私は、今日は、機嫌が良かった…
体調も万全だし、食欲もあった…
さっき、このリンダのマンションにやって来てからも、リンダの家の冷蔵庫から、キットカットを見つけて、食べていたところだ…
私は、このキットカットが、大好き…
だから、今、機嫌が、よかったのだ…
「…わかるさ…」
私は、機嫌よく、リンダに言った…
「…同じ女さ…日本人と、白人の違いは、あれども、いっしょさ…」
私は、言った…
「…だから、悩みも、いつしょさ…さあ、どんな悩みだ…答えて見ろ! …私が、その悩みを解決してやろう…」
と、私は、まるで、子供にいうように、優しく、辛抱強く言った…
なんといっても、年上…
私は、このリンダよりも、6歳も年上だから、年上らしく振舞ったのだ…
が、
このリンダには、残念ながら、そんな私の気持ちは、微塵も通用しなかった…
恩を仇で返すが、如く、
「…お姉さんに、私の悩みなんか、わかるわけない!…」
と、言い切った…
私は、頭に来た…
こんなにも、私が下手に出ているにも、かかわらず、なんて言い草だ…
「…リンダ…あんまし調子に乗るんじゃないゾ…」
私は、言った…
「…私が、わざわざ、ここまで、下手に出てやってるんだ…恩に着なきゃ、ならんところだゾ…」
「…どうして、私が、お姉さんに、恩を着なきゃ、ならないの?…」
「…簡単さ…」
「…簡単って?…」
「…私の方が、年上だからさ…その年上の私がこれほど、下手に出ているんだ…恩に着て、当たり前さ!…」
「…それだけの理由?…」
「…そうさ…」
私は、自信たっぷりに、言った…
リンダが、口をポカンと開けて、私を見た…
「…ウソでしょ?…」
「…ウソなんかじゃないさ…」
私は、自信満々に答えた…
「…この矢田トモコ、35歳…これまで、一度も自分に恥じた生き方は、してないさ…」
私の言葉に、眼前のリンダが、今度こそ、尊敬の眼差しで、私を見るのかと、思いけや、今度は、鳩が豆鉄砲を食ったような表情になった…
「…な…なんだ、その顔は?…」
私が、戸惑って言うと、背後から、
「…お姉さんって、100%のウソを自信たっぷりに言うのが、得意ね…」
と、いう声がした…
「…なんだと?…」
私は呟きながら、その声の主を振り返った…
いや、
すでに、振り返る前に、その声の主が、誰だか、わかっていた…
その声の主は、バニラ…
バニラ・ルインスキー…
世界中に名の知れた有名モデルだった…
身長、180㎝と、リンダよりも、さらに5㎝も高い…
が、歳は、23歳と、若い…
だが、いつも、この私に逆らう生意気な女だった…
しかし、器が大きい私は、いつも、このバニラの言動を多めに見ていた…
なにしろ、一回り以上、歳が離れている…
まともに、相手にしても、仕方がないからだ…
振り返ると、まるで、巨大な岩のような、圧倒的な大きさで、バニラが、私の目の前にいた…
私、矢田トモコは、159㎝…
日本人としては、普通だ…
ありふれている…
要するに、この二人が、大きすぎるのだ…
この矢田トモコが、小さいわけでは、決してない…
断じてない!
「…そんなことより、一体、どうしたの? …リンダ?…」
バニラが、こともあろうに、この矢田トモコを無視して、リンダに訊いた…
許せん!
許せんのだ!
私の心が昂るのが、わかった…
まるで、日本海の荒波のように、私の可憐な心が、昂るのがわかった…
「…バニラ…見てよ…コレ!…」
人差し指で、自分の顔を指した…
「…なんだ、それは、オマエの顔じゃないか?…」
私が、言うと、
「…お姉さんは、黙ってて!…」
と、リンダが、血相を変えて、答えた…
「…なんだと! …貴様!…」
私は、口走った…
「…オマエ、これまで、私がさんざん面倒をみてやったのに、なんだ、その口の利き方は!…」
私は、激怒した…
思わず、私は、白魚のように、小さく、可憐な自分の両手を、握り締めた…
が、
リンダは、私を無視した…
それは、バニラも同じだった…
バニラが、リンダの顔に、自分の顔を近付けて、見た…
美女、二人…
間近で、見ると、同性の私でも、思わず、惚れ惚れと見入るような、美しさだった…
「…コレ?…」
バニラが、リンダの言葉の意味に気付いた…
リンダが、無言のまま、小さく頷いた…
「…この小さな皺?…」
「…皺?…なんだ、そんなことか!…」
私は、大きな声で、叫んだ…
「…オマエたち白人だから、皮膚が薄いのさ…」
「…どういう意味?…」
リンダと、バニラが、同時に訊いた…
しかも、目が真剣だった…
私が、軽く言ったにも、かかわらず、だ…
私は、二人のあまりに、真剣な表情に、正直、たじろいだ…
一歩、引くところだった…
だが、
私は、年上…
この中で、一番の年上だ…
人生経験も豊かだ…
だから、内心、ビビったが、そんなことは、おくびにも出さずに、堂々と続けた…
「…高須クリニックが、昔、言ってたさ…」
「…なにをいっていたの?…」
と、バニラ…
「…要するに、面(つら)の厚さ、さ…」
「…面(つら)の厚さ?…」
と、またも、バニラ…
「…オマエたち白人は、私のような日本人よりも、皮膚の皮が、薄いのさ…だから、早く、顔に、皺ができるのさ…」
私は、断言した…
博識の一面を、披露したのだ…
が、
その反応は、
「…」
と、なかった…
代わりといっては、なんだが、二人とも、青い目で、ジッと、私を凝視した…
「…な…なんだ? …オマエたち、その目は?…」
「…お姉さんは、太ってるから、皺ができないのよ…」
あっさりと、リンダが、言った…
「…お姉さん…まるで、風船が、膨らんだように、まん丸な顔をしているもの…そんなまん丸な顔じゃ、皺なんて、できるはずが、ないわ…」
リンダが、私を挑発した…
私に、ケンカを売った…
私は、リンダのあまりの暴言に、我を失った…
自分の立場を失った…
年上としての立場を失った…
すっかり、自制心が、なくなった…
「…リンダ…オマエ、言うに事欠いて、私の悪口を…」
ワナワナと唇を震わせた…
それほど、私の怒りは、凄まじかった…
怒髪天を衝くという言葉が、当てはまるほどだった…
すると、バニラが、
「…あら、だって、事実じゃない!…」
と、これも、呆気なく、リンダの発言を擁護した…
「…お姉さん…リンダの家に来ても、さっきから、キットカットばかり、ムシャムシャと食べていたでしょ?…」
「…食べていたさ…それがいけないのか?…」
「…いけないに、決まってるでしょ!…」
バニラが、激怒した…
「…私も、リンダも、ひとに、見られる仕事なの…私は、モデル…リンダは、女優…常に、ひとに見られる仕事なの…」
「…それが、どうした?…」
「…だから、好きなものを、食べることができないの?…」
「…どうして、できないんだ?…」
「…だから、ひとに見られる仕事だから、お姉さんのように、太るわけには、いかないでしょ?…」
バニラが、じれったそうに、言った…
「…お姉さんのように、太れば、リンダも、皺ができないだろうけれども、それでは、セックス・シンボルは、無理…だから、困っているのよ…」
私は、バニラの説明に、言葉もなかった…
ただ、
「…そうか…」
と、呟いて、納得した…
矢田トモコ、35歳…
まだまだ、この私にも、わからないことは、世の中にある…
これも、その一つだった…
と、
言いたいところだが、そんなことは、とっくに、わかっていた…
当たり前だ…
白人は、さっきも言ったように、日本人よりも、面(つら)の皮が、薄い…
だから、どうしても、皺が、出やすい…
だから、本当は、太れば、皺ができにくいのだろうが、このリンダは、職業柄、それが、できない…
なにしろ、ハリウッドのセックス・シンボルだ…
峰不二子どころではない、完璧な肉体を持っている…
峰不二子も、日本人としては、凄いが、所詮は、日本人…
白人には、叶わない…
が、
私が、そんなことを、考えていると、
「…ホント…お姉さんは、いいわ…」
という声がした…
声の主は、他らならぬリンダだった…
「…なにが、いいんだ?…」
私は、訊いた…
「…だって、お姉さんは、こう言っちゃ、悪いけれども、努力もなにもしないで、今は、日本中に名の知れた大企業、クールの社長夫人ですものね…」
「…どういう意味だ?…」
「…普通のひとは、美人だったり、お金持ちだったりして、社長夫人の椅子をゲットするものだけれども、それがない…」
「…なにが、言いたい?…」
「…お姉さんは、ホント、平凡…身長も、159㎝だし、体型は六頭身の幼児体型…ただ、胸が、大きいだけ…おまけに、目は細い…ホント、平凡…ありふれている…でも、どんなひとにも好かれる…お姉さんが、意図しようと意図しないと、お姉さんと、いっしょに、いれば、誰でも、お姉さんを好きにならずには、いわれない…」
…なんだか、私を褒めているのか?…
それとも、
…けなしているのか?…
わけのわからない言葉だった…
どっちだか、さっぱり、わからなかった…
だから、
「…リンダ…その言葉は、私を褒めているのか? …それとも、けなしているのか?…」
と、訊いた…
「…むろん、褒めてるのよ…ルックスも頭も平凡で、人並み…でも、誰にも好かれる…それが、一国の総理大臣でも、大企業の社長でも、同じ…真逆に、警備員のオジサンからも、スーパーのパートのオバサンからも、好かれる…しかも、本人は、まったく意識していない…誰にも、おべっかを言ったり、お世辞を使ったり、することもない…にも、かかわらず、誰からも好かれている…愛されている…」
…なんだか、話を聞けば、聞くほど、私は、本当に、褒められているのか、けなされているのか、よくわからなかった…
だから、
ここは、怒るところなのか?
はたまた、
喜ぶところなのか?
わからなかった…
さっぱり、理解できなかった…
遅ればせながら、自己紹介をしよう…
私の名前は、矢田トモコ…
年齢は、35歳だ…
日本の大企業クールの社長夫人だ…
夫は、葉尊…台湾人だ…
日本の大企業、クールが、経営危機に陥り、そのクールを、台湾の大企業、台北筆頭が、買収した…
だから、クールは、台北筆頭の子会社になったのだ…
そのときに、来日した葉尊に、なぜか、気に入られ、あっと言う間に、私は、クールの社長夫人になった…
本当に、あっと言う間だった…
おおげさに、言えば、一晩寝て、朝、起きれば、社長夫人になっていた…
と、そんなところだった…
そして、私は、その縁で、このリンダとバニラの二人と、親しくなった…
リンダは、夫の葉尊の幼馴染(おさななじみ)…
バニラは、夫の葉尊の父、葉敬の愛人だ…
しかも、23歳の若さで、子持ちだった…
お母さんだった…
幼い娘がいる…
つまりは、私は、日本を代表する大企業の社長夫人で、世界中に名の知られた、このリンダ・ヘイワースと、バニラ・ルインスキーという美女二人と、仲がいい…
ありえない身の上だった…
つい最近まで、短大を卒業して、就職試験に失敗して、フリーター生活を送っていた私にとって、天と地ほども、人生が変わった…
人生が、逆転したのだ…
私が、短大を出たときは、すでに就職氷河期…
大学を出ても、就職状況は、凍っていた…
いや、
大学だけではない…
高校も、だ…
話に聞いたところに、よると、ある高校では、大学に進学しない人間は、大半が、進路未定で、高校を卒業したそうだ…
それほど、凍っていたのだ…
が、
私は、負けなかった…
私は、自分の唯一の武器…
この大きな胸を武器に、就職の面接官の前で、ユサユサと、巨乳を大きく揺らして、内定を得ようと努力したが、ダメだった…
きっと、面接官が、ゲイだったのだろう…
女に興味がなかったのだろう…
私は、それを悟った…
そして、それを短大の友人に告げると、
「…矢田…アンタ…頭、大丈夫?…」
と、心配された…
「…どういう意味だ?…」
「…だって、アンタ…二十社は、面接を受けたって、言ったでしょ?…」
「…言ったさ…」
「…その二十社の面接官、全員が、ゲイなんて、ことある? …ありえないでしょ?…」
「…」
「…だから、アンタ、頭、大丈夫って、言ったのよ…」
ふーむ…
一理ある…
が、
こんなことで、納得する矢田トモコではない…
「…だって、私は、この自慢の巨乳を、面接官の前で、ユサユサと揺らしたんだゾ…それに、見とれない男なんて、この世にいるか?…」
私が、反論すると、
「…矢田…アンタね…」
と、友人が呆れた…
「…アンタは、歌手の宇多田ヒカルと、いっしょなの…」
「…宇多田ヒカルといっしょだと?…どういう意味だ?…」
「…なんとなく、子供っぽくて、あか抜けない…いくら、アンタが、面接官の前で、その大きな胸を揺らしても、きっと、面接官の心には、なにも響かなかったと思う…」
友人が、断言した…
私は、唖然とした…
…バカな?…
私のこの大きな胸に、憧れない男なんて…
この世にいるはずがない!
私は、心の底から、そう思っていた…
それが…
今、思えば、黒歴史…
この矢田トモコの人生において、数少ない汚点だった…
あっては、ならない汚点だった…
だから、忘れた…
なかったことにしたのだ…
だが、今、このリンダとバニラの会話で、そのなかったことにした、過去の汚点が、ふいに、脳裏に蘇った…
フラッシュバックというやつだ…
だから、冷静に考えれば、私は、ここに来るべきではなかった…
わざわざ、リンダの家にやって来るべきではなかった…
だが、リンダが、相談があると、私に、泣いて頼んだ…
義侠心溢れる私は、リンダの頼みを断れなかった…
義を見てせざるは勇無きなり…
私、矢田トモコは、武士ではないが、困っている人間をみれば、放っておけない…
そんな義侠心溢れる人間だった…
そんなことを、考えていると、
「…ところで、どうして、今日、お姉さんは、来たの?…」
と、リンダが、私に訊いた…
だから、
「…オマエが、困っているから、相談に乗ってやろうと思ってきたのさ…」
と、答えた…
「…困ったことが、あったら、なんでも、言ってみろ…私が来たからには、もう大丈夫だ…大船に乗った気でいろ…」
男気溢れる、私の言葉に、
「…ちょっと、一体、私が、どうして、お姉さんに、相談したの?…相談したのは、バニラでしょ? …お姉さんは、たまたま、近くにいて、それを聞いていただけでしょ?…」
リンダが、怒った…
事実、その通りだった…
先日、このリンダとバニラが、私の家に遊びに来たときに、なにやら、ヒソヒソと、私の目を盗んで、話していた…
私は、それを、見逃さなかった…
私の目を盗んで、ヒソヒソとなにやら、怪しげなやりとりをしている…
だから、これは、金になる!
と、気付いたのだ…
私は、旗色が悪くなったので、
「…小さいことだ…」
と、答えた…
「…リンダ…オマエが、バニラに相談したのは、良いとしよう…だが、ここに、この矢田トモコが加われば、無敵になる…」
「…どういうこと?…」
と、リンダ…
「…三人寄れば文殊の知恵というではないか…一人より二人…二人より、三人さ…」
私が、断言した…
すると、リンダが、冷ややかな視線を私に投げた…
それは、バニラも同じだった…
「…抜け目がない…」
バニラが、言った…
「…抜け目がないとは、どういう意味だ?…」
私は、怒った…
激怒したのだ…
「…お姉さん…半端にされると思ったんでしょ?…」
図星だった…
その通りだった…
この世界に名の知れた、美女が、二人で、私の家で、なにやら、ヒソヒソ話している…
私の家=葉尊との家で、話している…
これは、なにやら、金になる!
金の匂いがする!
そう思ったのだ…
この矢田トモコ、35歳…
実は、おいしい話に目がない女だった…
実はこれまで、バイトで貯めた、なけなしの金を、ネットで見つけた怪しげな記事を頼りに、株式投資をして、失敗=損をした経験も一度や二度ではない…
だからこそ、この二人の話が、気になったのだ…
世界に名の知れた、美女が、二人、なにやら、ヒソヒソと、怪しい話をしている…
だから、これは、きっと、なにやら、儲け話に違いない…
そう、確信したのだった…
私は、今、無職…
働いていない…
少しでも、良い投資先を見つけたら、投資したかった…
なにしろ、働くこともなく、金さえ預ければ、金を増えるのだ…
これほど、楽な儲け話もなかった…
しかも、この美女の二人が、なにやら、深刻な話をしている…
私に言わせれば、それは、金の話…
儲け話に、違いなかった…
だから、
「…金の話だろ?…」
と、私は言った…
「…お金の話?…」
二人とも、目が点になった…
「…いつから、お金の話になったの?…」
二人が、声を揃えて言った…
「…隠すな!…」
私は、大声を上げた…
「…オマエたち二人が、なにやら、ヒソヒソと声を潜めて、話しているのは、金の話に決まっている…」
私は、断言した…
が、
その私を、二人は、呆れた表情で見た…
「…ちょっと、お姉さん…私たち二人をバカにしているの?…」
と、バニラ…
「…なんだと?…」
「…リンダは、世界中に名の知れた、ハリウッドのセックス・シンボル…そして、私は、自分で言うのも、なんだけど、世界を股にかけた有名なモデル…お金に不自由なんて、してないわ…」
「…だったら、一体、なんの悩みだ? …金の話以外に、なんの悩みがあるというんだ?…」
私には、謎だった…
金の話以外に、これほど、深刻な悩みは、ないに違いないと、思っていたからだ…
「…リンダが今、悩んでいるのは、アラブの王族のことよ…」
「…アラブの王族だと?…」
「…そう…今度、日本に、やって来たときに、同伴というか…王族が滞日した際に、パーティーに出席を求められているの…」
「…それが、どうかしたのか?…」
「…お姉さん、まだ、話が見えないの?…」
「…なんだと?…」
「…要するに、リンダは、そのパーティーに、出たくないわけ…」
「…出たくない? …だったら、出なければ、いいじゃないか?…」
「…そういうわけには、いかないの…」
「…どうしてだ?…」
「…私たちぐらい有名になると、本人が、嫌でも、どうしても、出席しなきゃ、いけない場合が、出てくるの…」
バニラが、じれったそうに、言った…
…そうか?…
…わかった!…
だが、どうして、そんなに嫌なんだろ?…
それが、謎だった…
だから、
「…どうして、そんなに嫌なんだ?…」
と、訊こうとした矢先に、リンダが、
「…もういいわ…バニラ…このお姉さんには、なにを言っても、無駄だから…」
と、私をバカにするようなセリフを言った…
私は、頭に来た…
だから、
「…バカにするな!…」
と、私が、リンダを怒鳴ろうとすると、
「…その王族が、リンダの熱狂的なファンなの…」
と、バニラが続けた…
「…ファン? …だったら、なんの問題もないじゃないか?…」
「…ただのファンなら、問題はないけど、あまりにも、熱心すぎて…」
「…」
「…ことによると、その王族と会ったら、最後、そのまま、アラブに連れ去られてしまうかと、リンダが、怯えているわけ…」
バニラが、説明した…
…そうか?…
…そういうことか?…
だから、リンダは、悩んでいたのか?…
やっと、わかった…
納得した…
だが、
もはや、問題はなにもない…
この矢田トモコが、今、この問題を訊いた以上、しかるべき形で、その問題をクリアしてやろう…
私は、そう思った…
この義侠心溢れる、矢田トモコが、この悩みを訊いた以上、そのままにすることが、できなかった…
そして、ちょっぴり、その後、リンダの悩みが解決した際には、リンダからのお礼を期待した…
なにしろ、世界中に名の知れたセックス・シンボルだ…
たっぷりと、金を持っている…
この悩みを、この矢田トモコが、解決した際には、その金の一部を、お礼に、もらおうと、思った…
矢田トモコ、35歳…
たった今、金儲けの話が、目の前に、転がり込んだ…
それを、実感した瞬間だった…
大きな悲鳴が聞こえた…
まるで、闇夜をつんざく、美女の悲鳴だった…
私は、走った…
何事か、と、思ったのだ…
事件は、密室…
部屋の中で、起こった…
私は、矢田トモコ、35歳…
天下に、その名を馳せる美女だった…
と、言いたいが、その天下に名を馳せる美女が、悲鳴の持ち主だった…
っていうか、私は、その美女の自宅に、いた…
はっきり言えば、その美女の持つマンションの一室にいた…
そして、その美女こそ、リンダ・ヘイワース…
ハリウッドのセックス・シンボル、その人だった…
御年、29歳…
身長、175㎝の美女だった…
青い瞳に、白い肌…
大きな胸…
長く、形のいい脚…
まるで、おおげさにいえば、この世に、降臨した女神のような外観だ…
世界中に、ファンが、たくさんいる…
「…どうした? …リンダ?…」
私は、年上らしく、堂々とした態度で、訊いた…
いかにも、頼りがいのある、感じで、訊いたのだ…
が、
鏡の前に立った、リンダのその目は、冷ややかだった…
「…なに? …お姉さん?…」
と、言いたげな目で、私を見たのだ…
だが、
私は、リンダよりも、6歳も年上…
いわば、大人だ…
だから、大人らしく、グッと、こらえて、
「…リンダ? …どうした? …悩みがあるなら、私に言え! …今、私は、少しばかり、時間がある…オマエの悩みを聞いてやろう…」
と、言った…
いわば、下手に、出たのだ…
すると、
私の思いが、わかったのか、リンダが、尊敬の眼差しで、私を見るのが、わかった…
「…お姉さん…」
リンダが、口を開いた…
が、
尊敬の眼差しにしては、その目は、冷ややかだった…
「…お姉さんに、一体、なにが、わかるの?…」
と、まるで、私にケンカを売るかのように、言った…
私は、今日は、機嫌が良かった…
体調も万全だし、食欲もあった…
さっき、このリンダのマンションにやって来てからも、リンダの家の冷蔵庫から、キットカットを見つけて、食べていたところだ…
私は、このキットカットが、大好き…
だから、今、機嫌が、よかったのだ…
「…わかるさ…」
私は、機嫌よく、リンダに言った…
「…同じ女さ…日本人と、白人の違いは、あれども、いっしょさ…」
私は、言った…
「…だから、悩みも、いつしょさ…さあ、どんな悩みだ…答えて見ろ! …私が、その悩みを解決してやろう…」
と、私は、まるで、子供にいうように、優しく、辛抱強く言った…
なんといっても、年上…
私は、このリンダよりも、6歳も年上だから、年上らしく振舞ったのだ…
が、
このリンダには、残念ながら、そんな私の気持ちは、微塵も通用しなかった…
恩を仇で返すが、如く、
「…お姉さんに、私の悩みなんか、わかるわけない!…」
と、言い切った…
私は、頭に来た…
こんなにも、私が下手に出ているにも、かかわらず、なんて言い草だ…
「…リンダ…あんまし調子に乗るんじゃないゾ…」
私は、言った…
「…私が、わざわざ、ここまで、下手に出てやってるんだ…恩に着なきゃ、ならんところだゾ…」
「…どうして、私が、お姉さんに、恩を着なきゃ、ならないの?…」
「…簡単さ…」
「…簡単って?…」
「…私の方が、年上だからさ…その年上の私がこれほど、下手に出ているんだ…恩に着て、当たり前さ!…」
「…それだけの理由?…」
「…そうさ…」
私は、自信たっぷりに、言った…
リンダが、口をポカンと開けて、私を見た…
「…ウソでしょ?…」
「…ウソなんかじゃないさ…」
私は、自信満々に答えた…
「…この矢田トモコ、35歳…これまで、一度も自分に恥じた生き方は、してないさ…」
私の言葉に、眼前のリンダが、今度こそ、尊敬の眼差しで、私を見るのかと、思いけや、今度は、鳩が豆鉄砲を食ったような表情になった…
「…な…なんだ、その顔は?…」
私が、戸惑って言うと、背後から、
「…お姉さんって、100%のウソを自信たっぷりに言うのが、得意ね…」
と、いう声がした…
「…なんだと?…」
私は呟きながら、その声の主を振り返った…
いや、
すでに、振り返る前に、その声の主が、誰だか、わかっていた…
その声の主は、バニラ…
バニラ・ルインスキー…
世界中に名の知れた有名モデルだった…
身長、180㎝と、リンダよりも、さらに5㎝も高い…
が、歳は、23歳と、若い…
だが、いつも、この私に逆らう生意気な女だった…
しかし、器が大きい私は、いつも、このバニラの言動を多めに見ていた…
なにしろ、一回り以上、歳が離れている…
まともに、相手にしても、仕方がないからだ…
振り返ると、まるで、巨大な岩のような、圧倒的な大きさで、バニラが、私の目の前にいた…
私、矢田トモコは、159㎝…
日本人としては、普通だ…
ありふれている…
要するに、この二人が、大きすぎるのだ…
この矢田トモコが、小さいわけでは、決してない…
断じてない!
「…そんなことより、一体、どうしたの? …リンダ?…」
バニラが、こともあろうに、この矢田トモコを無視して、リンダに訊いた…
許せん!
許せんのだ!
私の心が昂るのが、わかった…
まるで、日本海の荒波のように、私の可憐な心が、昂るのがわかった…
「…バニラ…見てよ…コレ!…」
人差し指で、自分の顔を指した…
「…なんだ、それは、オマエの顔じゃないか?…」
私が、言うと、
「…お姉さんは、黙ってて!…」
と、リンダが、血相を変えて、答えた…
「…なんだと! …貴様!…」
私は、口走った…
「…オマエ、これまで、私がさんざん面倒をみてやったのに、なんだ、その口の利き方は!…」
私は、激怒した…
思わず、私は、白魚のように、小さく、可憐な自分の両手を、握り締めた…
が、
リンダは、私を無視した…
それは、バニラも同じだった…
バニラが、リンダの顔に、自分の顔を近付けて、見た…
美女、二人…
間近で、見ると、同性の私でも、思わず、惚れ惚れと見入るような、美しさだった…
「…コレ?…」
バニラが、リンダの言葉の意味に気付いた…
リンダが、無言のまま、小さく頷いた…
「…この小さな皺?…」
「…皺?…なんだ、そんなことか!…」
私は、大きな声で、叫んだ…
「…オマエたち白人だから、皮膚が薄いのさ…」
「…どういう意味?…」
リンダと、バニラが、同時に訊いた…
しかも、目が真剣だった…
私が、軽く言ったにも、かかわらず、だ…
私は、二人のあまりに、真剣な表情に、正直、たじろいだ…
一歩、引くところだった…
だが、
私は、年上…
この中で、一番の年上だ…
人生経験も豊かだ…
だから、内心、ビビったが、そんなことは、おくびにも出さずに、堂々と続けた…
「…高須クリニックが、昔、言ってたさ…」
「…なにをいっていたの?…」
と、バニラ…
「…要するに、面(つら)の厚さ、さ…」
「…面(つら)の厚さ?…」
と、またも、バニラ…
「…オマエたち白人は、私のような日本人よりも、皮膚の皮が、薄いのさ…だから、早く、顔に、皺ができるのさ…」
私は、断言した…
博識の一面を、披露したのだ…
が、
その反応は、
「…」
と、なかった…
代わりといっては、なんだが、二人とも、青い目で、ジッと、私を凝視した…
「…な…なんだ? …オマエたち、その目は?…」
「…お姉さんは、太ってるから、皺ができないのよ…」
あっさりと、リンダが、言った…
「…お姉さん…まるで、風船が、膨らんだように、まん丸な顔をしているもの…そんなまん丸な顔じゃ、皺なんて、できるはずが、ないわ…」
リンダが、私を挑発した…
私に、ケンカを売った…
私は、リンダのあまりの暴言に、我を失った…
自分の立場を失った…
年上としての立場を失った…
すっかり、自制心が、なくなった…
「…リンダ…オマエ、言うに事欠いて、私の悪口を…」
ワナワナと唇を震わせた…
それほど、私の怒りは、凄まじかった…
怒髪天を衝くという言葉が、当てはまるほどだった…
すると、バニラが、
「…あら、だって、事実じゃない!…」
と、これも、呆気なく、リンダの発言を擁護した…
「…お姉さん…リンダの家に来ても、さっきから、キットカットばかり、ムシャムシャと食べていたでしょ?…」
「…食べていたさ…それがいけないのか?…」
「…いけないに、決まってるでしょ!…」
バニラが、激怒した…
「…私も、リンダも、ひとに、見られる仕事なの…私は、モデル…リンダは、女優…常に、ひとに見られる仕事なの…」
「…それが、どうした?…」
「…だから、好きなものを、食べることができないの?…」
「…どうして、できないんだ?…」
「…だから、ひとに見られる仕事だから、お姉さんのように、太るわけには、いかないでしょ?…」
バニラが、じれったそうに、言った…
「…お姉さんのように、太れば、リンダも、皺ができないだろうけれども、それでは、セックス・シンボルは、無理…だから、困っているのよ…」
私は、バニラの説明に、言葉もなかった…
ただ、
「…そうか…」
と、呟いて、納得した…
矢田トモコ、35歳…
まだまだ、この私にも、わからないことは、世の中にある…
これも、その一つだった…
と、
言いたいところだが、そんなことは、とっくに、わかっていた…
当たり前だ…
白人は、さっきも言ったように、日本人よりも、面(つら)の皮が、薄い…
だから、どうしても、皺が、出やすい…
だから、本当は、太れば、皺ができにくいのだろうが、このリンダは、職業柄、それが、できない…
なにしろ、ハリウッドのセックス・シンボルだ…
峰不二子どころではない、完璧な肉体を持っている…
峰不二子も、日本人としては、凄いが、所詮は、日本人…
白人には、叶わない…
が、
私が、そんなことを、考えていると、
「…ホント…お姉さんは、いいわ…」
という声がした…
声の主は、他らならぬリンダだった…
「…なにが、いいんだ?…」
私は、訊いた…
「…だって、お姉さんは、こう言っちゃ、悪いけれども、努力もなにもしないで、今は、日本中に名の知れた大企業、クールの社長夫人ですものね…」
「…どういう意味だ?…」
「…普通のひとは、美人だったり、お金持ちだったりして、社長夫人の椅子をゲットするものだけれども、それがない…」
「…なにが、言いたい?…」
「…お姉さんは、ホント、平凡…身長も、159㎝だし、体型は六頭身の幼児体型…ただ、胸が、大きいだけ…おまけに、目は細い…ホント、平凡…ありふれている…でも、どんなひとにも好かれる…お姉さんが、意図しようと意図しないと、お姉さんと、いっしょに、いれば、誰でも、お姉さんを好きにならずには、いわれない…」
…なんだか、私を褒めているのか?…
それとも、
…けなしているのか?…
わけのわからない言葉だった…
どっちだか、さっぱり、わからなかった…
だから、
「…リンダ…その言葉は、私を褒めているのか? …それとも、けなしているのか?…」
と、訊いた…
「…むろん、褒めてるのよ…ルックスも頭も平凡で、人並み…でも、誰にも好かれる…それが、一国の総理大臣でも、大企業の社長でも、同じ…真逆に、警備員のオジサンからも、スーパーのパートのオバサンからも、好かれる…しかも、本人は、まったく意識していない…誰にも、おべっかを言ったり、お世辞を使ったり、することもない…にも、かかわらず、誰からも好かれている…愛されている…」
…なんだか、話を聞けば、聞くほど、私は、本当に、褒められているのか、けなされているのか、よくわからなかった…
だから、
ここは、怒るところなのか?
はたまた、
喜ぶところなのか?
わからなかった…
さっぱり、理解できなかった…
遅ればせながら、自己紹介をしよう…
私の名前は、矢田トモコ…
年齢は、35歳だ…
日本の大企業クールの社長夫人だ…
夫は、葉尊…台湾人だ…
日本の大企業、クールが、経営危機に陥り、そのクールを、台湾の大企業、台北筆頭が、買収した…
だから、クールは、台北筆頭の子会社になったのだ…
そのときに、来日した葉尊に、なぜか、気に入られ、あっと言う間に、私は、クールの社長夫人になった…
本当に、あっと言う間だった…
おおげさに、言えば、一晩寝て、朝、起きれば、社長夫人になっていた…
と、そんなところだった…
そして、私は、その縁で、このリンダとバニラの二人と、親しくなった…
リンダは、夫の葉尊の幼馴染(おさななじみ)…
バニラは、夫の葉尊の父、葉敬の愛人だ…
しかも、23歳の若さで、子持ちだった…
お母さんだった…
幼い娘がいる…
つまりは、私は、日本を代表する大企業の社長夫人で、世界中に名の知られた、このリンダ・ヘイワースと、バニラ・ルインスキーという美女二人と、仲がいい…
ありえない身の上だった…
つい最近まで、短大を卒業して、就職試験に失敗して、フリーター生活を送っていた私にとって、天と地ほども、人生が変わった…
人生が、逆転したのだ…
私が、短大を出たときは、すでに就職氷河期…
大学を出ても、就職状況は、凍っていた…
いや、
大学だけではない…
高校も、だ…
話に聞いたところに、よると、ある高校では、大学に進学しない人間は、大半が、進路未定で、高校を卒業したそうだ…
それほど、凍っていたのだ…
が、
私は、負けなかった…
私は、自分の唯一の武器…
この大きな胸を武器に、就職の面接官の前で、ユサユサと、巨乳を大きく揺らして、内定を得ようと努力したが、ダメだった…
きっと、面接官が、ゲイだったのだろう…
女に興味がなかったのだろう…
私は、それを悟った…
そして、それを短大の友人に告げると、
「…矢田…アンタ…頭、大丈夫?…」
と、心配された…
「…どういう意味だ?…」
「…だって、アンタ…二十社は、面接を受けたって、言ったでしょ?…」
「…言ったさ…」
「…その二十社の面接官、全員が、ゲイなんて、ことある? …ありえないでしょ?…」
「…」
「…だから、アンタ、頭、大丈夫って、言ったのよ…」
ふーむ…
一理ある…
が、
こんなことで、納得する矢田トモコではない…
「…だって、私は、この自慢の巨乳を、面接官の前で、ユサユサと揺らしたんだゾ…それに、見とれない男なんて、この世にいるか?…」
私が、反論すると、
「…矢田…アンタね…」
と、友人が呆れた…
「…アンタは、歌手の宇多田ヒカルと、いっしょなの…」
「…宇多田ヒカルといっしょだと?…どういう意味だ?…」
「…なんとなく、子供っぽくて、あか抜けない…いくら、アンタが、面接官の前で、その大きな胸を揺らしても、きっと、面接官の心には、なにも響かなかったと思う…」
友人が、断言した…
私は、唖然とした…
…バカな?…
私のこの大きな胸に、憧れない男なんて…
この世にいるはずがない!
私は、心の底から、そう思っていた…
それが…
今、思えば、黒歴史…
この矢田トモコの人生において、数少ない汚点だった…
あっては、ならない汚点だった…
だから、忘れた…
なかったことにしたのだ…
だが、今、このリンダとバニラの会話で、そのなかったことにした、過去の汚点が、ふいに、脳裏に蘇った…
フラッシュバックというやつだ…
だから、冷静に考えれば、私は、ここに来るべきではなかった…
わざわざ、リンダの家にやって来るべきではなかった…
だが、リンダが、相談があると、私に、泣いて頼んだ…
義侠心溢れる私は、リンダの頼みを断れなかった…
義を見てせざるは勇無きなり…
私、矢田トモコは、武士ではないが、困っている人間をみれば、放っておけない…
そんな義侠心溢れる人間だった…
そんなことを、考えていると、
「…ところで、どうして、今日、お姉さんは、来たの?…」
と、リンダが、私に訊いた…
だから、
「…オマエが、困っているから、相談に乗ってやろうと思ってきたのさ…」
と、答えた…
「…困ったことが、あったら、なんでも、言ってみろ…私が来たからには、もう大丈夫だ…大船に乗った気でいろ…」
男気溢れる、私の言葉に、
「…ちょっと、一体、私が、どうして、お姉さんに、相談したの?…相談したのは、バニラでしょ? …お姉さんは、たまたま、近くにいて、それを聞いていただけでしょ?…」
リンダが、怒った…
事実、その通りだった…
先日、このリンダとバニラが、私の家に遊びに来たときに、なにやら、ヒソヒソと、私の目を盗んで、話していた…
私は、それを、見逃さなかった…
私の目を盗んで、ヒソヒソとなにやら、怪しげなやりとりをしている…
だから、これは、金になる!
と、気付いたのだ…
私は、旗色が悪くなったので、
「…小さいことだ…」
と、答えた…
「…リンダ…オマエが、バニラに相談したのは、良いとしよう…だが、ここに、この矢田トモコが加われば、無敵になる…」
「…どういうこと?…」
と、リンダ…
「…三人寄れば文殊の知恵というではないか…一人より二人…二人より、三人さ…」
私が、断言した…
すると、リンダが、冷ややかな視線を私に投げた…
それは、バニラも同じだった…
「…抜け目がない…」
バニラが、言った…
「…抜け目がないとは、どういう意味だ?…」
私は、怒った…
激怒したのだ…
「…お姉さん…半端にされると思ったんでしょ?…」
図星だった…
その通りだった…
この世界に名の知れた、美女が、二人で、私の家で、なにやら、ヒソヒソ話している…
私の家=葉尊との家で、話している…
これは、なにやら、金になる!
金の匂いがする!
そう思ったのだ…
この矢田トモコ、35歳…
実は、おいしい話に目がない女だった…
実はこれまで、バイトで貯めた、なけなしの金を、ネットで見つけた怪しげな記事を頼りに、株式投資をして、失敗=損をした経験も一度や二度ではない…
だからこそ、この二人の話が、気になったのだ…
世界に名の知れた、美女が、二人、なにやら、ヒソヒソと、怪しい話をしている…
だから、これは、きっと、なにやら、儲け話に違いない…
そう、確信したのだった…
私は、今、無職…
働いていない…
少しでも、良い投資先を見つけたら、投資したかった…
なにしろ、働くこともなく、金さえ預ければ、金を増えるのだ…
これほど、楽な儲け話もなかった…
しかも、この美女の二人が、なにやら、深刻な話をしている…
私に言わせれば、それは、金の話…
儲け話に、違いなかった…
だから、
「…金の話だろ?…」
と、私は言った…
「…お金の話?…」
二人とも、目が点になった…
「…いつから、お金の話になったの?…」
二人が、声を揃えて言った…
「…隠すな!…」
私は、大声を上げた…
「…オマエたち二人が、なにやら、ヒソヒソと声を潜めて、話しているのは、金の話に決まっている…」
私は、断言した…
が、
その私を、二人は、呆れた表情で見た…
「…ちょっと、お姉さん…私たち二人をバカにしているの?…」
と、バニラ…
「…なんだと?…」
「…リンダは、世界中に名の知れた、ハリウッドのセックス・シンボル…そして、私は、自分で言うのも、なんだけど、世界を股にかけた有名なモデル…お金に不自由なんて、してないわ…」
「…だったら、一体、なんの悩みだ? …金の話以外に、なんの悩みがあるというんだ?…」
私には、謎だった…
金の話以外に、これほど、深刻な悩みは、ないに違いないと、思っていたからだ…
「…リンダが今、悩んでいるのは、アラブの王族のことよ…」
「…アラブの王族だと?…」
「…そう…今度、日本に、やって来たときに、同伴というか…王族が滞日した際に、パーティーに出席を求められているの…」
「…それが、どうかしたのか?…」
「…お姉さん、まだ、話が見えないの?…」
「…なんだと?…」
「…要するに、リンダは、そのパーティーに、出たくないわけ…」
「…出たくない? …だったら、出なければ、いいじゃないか?…」
「…そういうわけには、いかないの…」
「…どうしてだ?…」
「…私たちぐらい有名になると、本人が、嫌でも、どうしても、出席しなきゃ、いけない場合が、出てくるの…」
バニラが、じれったそうに、言った…
…そうか?…
…わかった!…
だが、どうして、そんなに嫌なんだろ?…
それが、謎だった…
だから、
「…どうして、そんなに嫌なんだ?…」
と、訊こうとした矢先に、リンダが、
「…もういいわ…バニラ…このお姉さんには、なにを言っても、無駄だから…」
と、私をバカにするようなセリフを言った…
私は、頭に来た…
だから、
「…バカにするな!…」
と、私が、リンダを怒鳴ろうとすると、
「…その王族が、リンダの熱狂的なファンなの…」
と、バニラが続けた…
「…ファン? …だったら、なんの問題もないじゃないか?…」
「…ただのファンなら、問題はないけど、あまりにも、熱心すぎて…」
「…」
「…ことによると、その王族と会ったら、最後、そのまま、アラブに連れ去られてしまうかと、リンダが、怯えているわけ…」
バニラが、説明した…
…そうか?…
…そういうことか?…
だから、リンダは、悩んでいたのか?…
やっと、わかった…
納得した…
だが、
もはや、問題はなにもない…
この矢田トモコが、今、この問題を訊いた以上、しかるべき形で、その問題をクリアしてやろう…
私は、そう思った…
この義侠心溢れる、矢田トモコが、この悩みを訊いた以上、そのままにすることが、できなかった…
そして、ちょっぴり、その後、リンダの悩みが解決した際には、リンダからのお礼を期待した…
なにしろ、世界中に名の知れたセックス・シンボルだ…
たっぷりと、金を持っている…
この悩みを、この矢田トモコが、解決した際には、その金の一部を、お礼に、もらおうと、思った…
矢田トモコ、35歳…
たった今、金儲けの話が、目の前に、転がり込んだ…
それを、実感した瞬間だった…