第90話

文字数 4,791文字

 そして、考えた…

 このリンダ・ヘイワースが、なぜ、今、私の家に、やって来たか?をだ…

 「…リンダ…オマエの目的は、なんだ?…」

 私は、聞いた…

 「…目的?…」

 リンダが、呆気に取られた表情で、聞いた…

 「…当然、今日、私に会いに来た目的があるはずさ…それは、なんだ?…」

 私の問いかけに、リンダは、目を丸くしたが、すぐに、

 「…お姉さんって、ホント、面白い?…」

 と、笑った…

 「…私が、面白いだと? …どういう意味だ?…」

 「…だって、そうでしょ? いつも、抜けているかと思えば、ときどき、とんでもなく鋭いことを、言う…一体、どれが、本当のお姉さんだか、わからなくなる…」

 「…わからなくなるだと?…」

 「…抜けているのが、本当なのか? 演技なのか、わからなくなる…」

 リンダが、笑った…

 私は、そんなリンダの笑った姿を見ながら、考えた…

 それを、言えば、このリンダも同じ…

 この矢田トモコと同じだ…

 なにを、考えているか、さっぱり、わからん…

 絶世の美女で、ハリウッドのセックス・シンボルと呼ばれているにも、かかわらず、実は、性同一性障害で、中身は、男だと言う…

 正直、わけのわからない女だ(爆笑)…

 そして、普段は、ヤンの格好をしている…

 ヤンの格好=男装をしている…

 だから、余計に、わからない…

 なにを、考えているのか、わからない…

 出会った当初は、ヤンの格好をしているのは、女の格好をしているのは、疲れるからと、言っていた…

 リンダ・ヘイワースでいることは、疲れるからと、説明していた…

 いつも、リンダ・ヘイワースでいることは、周囲の人間から、リンダ・ヘイワースで、あることを、求められる…

 セックス・シンボルであることを、求められる…

 それが、苦痛だからと、私に告白していた…

 そして、私は、それを信じた…

 二十四時間、三百六十五日、セックス・アピールを、周囲に、振りまくことはできないからだ…

 だから、そう思っていた…

 が、

 実は、リンダは、性同一性障害で、中身は、男と、後から知った…

 にも、かかわらず、葉問を好きだと言う…

 正直、これでは、なにが、なんだか、わからない(爆笑)…

 なにを信じていいか、わからない状態だ…

 そして、そんなリンダに、私が、

 「…どれが、本当のお姉さんだか、わからなくなる…」

 と、言われても、笑止というか…

 そう言うオマエは、どうなんだ?

 と、突っ込みたくなる…

 そういうことだ…

 が、

 そんなことを、考えながらも、リンダの狙いを見抜く、術(すべ)は、あった…

 それは、リンダの葉問に対する、想いだ…

 明らかに、このリンダ・ヘイワースは、あの葉問に惚れている…

 その想いは、真実…

 リンダ・ヘイワースが、さまざまな形で、周囲を翻弄する中で、唯一といっていい、真実だ…

 つまりは、それこそが、本物…

 信じることができる…

 そして、それを前提に考えれば、このリンダという女の行動形態は、読める…

 つまりは、葉問優先…

 なににも、まして、葉問優先で、動くに違いないからだ…

 そして、それを、今回の行動に、当てはめれば、今も、葉問のために動いている…

 たとえ、葉問に頼まれずとも、葉問のために、よかれと思って、行動している…

 そう、考えれば、いい…

 物事は、複雑に考え過ぎるとダメ…

 なにが、なんだか、わからなくなる…

 だから、その複雑な糸をほぐすには、簡単に物事を考えること…

 シンプルに、物事を考えることだ…

 そして、シンプルに考えたとき、このリンダという女が、なにを、一番大切にしているか、考える…

 すると、出た答えは、葉問…

 葉問だ…

 リンダが、もっとも、大切に思っているのが、葉問だからだ…

 だから、そう考えれば、今、私の家に訪れたのも、葉問のためと、考えれば、いい…

 そう、考えれば、いい…

 「…で、オマエは、葉問のために、この家にやって来たわけか?…」

 私は、言った…

 すると、私の言葉に、またも、リンダは、目を丸くした…

 「…お姉さん…鋭い!…」

 感嘆の声を上げた…

 「…やはりな…」

 私は、言った…

 腕を組んで言った…

 鼻息を荒くして、言った…

 この矢田トモコ、35歳…

 伊達に、35年、生きてきたわけではない…

 平々凡々と、ただ、生きてきたわけではない…

 そういうことだ…

 舐めてもらっては、困る!…

 甘く見てもらっては、困るのだ!…

 「…お姉さん…」

 「…なんだ?…」

 「…今、葉問が、一番、なにを欲しているか、わかる?…」

 「…葉問が、欲しているものだと? なんだ、それは?…」

 「…それは、お姉さんよ…」

 「…わ、私?…」

 「…そう、お姉さんの力?…」

 「…私の力?…」

 「…誰からも、愛される、お姉さんの力…」

 リンダが、真顔で言う…

 私は、戸惑った…

 一体、私に、どんな力があるというのだ?

 さっぱり、わからん…

 私が、悩んでいると、今度は、リンダが、

 「…フッフッフッ…」

 と、またも、笑った…

 「…なんちゃって…」

 と、爆笑する…

 私は、頭に来たが、同時に、リンダのことを、考えた…

 リンダ・ヘイワースの頭の中身を考えたのだ…

 一体、なにが、リンダに、こんな態度を取らせるのか、考えたのだ…

 もしや、

 バニラの変装では?

 とも、思った…

 先日の、セレブの保育園のお遊戯大会でも、バニラは、リンダに変装して、やって来た…

 そこで、リンダのトレードマークである、真紅のドレスを着て、現れた…

 リンダ・ヘイワースの定番は、真紅…

 真っ赤な衣装だ…

 それは、リンダの性質を現わす…

 真逆に、

 バニラのトレードマークというか、定番は、青…

 海のようなブルーだ…

 バニラ・ルインスキーは、公式では、青いドレスを着るのが、定番…

 それを、売りにしている…

 つまり、それを元に考えれば、二人の性格がわかる…

 隠れた本質が、わかる…

 一見、リンダは、理知的で、おとなしい印象…

 だから、誰からも、好かれる…

 つまり、攻撃的では、ないからだ…

 攻撃的な女は、真面目で、おとなしい男は、避ける…

 真逆に、バニラは、攻撃的…

 野性的…

 だから、ヤンキーなのだ…

 だから、元ヤンなのだ…

 だから、ハッキリ言って、誰からも、好かれるリンダ・ヘイワースでは、物足りない男や女が、バニラ・ルインスキーに惹かれる…

 ヤンキーで、野性的なバニラ・ルインスキーに惹かれるのだ…

 が、

 それは、見た目…

 あくまで、見た目だけ…

 本当は、リンダは、バニラよりも、遥かに、情熱的…

 気性が、熱い…

 真逆に、バニラ・ルインスキーは、定番の青が、示すように、意外と、理知的だ…

 先日は、娘のマリアが、ファラドに、人質に取られたから、カッとなって、リンダに化けたまま、ファラドに素手で、立ち向かったが、普段は、そんな行動は取らない…

 意外というか…

 追い込まれれば、追い込まれるほど、理知的になるタイプだ…

 私は、二人と、身近に接して、それに気付いた…

 正直、身近に接しなければ、わからないことだった…

 テレビや、ネットの情報では、わからないことだった…

 テレビやネットなどで、得られる芸能人や、著名人の情報は、読者の目に触れるまでに、フィルターにかけられ、厳選される…

 だから、どこまで、素の姿なのかは、わからない…

 例えば、若くて、清純派で売っている女性が、普段、日常では、下ネタ好きでは、誰もが、辟易する…

 だから、素顔を知れば、思わず、

 「…本当は、こんな人だったんだ!…」

 と、なる…

 それと、同じだ…

 そんな普段、下ネタを話す姿を見せたくないから、その姿が、ファンの目に届かないように、メディアが、情報を統制するのだ…

 が、

 私は、リンダとバニラと接して、二人の真の姿を知っている…

 リンダが、バニラに比べて、遥かに、情熱的な女で、あることを、知っている…

 だから、今は、ご機嫌なのだ…

 葉問が、葉敬から、その存在を認められたから、ご機嫌なのだ…

 私は、あらためて、思った…

 と、ここまで、考えて、思った…

 すでに、何度も言ったが、あのセレブの保育園のお遊戯大会の出来事だ…

 当たり前だが、バニラは、リンダに化けて、あの会場に現れた…

 つまりは、バニラは、リンダの了承を得たはずだ…

 そして、本物のリンダは、私の隣で、ヤンの格好をしていた…

 つまりは、あの時点で、このリンダが、どこまで、知っていたか? ということだ…

 おそらく、リンダは、オスマンが、リンダ・ヘイワースの熱心なファンであることを、事前に、知っていた…

 が、

 自分ではなく、わざと、バニラに、自分の格好をさせて、あの場に現わせた…

 バニラは、すでに、何度も、リンダに化けたことがある…

 そして、バニラは、なんといっても、マリアの母親…

 セレブの保育園のお遊戯大会で、自分の娘のマリアの姿を見たいに、決まっている…

 だから、その気持ちを利用したのだ…

 そして、葉問…

 おそらく、あの時点で、葉問は、ファラドが、なにか、しでかすことに、気付いていた…

 だから、葉問は、どこかで、控えていたに違いない…

 騒動が、起きたときに、対処しようとしたのだ…

 そして、それを、思えば、あらためて、あの時点で、このリンダが、バニラに自分に化けて、現れさせたのは、自分が、自由でいるためでは? と、気付いた…

 本物のリンダ・ヘイワースが、あの真紅のドレスを着て、現れては、困る…

 なにより、ファラドが、なにをするか、わからない…

 うっかり、本物のリンダが現れて、ファラドの騒動に巻き込まれて、カラダに傷でも、負わせられたら、困るからだ…

 つまりは、このリンダは、うまく、あのバニラを利用したのだ…

 私は、思った…

 つまりは、あの時点で、このリンダと葉問は、繋がっていた…

 ファラドが、なにか、しでかすことに、気付いた二人は、繋がっていた…

 そういうことだ…

 と、ここまで、考えて、気付いたのは、あのお嬢様のこと…

 矢口のお嬢様のことだ…

 ファラドは、オスマンが、好きな、マリアを調べるうちに、マリアの父親が、葉敬で、台湾の大財閥の総帥であり、母親が、売れっ子モデルのバニラ・ルインスキーであることを知った…

 そして、マリアの父親の葉敬の趣味が、スーパー巡りであることを知った…

 だから、極秘裏に、葉敬に近付き、葉敬に、矢口のお嬢様の会社、スーパージャパンを、買収しないか、提案した…

 そして、その噂を、わざと市場に流したに違いない…

 焦ったお嬢様は、スーパージャパンの売り上げを上げることに、奔走した…

 私を通じて、クールの商品を、スーパージャパンに置いたり、イスラムのハラール食品を大手のスーパーに先駆けて、自社で、販売したり、極めつけは、このリンダを、CMに出して、そのCMで、宣伝した商品を自社だけで、限定販売することで、スーパージャパンの売り上げを上げようとしたに違いない…

 すべては、買収対策…

 売り上げが上がれば、株価が上がり、買収しにくくなる…

 そう読んだに違いないからだ…

 つまりは、あのお嬢様は、ファラドに躍らされたということだ…

 ファラドが、葉敬に、スーパージャパンの買収を持ち掛けた…

 その結果、あのお嬢様は、スーパージャパンを、守る行動を取らざるを得なくなった…

 そういうことだ…

 私は、思った…

 そして、このリンダ…

 リンダ・ヘイワースのことを、思った…

 このリンダ・ヘイワースもまた、そのすべてを、見切っていたということだ…

 なぜ、あのお嬢様が、自分を、スーパージャパンのCMに使おうとするのかも、わかっていたに違いない…

 つまりは、あの矢口のお嬢様の苦境を知っていたということだ…

 知っていて、見て見ぬふりをしていたということだ…

 なんと、ズルい女だ…

 私は、思った…

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