第27話
文字数 6,294文字
…あの二人を屈服させてやるさ…
もう何度目か、わからないほど、固く心に誓った…
そんな私を見て、葉尊が、
「…お姉さんは、リンダが嫌いですか?…」
と、いきなり、私に聞いた…
私は、驚いた…
まるで、夫の葉尊が、私の心の内を見抜くように、聞いたからだ…
驚いた私は、とっさに、
「…どうしてだ? …どうして、いきなり、そんなことを、聞くんだ?…」
と、夫の葉尊に聞いた…
すると、
「…今日の、昼間、リンダから、電話があったんです…」
と、葉尊が答えた…
「…なんだと? …リンダから、電話だと?…」
「…ハイ…」
「…リンダは、なにか、言っていたのか?…」
「…お姉さんに、謝ってくれと…」
「…なんだと?…」
「…昼間、お姉さんを、傷付けてしまって、すまなかったと…」
「…そうか…」
私は、言った…
言いながら、実に、抜け目がないと、思った…
さすがに、リンダ・ヘイワース…ハリウッドのセックス・シンボルという地位を、そのボディとルックスだけで、得たわけでは、ないということだ…
それにプラスして、知性がある…
戦略がある…
昼間、私をからかったことで、夫の葉尊を通じて、私に詫びれば、済むと、思っているのだろう…
葉尊は、リンダ=ヤンの友人…
台湾の学生時代からの友人だ…
だから、その友人の葉尊を通じて、私に詫びれば、私の機嫌が、直ると思ったに違いない…
が、
甘いゾ…リンダ・ヘイワース…
この矢田トモコは、そんな甘い女ではない!…
夫を介して、私に詫びたところで、今日の昼間、私が受けた屈辱を、帳消しにすることなど、できん…
できんのだ!…
なかったことにすることなど、できんのだ!…
そう、私は、心に誓った…
誓ったのだ…
いかに、夫の葉尊が、私をなだめようと、今日、受けた屈辱を、なかったことにすることなど、できん!
そう、考えると、私の気持ちが昂った…
すると、
「…お姉さん…」
と、葉尊が、私に話しかけた…
「…なんだ?…」
「…リンダ…いえ、ヤンは、決して、悪いヤツではありません…」
「…どうして、そんなことが言える…」
私は、言った…
私は、不機嫌…
実に、不機嫌だった…
だから、夫の葉尊にも、不機嫌に言った…
「…今日、なにが、あったかは、ヤンに聞きました…」
「…そうか…」
「…ヤンは、お姉さんをからかうつもりは、なかったと、言ってました…」
「…からかうつもりはないだと? …だったら、どういうつもりで、リンダのパンティーをオークションにサイン入りで出すなんて、言葉を言えたんだ…」
私は、頭に来た…
誰が、聞いても、ウソ…
ウソ八百だったからだ…
「…葉尊…アイツは、悪いヤツさ…オマエも気を付けろ…オマエが、酔っ払って、理性を失えば、ヤンが、リンダに変わって、色仕掛けで、迫るゾ…そしたら、葉尊…オマエなんか、イチコロさ…」
私は、不機嫌に言った…
「…イチコロ?…」
「…そうさ…ヤンが、リンダの格好で、オマエに迫って見ろ…オマエだけではない…この世の中の男という男が、リンダに屈服するゾ…リンダの色気に屈服するゾ…」
私は、自信を持って言ってやった…
自信を持って、断言してやった…
あのリンダは、色気の塊…
バニラも美しいが、色気では、到底リンダに及ばない…
私が、男であれば、密室で、リンダと二人きりになれば、どういう気持ちになるか、わからない…
っていうか、すでにリンダの色気に圧倒されて、自分を抑えることができるかどうか、わからない…
それほどの色気の持ち主だった…
私の言葉に、葉尊は、考え込んだ…
だから、
「…葉尊…オマエが、リンダを信じる気持ちはわかるさ…だが、それとこれとは、別さ…」
私は、言った…
「…真面目なオマエの友人さ…私だって、悪く言いたくないさ…でも、これが、事実さ…あの女の正体さ…」
私は、言ってやった…
いかに、夫の友人でも、言わずには、いられなかったのだ…
なにより、夫の葉尊が、リンダの毒牙にかかっては、困る…
そんなことになれば、私は、葉尊に離婚されて、一人ぼっち…
また、元のフリーター生活に戻ることになる…
それだけは、なんとしても、避けねば、ならん…
私は、思った…
だから、
「…とにかく、あの女には、気をつけろ…」
と、葉尊に念を押した…
すると、
「…お言葉ですが、お姉さん…」
と、葉尊が言った…
「…なんだ?…」
「…ヤン…いえ、リンダは、そんな人間じゃないと思います…」
「…なんだと? …葉尊…オマエは、私が信じられないのか?…」
「…いえ、そうでは、ありません…」
「…じゃ、なんだ?…」
「…ヤン、いえ、リンダは、同一性障害です…」
「…なんだ、それは?…」
「…要するに、カラダは、女でも、心は男です…」
「…なんだと?…」
「…ボクも、心に病があり、学生時代、それに悩みました…」
私は、夫が、葉問のことを、言っているのだと、感じた…
葉問は、葉尊のもう一つの人格…
つまり、葉尊は、多重人格…
葉尊は、元々、双子…
葉問という弟がいたが、葉尊の不注意で、葉問が、死んだ…
その事実が受け入れらない葉尊は、自分で、自分の中に、葉問を作り出した…
それが、葉問…
つまり、葉尊と葉問は、同じ人間…
同じ人間だから、カラダが、同じ…
いわば、一人の人間の中に、二人の人間がいる状態だ…
「…ヤンも、それは、同じでした…」
「…同じ?…なにが、同じなんだ?…」
「…共に、心の病を抱えていました…だから、それに、気付いた、ボクとヤンは、同病相憐れむというか、急速に惹かれました…でも、それは、男と女の愛情ではなく、友情です…」
「…友情だと?…」
「…ハイ…」
私は、葉尊の言葉に考え込んだ…
たしかに、葉尊の言葉は、わかる…
わかるのだ…
だが、それを認めるわけには、いかん…
いかんのだ…
「…オマエは、騙されているのさ…」
私は、言ってやった…
「…騙されている? どうして、そんなことが、お姉さんにわかるんですか?…」
おとなしい葉尊が、珍しく、気色ばんだ…
「…どうしてだと?…」
「…ハイ…」
「…リンダの色気を見れば、わかるだろ!…」
私は、教えてやった…
「…あれが、性同一障害の女が、出す色気か? …そんなことは、あるまい…」
「…」
「…性同一障害が、まるっきりのウソだとは、思わん…だが、自分に、女を意識する部分がなければ、女の色気を出すことは、できんだろ?…」
私の言葉に、夫の葉尊は、
「…」
と、黙った…
だから、私は、
「…だろ?…」
と、さらに念を押した…
「…リンダが、性同一障害だとしても、完全な性同一障害とは、思えん…」
「…どういう意味ですか?…」
「…女の部分が残っているのさ…さもなければ、リンダ・ヘイワースとして、あれほどの色気が出せるはずがない…」
「…」
「…パンティーの件もそうさ…」
「…どういう意味ですか?…」
「…リンダの内面が、百%の男なら、自分のパンティーをオークションに売りに出すなんて、冗談でも、言わないさ…」
「…どうして、言わないんですか?…」
「…葉尊…オマエは、男だろ?…」
「…ハイ…」
「…だったら、わかるはずさ…」
「…どうして、わかるんですか?…」
「…男なら、自分の下着をオークションに出品するなんて、冗談でも言わないさ…女だから、言うのさ…」
「…どういう意味ですか?…」
「…昔、私の若い頃に、ブルセラショップというのがあってな…」
「…ブルセラショップ?…」
「…女子中学生や、女子高生が、自分の使用したパンティーなどの下着を店に売って、店は、それを商売にしたのさ…店は、それを店頭に並べて、売るのさ…」
「…」
「…だが、売るのは、当たり前だが、女…若い女さ…男ではない…仮に男が、同じ状況になっても、恥ずかしがって、売らんゾ…」
「…」
「…つまり、そういうことさ…リンダは、内面は、男と言ってるが、百%の男ではないということさ…」
私の言葉に、葉尊が、考え込んだ…
文字通り、考え込んだ…
私は、黙って、夫の葉尊を見ていた…
どう、対応するのか、知りたかったからだ…
「…たしかに、お姉さんの言うことは、わかります…」
「…だろ?…」
「…ですが、ボクは、ヤンを信じたい…」
「…なんだと?…」
「…ヤンが…リンダが、お姉さんのいうような人間だとは、どうしても、思えないんです…」
葉尊が、悩みながら、言った…
苦悩しながら、言った…
…マズい!…
私は、思った…
このままでは、葉尊は、私ではなく、ヤン=リンダを信じてしまう…
そうなれば、今回のことは、いいとしても、なにか、あったときに、私ではなく、ヤン=リンダを選ぶことになる…
そうなれば、徐々に、私と葉尊の間に亀裂が生じ、最終的に、離婚となる…
葉尊と別れることになる…
そうなれば、私は再び一人ぼっち…
一人ぼっちの35歳のフリーターに舞い戻ることになる…
なんとかせねば、ならん!
ヤン=リンダに傾いた、葉尊の心を、私に引き寄せねば、ならん…
私は、思った…
私は、考えた…
だから、
「…葉尊…オマエの気持ちは、わかるさ…」
私は、重々しく言った…
「…私が、オマエでも、そう言うさ…」
「…お姉さんでも?…」
「…そうさ…」
「…だったら…」
夫の葉尊が嬉しそうに、言いかけるのを、
「…まあ、聞け…」
と、私が、遮った…
「…要するに、オマエが、まだ、若いからさ…」
「…ボクが若いから?…」
「…そうさ…誰もが、学生時代の友人を信じたいし、信じようと思う…それは、はっきり言えば、オマエが、若いときに、知り会ったからさ…」
「…どういう意味ですか? …お姉さん?…」
「…誰もが、そうさ…例えば、オマエが、今日の昼間、会社で、初対面の人間と知り合って、今度、飲もうと約束する…」
「…」
「…その人間とは、初対面とは、思えないほど、意気投合する…でも、やはり、警戒感というか、どうしても、心が開けない部分があるものさ…」
「…」
「…だが、これが、小学校や中学校、高校、と、学生時代に知り合った人間は、違う…例えば、たいして、仲が良くなかった人間でも、どこか、安心するというか…要するに、いつ、知り会ったか、どうかが、大切さ…」
「…いつ、知り会ったか、どうか…ですか?…」
「…そうさ…要するに、子供時代に知り会った人間の方が、誰もが、安心するのさ…だから、ハッキリ、言えば、評価が、甘くなる…」
「…評価が、甘く? …どういう意味ですか?…」
「…要するに、どんなに、性格の悪い人間でも、アイツは、ああいうヤツだからの一言で、すませてしまう…でも、歳をとって、知り会えば、そういうわけには、いかなくなる…誰が見ても、性格が悪い人間は、嫌だから、近寄らない…だから、ハッキリ言えば、社会に出て、知り会った人間の方が、その人間の能力や性格を、正当に、評価することになるのさ…」
「…」
「…オマエが、ヤン=リンダを、評価するのも、それと、同じさ…」
「…」
「…学生時代に知り会ったから、どうしても、評価が、甘くなる…だから、どうしても、ヤン=リンダを信じたくなるのさ…」
「…そんな…」
と、絶句して、私の言葉に葉尊は、考え込んだ…
文字通り、悩んだ…
だから、私は、さらに、追い打ちをかけた…
「…大人になれ…葉尊…」
「…大人に?…」
「…そうさ…学生時代の評価ではなく、今の評価で、ヤン=リンダを見ろ…そうすれば、学生時代の評価とは、違った評価で、ヤン=リンダを見れる…」
「…違う評価で?…」
「…そうさ…それが、大人になるということさ…」
「…」
「…葉尊…私が、どうして、オマエにこんなことを言うのか、わかるか?…」
「…わかりません…」
「…オマエが、クールの社長だからさ…」
「…社長だから?…」
「…そうさ…オマエは有名人さ…だから、有象無象(うぞうむぞう)のものが、たくさん寄って来る…」
「…有象無象…どういう意味ですか?…」
「…取るに足らない人間たちさ…そんな人間たちが、オマエに取り入ろうと、やって来る…オマエに取り入って、少しでも、いい目を見ようと、やって来る…私は、それに、注意しろと、オマエに教えてやってるのさ…」
言いながら、実は、その有象無象の中に、私が、いると、気付いた…
私、矢田トモコがいると、気付いた(爆笑)…
なにより、この矢田トモコが、有象無象の人間…取るに足らない人間だった(爆笑)…
葉尊が、金持ちだから、近付いたに過ぎなかった…
いわば、有象無象の代表である、この矢田トモコが、葉尊に、有象無象の人間に、気を付けろと、言っているのだ…
考えれば、これ以上の、皮肉はなかった…
なかったのだ(笑)…
葉尊は、私の言葉に悩んだ…
悩み抜いた…
私は、さらに、悩む葉尊に追い打ちをかけた…
「…葉尊…」
「…なんですか?…」
「…リンダは、オマエが言うように、そんなに悪いヤツじゃないさ…」
「…悪いヤツじゃない?…」
「…だから、困るのさ…」
「…どういうことですか?…」
「…学校でも、会社でも、いっしょさ…例えば、クールで、リストラを実施しようとする…そのときに、コイツは、残したい…真逆に、コイツは、真っ先に辞めてもらいたいと、思う人間は、誰もが、いっしょさ…だが、大抵は、どっちつかずの人間…そんなに優秀ではないし、すぐに辞めさせたいほど、ひどくはない…そんな人間さ…」
「…」
「…ハッキリ言えば、リンダもそんな、どっちつかずの人間の一人さ…だから、オマエも悩むのさ…」
私は、言ってやった…
葉尊に言ってやった…
葉尊が、悩むのが、わかった…
これまで以上に、葉尊が悩むのが、わかった…
「…葉尊…オマエは、人柄がいい…でも、それは、経営者としては、失格だゾ…」
「…失格?…」
「…経営者は、ひとを切る非情さを、持ち合わせねば、ならん…そして、そのために、孤独になる…」
「…孤独に?…」
「…そうさ…クールの従業員も、リストラを実施すれば、社長である、葉尊…オマエを、非情な人間として見て、距離を置くだろう…当たり前のことさ…だから、孤独になる…会社で、一人ぼっちになる…」
「…そんな…」
「…そんなじゃないさ…そういうものさ…そんなときに、どうすればいいと、思う?…」
「…どうすればいい? …わかりません…」
「…家族を大事にするのさ…私を大事にするのさ…私は、オマエの味方だ…葉尊…どんなときも、オマエの味方だ…この世の中で、私以上、オマエを大切に思う人間はいないさ…」
私は、啖呵を切った…
が、
これは、事実だった…
今、私は、ここで、葉尊を失えば、元のフリーターの生活に逆戻り…
それだけは、なんとしても、避けねば、ならんかった…
だから、今、葉尊の説得に力を入れた…
私より、リンダを大切にされては、堪らんからだ…
私とリンダ…どちらを選べと、言われて、リンダを選ばれては、堪らんからだ…
だから、私は、以前、読んだ本や、テレビやネットで、知った知識を総動員して、葉尊を説得した…
全身全霊で、説得した…
なにしろ、この矢田トモコの未来がかかっているのだ…
この先も、クールの社長夫人でいられるか、どうかの未来が、かかっているのだ…
それを、思えば、至極、当たり前のことだった(笑)…
もう何度目か、わからないほど、固く心に誓った…
そんな私を見て、葉尊が、
「…お姉さんは、リンダが嫌いですか?…」
と、いきなり、私に聞いた…
私は、驚いた…
まるで、夫の葉尊が、私の心の内を見抜くように、聞いたからだ…
驚いた私は、とっさに、
「…どうしてだ? …どうして、いきなり、そんなことを、聞くんだ?…」
と、夫の葉尊に聞いた…
すると、
「…今日の、昼間、リンダから、電話があったんです…」
と、葉尊が答えた…
「…なんだと? …リンダから、電話だと?…」
「…ハイ…」
「…リンダは、なにか、言っていたのか?…」
「…お姉さんに、謝ってくれと…」
「…なんだと?…」
「…昼間、お姉さんを、傷付けてしまって、すまなかったと…」
「…そうか…」
私は、言った…
言いながら、実に、抜け目がないと、思った…
さすがに、リンダ・ヘイワース…ハリウッドのセックス・シンボルという地位を、そのボディとルックスだけで、得たわけでは、ないということだ…
それにプラスして、知性がある…
戦略がある…
昼間、私をからかったことで、夫の葉尊を通じて、私に詫びれば、済むと、思っているのだろう…
葉尊は、リンダ=ヤンの友人…
台湾の学生時代からの友人だ…
だから、その友人の葉尊を通じて、私に詫びれば、私の機嫌が、直ると思ったに違いない…
が、
甘いゾ…リンダ・ヘイワース…
この矢田トモコは、そんな甘い女ではない!…
夫を介して、私に詫びたところで、今日の昼間、私が受けた屈辱を、帳消しにすることなど、できん…
できんのだ!…
なかったことにすることなど、できんのだ!…
そう、私は、心に誓った…
誓ったのだ…
いかに、夫の葉尊が、私をなだめようと、今日、受けた屈辱を、なかったことにすることなど、できん!
そう、考えると、私の気持ちが昂った…
すると、
「…お姉さん…」
と、葉尊が、私に話しかけた…
「…なんだ?…」
「…リンダ…いえ、ヤンは、決して、悪いヤツではありません…」
「…どうして、そんなことが言える…」
私は、言った…
私は、不機嫌…
実に、不機嫌だった…
だから、夫の葉尊にも、不機嫌に言った…
「…今日、なにが、あったかは、ヤンに聞きました…」
「…そうか…」
「…ヤンは、お姉さんをからかうつもりは、なかったと、言ってました…」
「…からかうつもりはないだと? …だったら、どういうつもりで、リンダのパンティーをオークションにサイン入りで出すなんて、言葉を言えたんだ…」
私は、頭に来た…
誰が、聞いても、ウソ…
ウソ八百だったからだ…
「…葉尊…アイツは、悪いヤツさ…オマエも気を付けろ…オマエが、酔っ払って、理性を失えば、ヤンが、リンダに変わって、色仕掛けで、迫るゾ…そしたら、葉尊…オマエなんか、イチコロさ…」
私は、不機嫌に言った…
「…イチコロ?…」
「…そうさ…ヤンが、リンダの格好で、オマエに迫って見ろ…オマエだけではない…この世の中の男という男が、リンダに屈服するゾ…リンダの色気に屈服するゾ…」
私は、自信を持って言ってやった…
自信を持って、断言してやった…
あのリンダは、色気の塊…
バニラも美しいが、色気では、到底リンダに及ばない…
私が、男であれば、密室で、リンダと二人きりになれば、どういう気持ちになるか、わからない…
っていうか、すでにリンダの色気に圧倒されて、自分を抑えることができるかどうか、わからない…
それほどの色気の持ち主だった…
私の言葉に、葉尊は、考え込んだ…
だから、
「…葉尊…オマエが、リンダを信じる気持ちはわかるさ…だが、それとこれとは、別さ…」
私は、言った…
「…真面目なオマエの友人さ…私だって、悪く言いたくないさ…でも、これが、事実さ…あの女の正体さ…」
私は、言ってやった…
いかに、夫の友人でも、言わずには、いられなかったのだ…
なにより、夫の葉尊が、リンダの毒牙にかかっては、困る…
そんなことになれば、私は、葉尊に離婚されて、一人ぼっち…
また、元のフリーター生活に戻ることになる…
それだけは、なんとしても、避けねば、ならん…
私は、思った…
だから、
「…とにかく、あの女には、気をつけろ…」
と、葉尊に念を押した…
すると、
「…お言葉ですが、お姉さん…」
と、葉尊が言った…
「…なんだ?…」
「…ヤン…いえ、リンダは、そんな人間じゃないと思います…」
「…なんだと? …葉尊…オマエは、私が信じられないのか?…」
「…いえ、そうでは、ありません…」
「…じゃ、なんだ?…」
「…ヤン、いえ、リンダは、同一性障害です…」
「…なんだ、それは?…」
「…要するに、カラダは、女でも、心は男です…」
「…なんだと?…」
「…ボクも、心に病があり、学生時代、それに悩みました…」
私は、夫が、葉問のことを、言っているのだと、感じた…
葉問は、葉尊のもう一つの人格…
つまり、葉尊は、多重人格…
葉尊は、元々、双子…
葉問という弟がいたが、葉尊の不注意で、葉問が、死んだ…
その事実が受け入れらない葉尊は、自分で、自分の中に、葉問を作り出した…
それが、葉問…
つまり、葉尊と葉問は、同じ人間…
同じ人間だから、カラダが、同じ…
いわば、一人の人間の中に、二人の人間がいる状態だ…
「…ヤンも、それは、同じでした…」
「…同じ?…なにが、同じなんだ?…」
「…共に、心の病を抱えていました…だから、それに、気付いた、ボクとヤンは、同病相憐れむというか、急速に惹かれました…でも、それは、男と女の愛情ではなく、友情です…」
「…友情だと?…」
「…ハイ…」
私は、葉尊の言葉に考え込んだ…
たしかに、葉尊の言葉は、わかる…
わかるのだ…
だが、それを認めるわけには、いかん…
いかんのだ…
「…オマエは、騙されているのさ…」
私は、言ってやった…
「…騙されている? どうして、そんなことが、お姉さんにわかるんですか?…」
おとなしい葉尊が、珍しく、気色ばんだ…
「…どうしてだと?…」
「…ハイ…」
「…リンダの色気を見れば、わかるだろ!…」
私は、教えてやった…
「…あれが、性同一障害の女が、出す色気か? …そんなことは、あるまい…」
「…」
「…性同一障害が、まるっきりのウソだとは、思わん…だが、自分に、女を意識する部分がなければ、女の色気を出すことは、できんだろ?…」
私の言葉に、夫の葉尊は、
「…」
と、黙った…
だから、私は、
「…だろ?…」
と、さらに念を押した…
「…リンダが、性同一障害だとしても、完全な性同一障害とは、思えん…」
「…どういう意味ですか?…」
「…女の部分が残っているのさ…さもなければ、リンダ・ヘイワースとして、あれほどの色気が出せるはずがない…」
「…」
「…パンティーの件もそうさ…」
「…どういう意味ですか?…」
「…リンダの内面が、百%の男なら、自分のパンティーをオークションに売りに出すなんて、冗談でも、言わないさ…」
「…どうして、言わないんですか?…」
「…葉尊…オマエは、男だろ?…」
「…ハイ…」
「…だったら、わかるはずさ…」
「…どうして、わかるんですか?…」
「…男なら、自分の下着をオークションに出品するなんて、冗談でも言わないさ…女だから、言うのさ…」
「…どういう意味ですか?…」
「…昔、私の若い頃に、ブルセラショップというのがあってな…」
「…ブルセラショップ?…」
「…女子中学生や、女子高生が、自分の使用したパンティーなどの下着を店に売って、店は、それを商売にしたのさ…店は、それを店頭に並べて、売るのさ…」
「…」
「…だが、売るのは、当たり前だが、女…若い女さ…男ではない…仮に男が、同じ状況になっても、恥ずかしがって、売らんゾ…」
「…」
「…つまり、そういうことさ…リンダは、内面は、男と言ってるが、百%の男ではないということさ…」
私の言葉に、葉尊が、考え込んだ…
文字通り、考え込んだ…
私は、黙って、夫の葉尊を見ていた…
どう、対応するのか、知りたかったからだ…
「…たしかに、お姉さんの言うことは、わかります…」
「…だろ?…」
「…ですが、ボクは、ヤンを信じたい…」
「…なんだと?…」
「…ヤンが…リンダが、お姉さんのいうような人間だとは、どうしても、思えないんです…」
葉尊が、悩みながら、言った…
苦悩しながら、言った…
…マズい!…
私は、思った…
このままでは、葉尊は、私ではなく、ヤン=リンダを信じてしまう…
そうなれば、今回のことは、いいとしても、なにか、あったときに、私ではなく、ヤン=リンダを選ぶことになる…
そうなれば、徐々に、私と葉尊の間に亀裂が生じ、最終的に、離婚となる…
葉尊と別れることになる…
そうなれば、私は再び一人ぼっち…
一人ぼっちの35歳のフリーターに舞い戻ることになる…
なんとかせねば、ならん!
ヤン=リンダに傾いた、葉尊の心を、私に引き寄せねば、ならん…
私は、思った…
私は、考えた…
だから、
「…葉尊…オマエの気持ちは、わかるさ…」
私は、重々しく言った…
「…私が、オマエでも、そう言うさ…」
「…お姉さんでも?…」
「…そうさ…」
「…だったら…」
夫の葉尊が嬉しそうに、言いかけるのを、
「…まあ、聞け…」
と、私が、遮った…
「…要するに、オマエが、まだ、若いからさ…」
「…ボクが若いから?…」
「…そうさ…誰もが、学生時代の友人を信じたいし、信じようと思う…それは、はっきり言えば、オマエが、若いときに、知り会ったからさ…」
「…どういう意味ですか? …お姉さん?…」
「…誰もが、そうさ…例えば、オマエが、今日の昼間、会社で、初対面の人間と知り合って、今度、飲もうと約束する…」
「…」
「…その人間とは、初対面とは、思えないほど、意気投合する…でも、やはり、警戒感というか、どうしても、心が開けない部分があるものさ…」
「…」
「…だが、これが、小学校や中学校、高校、と、学生時代に知り合った人間は、違う…例えば、たいして、仲が良くなかった人間でも、どこか、安心するというか…要するに、いつ、知り会ったか、どうかが、大切さ…」
「…いつ、知り会ったか、どうか…ですか?…」
「…そうさ…要するに、子供時代に知り会った人間の方が、誰もが、安心するのさ…だから、ハッキリ、言えば、評価が、甘くなる…」
「…評価が、甘く? …どういう意味ですか?…」
「…要するに、どんなに、性格の悪い人間でも、アイツは、ああいうヤツだからの一言で、すませてしまう…でも、歳をとって、知り会えば、そういうわけには、いかなくなる…誰が見ても、性格が悪い人間は、嫌だから、近寄らない…だから、ハッキリ言えば、社会に出て、知り会った人間の方が、その人間の能力や性格を、正当に、評価することになるのさ…」
「…」
「…オマエが、ヤン=リンダを、評価するのも、それと、同じさ…」
「…」
「…学生時代に知り会ったから、どうしても、評価が、甘くなる…だから、どうしても、ヤン=リンダを信じたくなるのさ…」
「…そんな…」
と、絶句して、私の言葉に葉尊は、考え込んだ…
文字通り、悩んだ…
だから、私は、さらに、追い打ちをかけた…
「…大人になれ…葉尊…」
「…大人に?…」
「…そうさ…学生時代の評価ではなく、今の評価で、ヤン=リンダを見ろ…そうすれば、学生時代の評価とは、違った評価で、ヤン=リンダを見れる…」
「…違う評価で?…」
「…そうさ…それが、大人になるということさ…」
「…」
「…葉尊…私が、どうして、オマエにこんなことを言うのか、わかるか?…」
「…わかりません…」
「…オマエが、クールの社長だからさ…」
「…社長だから?…」
「…そうさ…オマエは有名人さ…だから、有象無象(うぞうむぞう)のものが、たくさん寄って来る…」
「…有象無象…どういう意味ですか?…」
「…取るに足らない人間たちさ…そんな人間たちが、オマエに取り入ろうと、やって来る…オマエに取り入って、少しでも、いい目を見ようと、やって来る…私は、それに、注意しろと、オマエに教えてやってるのさ…」
言いながら、実は、その有象無象の中に、私が、いると、気付いた…
私、矢田トモコがいると、気付いた(爆笑)…
なにより、この矢田トモコが、有象無象の人間…取るに足らない人間だった(爆笑)…
葉尊が、金持ちだから、近付いたに過ぎなかった…
いわば、有象無象の代表である、この矢田トモコが、葉尊に、有象無象の人間に、気を付けろと、言っているのだ…
考えれば、これ以上の、皮肉はなかった…
なかったのだ(笑)…
葉尊は、私の言葉に悩んだ…
悩み抜いた…
私は、さらに、悩む葉尊に追い打ちをかけた…
「…葉尊…」
「…なんですか?…」
「…リンダは、オマエが言うように、そんなに悪いヤツじゃないさ…」
「…悪いヤツじゃない?…」
「…だから、困るのさ…」
「…どういうことですか?…」
「…学校でも、会社でも、いっしょさ…例えば、クールで、リストラを実施しようとする…そのときに、コイツは、残したい…真逆に、コイツは、真っ先に辞めてもらいたいと、思う人間は、誰もが、いっしょさ…だが、大抵は、どっちつかずの人間…そんなに優秀ではないし、すぐに辞めさせたいほど、ひどくはない…そんな人間さ…」
「…」
「…ハッキリ言えば、リンダもそんな、どっちつかずの人間の一人さ…だから、オマエも悩むのさ…」
私は、言ってやった…
葉尊に言ってやった…
葉尊が、悩むのが、わかった…
これまで以上に、葉尊が悩むのが、わかった…
「…葉尊…オマエは、人柄がいい…でも、それは、経営者としては、失格だゾ…」
「…失格?…」
「…経営者は、ひとを切る非情さを、持ち合わせねば、ならん…そして、そのために、孤独になる…」
「…孤独に?…」
「…そうさ…クールの従業員も、リストラを実施すれば、社長である、葉尊…オマエを、非情な人間として見て、距離を置くだろう…当たり前のことさ…だから、孤独になる…会社で、一人ぼっちになる…」
「…そんな…」
「…そんなじゃないさ…そういうものさ…そんなときに、どうすればいいと、思う?…」
「…どうすればいい? …わかりません…」
「…家族を大事にするのさ…私を大事にするのさ…私は、オマエの味方だ…葉尊…どんなときも、オマエの味方だ…この世の中で、私以上、オマエを大切に思う人間はいないさ…」
私は、啖呵を切った…
が、
これは、事実だった…
今、私は、ここで、葉尊を失えば、元のフリーターの生活に逆戻り…
それだけは、なんとしても、避けねば、ならんかった…
だから、今、葉尊の説得に力を入れた…
私より、リンダを大切にされては、堪らんからだ…
私とリンダ…どちらを選べと、言われて、リンダを選ばれては、堪らんからだ…
だから、私は、以前、読んだ本や、テレビやネットで、知った知識を総動員して、葉尊を説得した…
全身全霊で、説得した…
なにしろ、この矢田トモコの未来がかかっているのだ…
この先も、クールの社長夫人でいられるか、どうかの未来が、かかっているのだ…
それを、思えば、至極、当たり前のことだった(笑)…