第132話

文字数 4,245文字

 このセレブの保育園に、身を寄せたのが、今回の騒動の遠因に、なっただと?

 私は、考えた…

 すると、

 「…兄貴は、悪い男じゃ、ないんだ…」

 と、ファラドが、繰り返した…

 「…でも、あのカラダだ…コンプレックスが、強い…そして、そのコンプレックスが、権力欲に、繋がった…」

 ファラドが、説明する…

 「…そして、それを、オヤジが…現国王が、誰よりも、心配した…小人症に、生まれた兄貴だったが、その頭脳は、誰よりも、優れ、アラブの至宝と呼ばれるほどの、評価を、アラブ世界で、得ている…にも、かかわらず、今以上の権力を得ようとする…その兄貴の言動を、オヤジが、心配した…」

 ファラドが、説明する…

 「…オヤジは、兄貴の最大の理解者であり、最大の後ろ盾でも、あった…だから、兄貴の行く末を誰よりも、心配した…その野心が、誰かに、利用され、その結果、権力を失うことになるんじゃないかと、心配した…だから、オレを、兄貴の監視に就けた…」

 …なんだと?…

 …まさか?…

 …まさか?…

 それが、真相とは?

 …まさか、それが、真相とは?…

 思いもせんかった…

 考えもせんかった…

 不覚…

 不覚だった…

 この矢田トモコとも、あろうものが、不覚だった…

 余人ならば、いざ知らず、この矢田トモコとも、あろうものが、不覚だったのだ…

 まさに、まさか、だ…

 だが、

 この矢田トモコが、気付かぬ、ことだ…

 他の誰も、気付くわけがなかった…

 だから、それを、思って、私も自分を慰めた…

 仕方のないことだと、諦めたのだ…

 なにしろ、私だ…

 矢田トモコだ…

 35歳のシンデレラだ…

 この矢田トモコが、気付かんことが、他人にわかるわけがなかった…

 なかったのだ…

 そんなホッとした心が、表情に出たのだろう…

 「…お姉さん…なんだか、ホッとした表情ね…」

 と、リンダが、言った…

 「…当り前さ…私が、あのオスマンに騙されて、驚いたが、考えて見れば、私が、騙されるんだ…他の誰もが、騙されるに、決まっているさ…」

 「…そんなことは、ないわ…」

 「…なんだと?…」

 「…現に、マリアは、オスマンの邪悪さに、気付いていた…」

 「…マリアが?…」

 「…そうよ…あのマリアが、よ…お姉さん…」

 「…そんな…」

 …そんなバカな…

 私は、言いたかった…

 あのマリアが、気付いたことが、この矢田トモコが、気付かんとは?

 そんなバカな…

 そんなバカなことが、あるわけがない…

 だったら、この矢田トモコは、あのマリアに劣るというのか?

 3歳のマリアに、35歳の矢田トモコが、劣るというのか?

 ありえん!

 ありえんことだ!

 私は、思った…

 思ったのだ…

 だから、

 「…リンダ…オマエ、まさか、この矢田トモコが、マリアに負けている…劣っていると、いうんじゃ、あるまいな…」

 と、聞いた…

 聞かずには、いられんかった…

 「…そんなの、わかってるじゃない?…」

 「…わかっているだと?…」

 「…マリアの勝ちに、決まっているじゃない…」

 「…なんだと?…」

 「…でも、それは、お姉さんのせいじゃないわ…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…年齢よ…年齢…」

 「…年齢だと?…」

 「…子供は、純真…一瞬にして、正邪を、見分ける…だから、お姉さんは、子供に好かれる…お姉さんは、真っ白だから…」

 「…私は、真っ白…」

 「…片や、オスマンは、薄汚れている…黒い…だから、それを、見破られて、子供たちに、嫌われていた…」

 「…」

 「…でも、真っ黒でも、ないんだ…」

 ファラドが、口を出した…

 「…真っ黒では、誰も、好かない…誰も、兄貴に、付いていこうとは、思わない…」

 「…どういう意味だ?…」

 私は、言った…

 「…つまり、良い部分と、悪い部分がある…そう、言いたいのでしょ?…」

 リンダが、ファラドに助け舟を出した…

 「…そうだ…」

 ファラドが、我が意を得たりと、ばかりに、頷いた…

 「…兄貴は…オスマンは、アラブの至宝と呼ばれるほど、優れている…そして、それは、誰もが、認める頭脳の持ち主だからだ…だが、何度も言うように、あのカラダだ…コンプレックスが、半端じゃない…だから、そのコンプレックスの裏返しで、人並み以上に、権力を得ようとする…」

 「…」

 「…だが、兄貴は、根は、善人だ…決して、悪人なんかじゃない…」

 ファラドが、激白する…

 「…その証拠に、オレは、今、ここにいる…」

 「…どういう意味だ?…」

 私は、聞いた…

 「…オスマンが、本物の悪人なら、このファラドは、とっくに、処刑されているわ…」

 と、リンダが、またも、助け船を出した…

 ファラドは、それを、聞いて、

 「…そういうことだ…」

 と、頷いた…

 「…そして、それを、見抜いたのは、このファラド意外に、もう一人…」

 「…誰だ?…」

 「…他でもない、マリアよ…」

 「…マリアだと?…」

 「…マリアは、オスマンが、善人ではないけれども、心の底から、悪人でも、ないことに、気付いた…だから、オスマンの世話をアレコレ、してあげた…」

 「…そして、それを、兄貴は、喜んだ…文字通り、涙を流さんばかりに、喜んだ…たしかに、兄貴の周りに、ひとは、いる…だが、それは、アラブの至宝と呼ばれる兄貴の権力ゆえに、ひとが、いるだけ…権力が、なくなれば、潮を引くように、離れるのは、わかっている…」

 「…だが、マリアには、それがない…」

 リンダが、言った…

 「…マリアの行為には、文字通り、見返りがない…にも、かかわらず、オスマンの面倒を、見た…文字通りの聖母マリアね…」

 リンダが、笑った…

 「…聖母マリア…」

 私が、言った…

 「…決して、見返りを求めない…代償を求めない愛…」

 リンダが、言う…

 私は、考え込んだ…

 このファラドが、なぜ、この場所に、いるかを、考え込んだ…

 さっき、このセレブの保育園に、いれば、オスマンは、攻撃できない…

 手を出すことが、できないと、言った…

 なぜなら、このセレブの保育園に、通う、子弟は、皆、世界中のお金持ちの子弟…

 父親や母親…さらには、祖父や、祖母、いや、それ以上、遡っても、権力者や、お金持ちが、いるのだろう…

 だから、オスマンといえども、手を出せない…

 無理に、オスマン配下の者に、命じて、このファラドを、捕まえるべく、このセレブの保育園に、突入させれば、誰か、子弟が、その争いに、巻き込まれる危険があるからだ…

 巻き込まれて、ケガを負うか、最悪、死ぬ可能性があるからだ…

 だから、手を出せない…

 世界中の有力者の怒りを、買うわけには、いかないからだ…

 だから、このファラドは、このセレブの保育園に、逃げ込んだ…

 いわば、このセレブの保育園は、盾…

 オスマンから、ファラドの身を守る盾だ…

 そして、マリアの存在…

 オスマンは、マリアに、手を出せない…

 それほど、マリアを大事に、思っている…

 それを、このファラドは、逆手に、取ったに、違いなかった…

 だから、このセレブの保育園に、逃げ込んだ…

 逃げ込んだのだ…

 と、

 そこまで、考えて、気付いた…

 この矢田トモコが、どうして、この場に、呼ばれたのか?

 その意味を考えたのだ…

 この矢田トモコは、ファラドが、言うには、マリア同様、あのオスマンに気に入られている…

 つまり、この矢田が、ファラドの近くに、いれば、手を出せない…

 つまりは、人質…

 ファラドが、オスマンから、身を守る人質に、他ならない…

 私は、ようやく、その事実に、気付いた…

 「…ファラド…オマエ…この矢田を利用したな…」

 私は、怒った…

 「…この矢田を、オスマンから、身を守る盾に、しようとしただろ?…」

 「…盾?…」

 ファラドが、呆気に取られた…

 「…この矢田が、オスマンのお気に入りだから、ここにいれば、私を盾にして、人質に、取ろうとしただろ?…」

 「…いや、そこまでは…」

 ファラドが、戸惑った…

 すると、リンダが、

 「…お姉さんを、ここに呼んだのは、マリアを説得するためよ…」

 と、あっさりと、言った…

 「…マリアを、説得だと?…」

 「…たしかに、オスマンは、お姉さんを気に入っているけれども、マリアには、遠く及ばない…」

 「…なんだと?…」

 「…だから、マリアに、オスマンを説得させれば、オスマンの気が変わる…だから、ホントのキーマンは、マリア…」

 「…マリアだと?…」

 「…そうよ…マリアを説得するために、ここに、お姉さんを呼んだの…」

 リンダが、説明した…

 なんだと?

 マリアを説得するためだと?

 3歳のマリアを説得するために、35歳の矢田を、ここに、呼んだと、いうのか?

 話が、逆ではないのか?

 いや、

 そうではない…

 なぜ、3歳のガキンチョのために、この35歳の立派な大人の、矢田トモコが、わざわざ、足を運ばなきゃ、いかんのか?

 それが、謎だった…

 いや、

 謎ではない…

 あっては、いかんことだった…

 あっては、いかんことだったのだ…

 と、そこまで、考えて、気付いた…

 私が、今日、ここに、来た理由だ…

 このセレブの保育園に、やって来た理由だ…

 今日、ここへ、やって来た理由は、バニラだ…

 マリアの母親のバニラだ…

 あのバカ、バニラに、マリアのことを、頼まれて、このセレブの保育園に、やって来たのだ…

 そして、その結果、この争いに巻き込まれた…

 ということは、どうだ?

 もしや…

 もしや、

 この矢田は、あのバニラに、嵌められたのでは?

 あのバカ、バニラに、騙されたのでは?

 そんな思いが、ふと、脳裏に浮かんだ…

 いや、

 浮かんだどころではない!

 それが、答えに、違いない…

 あのバカが…

 あのバカ、バニラが、このひとのいい、矢田トモコを、騙したのだ…

 あのバカ、バニラが、この性格のいい、矢田トモコを、騙したのだ…

 おのれ!

 おのれ、バカ、バニラ…

 今に、見ていろ!

 目にモノ見せてくれる!

 必ず、オマエを地獄に、落としてやる…

 必ず、オマエを、血の海に、沈めてやる…

 この善良な、矢田トモコを、騙すとは…

 まさに、天にツバする悪行…

 しっかりと、その報いを、受けてもらうゾ…

 私は、いつしか、バニラに対する怨嗟(えんさ)を、心の中で、思った…

 この誰からも、好かれる、天女のような、矢田トモコにあっては、まさに、ありえん感情だった…

 ありえん感情だったのだ…

 今すぐ、地獄に堕ちろ! と、言って、やりたい、感情だった…

               
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