第12話
文字数 5,764文字
…矢口トモコ…
やっぱり、いたか?
私は、驚かなかった…
なにより、さっき、この矢口トモコが、白いロールス・ロイスから降りて、このクールの本社ビルに入るのを見ていたからだ…
だから、驚かなかった…
この矢口トモコは、スーパー・ジャパンの社長令嬢…
日本中に知られた、激安スーパーの社長令嬢だ…
このクール本社に一体、なんの用事で、やって来たのか、わからんが、社長令嬢が、やって来るぐらいだから、会う相手は、会社のお偉いさん…
クールのお偉いさんだ…
そして、本来、社長令嬢に、匹敵するのは、社長…
クールの社長、葉尊に他ならない…
だから、私は、驚かなかった…
ここに、この矢口トモコが、現れるのは、私にとって、想定内…
想定内の出来事だったからだ…
と、ここまで、考えたとき、
「…矢田…」
と、当の矢口トモコが、上から目線で、偉そうに、口を開いた…
「…オマエは、相変わらず、ダメな女だな…」
…ダメな女?…
どういう意味だ?
いや、
そうではない…
それ以前に、どうして、六年ぶりに、再会したばかりなのに、いきなり、
「…ダメな女…」
と、断言されなければ、ならんのだ…
私は、それが、疑問だった…
いや、
許せんかった…
だから、
「…お嬢様…どうして、この矢田が、ダメな女なのでしょうか?…」
と、聞いた…
下手に出て、聞いたのだ…
が、
それに対する、答えは、辛辣だった…
「…バカか、オマエは?…」
「…バカ?…」
「…どこの世界に、社長室のある階の廊下を全速力で、走るバカがいる…」
「…」
「…しかも、それが、社長夫人だ…」
矢口トモコが、自信たっぷりに、言った…
「…これが、世間に知れれば、オマエの夫の葉尊さんも、恥ずかしくて、仕方があるまい…どうして、そんな女と、結婚したんだ? と、世間で、陰口を叩かれるゾ…」
矢口トモコが、上から目線で、断言した…
私は、その通りだと思った…
一ミリも反論できんかった…
しかし、
しかし、だ…
言っていることは、もっともで、納得のできることだったが、この矢口トモコから、聞くと、その話も怪しく思えた…
なぜなら、威厳がまるで、ないからだ…
まるで、私を見ているようだった…
私、矢田トモコが、偉そうに、上から目線で、ものを言っているのと、同じ…
だから、言っていることは、正しいのだが、イマイチ、納得できんかった…
この矢口トモコを見ると、つくづく、ルックスは、大切だと、思う…
いや、
ルックス=見た目ではない…
威厳が大切なのだ…
イケメンや美人ということではなく、ただ威厳が大切なのだ…
威厳がないから、偉く、思えない…
ブスでもブザイクでも、構わないが、威厳がないと、偉く思えない…
そして、この矢口トモコは、その威厳が、まるでなかった(笑)…
だから、あらためて、威厳が大事だと、気付いた…
この矢口トモコは、生まれが、良く、頭もいい…
だから、つい上から目線で、言ってしまうのだろう…
しかしながら、それが、まったく、似合わんかった(笑)…
そして、それを見れば、この矢田トモコもまた、決して、上から目線で、周囲の者に接してはいかんと、肝に銘じた…
なにしろ、似合わない(笑)…
だから、私が、それをすれば、周囲の人間が、陰で笑うに決まっているからだ…
私は、この矢口トモコを見ながら、そんなことを、考えた…
この矢口トモコは、鏡…
まるで、私が、鏡に映った姿のようだ…
だから、この矢口トモコを見れば、私が、他人から、どう見られているか、わかる…
それを、思えば、実に、好都合な人材だった(笑)…
私が、そんなことを、考えていると、
「…ホント…そっくり…」
と、驚いた声が、近くでした…
私は、振り返るでもなく、誰が、言ったか、わかった…
その声の主は、バニラだった…
「…さっき、このビルの外で、偶然見かけたときは、あまりにも、似過ぎて、驚いたけれども、こうして、間近で、見ても、そっくり…」
バニラが、感嘆した…
「…いや、良く見ると、違うよ…」
葉尊が言った…
「…お姉さんの方が、一㎝ぐらい、背が高い…それに、お姉さんの方が、愛想がいい…」
葉尊が、告げる…
「…お姉さんは、いつも、ニコニコと笑っている…だから、周囲の人間も、お姉さんの笑顔に癒される…でも、この矢口さんは、失礼ながら、そこまで、愛想が良くない…」
葉尊が、私と、矢口トモコとの違いを説明した…
そして、私は、その説明に納得した…
たとえ、一卵性双生児でも、まったく、同じ顔やカラダを持つ人間はいない…
どこかが、微妙に違う…
当たり前だ…
一方が、他方のコピーではないからだ…
一卵性双生児でも、そうなのだから、他人ならば、余計に違いが出る…
はっきり言えば、私と矢口トモコは、他人の空似レベル…
たしかに、一見、すごく似ているが、ジッと見れば、違う…
そういうことだ…
そう考えたとき、
「…いや、今日、お姉さんに、急に、この社長室に来てもらったのは、この矢口さんが、おっしゃったからです…」
葉尊が、いきなり言った…
…な、なんだと?…
…この矢口トモコがだと?…
…一体、この女がなにを?…
「…今日、この矢口さんが、社長室に来る前に、お姉さんを、知っていると、電話で、おっしゃるものだから、それが、本当なら、ぜひ、お姉さんと、旧交を温めるのが、いいと…」
…なるほど、そういうことか?…
私は、気付いた…
この矢口トモコは、したたか…
実に、商売人としても、したたかな女だ…
いや、
商売人としてだけではなく、人間として、したたかな女だ…
なにしろ、以前、自分そっくりな私を知るや、私を影武者に仕立て、その間に、会社の重大な契約をするという離れ業を演じた…
普通ならば、重要な契約は、社長室か、どこかで、行うものだが、それでは、関係者に邪魔されると、考えたのだろう…
こともあろうに、自分の結婚式を隠れ蓑にして、私を影武者に仕立て、私に自分の代わりに、結婚式に出席させ、自分は、その間に契約をしたのだ…
まさに、常人では、思いつかない発想…
離れ業を演じたといっても、過言ではない…
それを、思い出せば、今回、私をこの場に呼んだのは、驚くべきことでも、なんでもない…
自分そっくりの私を、ここへ呼ぶことで、自分の商売に、少しでも、有利になるように、仕向けたのだ…
なにより、クールの社長の葉尊と会って、葉尊の妻である私を知っているといえば、話のとっかかりができる…
まったく、見知らぬ人間よりも、親近感が湧く…
これは、誰でも、同じだろう…
会社でも、学校でも、いわゆる、共通の知人がいれば、話のとっかかりができる…
「…誰々と、仲が良かった…」
あるいは、
「…誰々を知っている…」
と、でも、いえば、親近感が、湧くものだ…
共通の知人がいるというだけで、少なくとも、これまで、会ったことのない初対面の人間でも、少しは、身近に感じる…
おそらく、この矢口トモコは、それを、狙ったのだろう…
少しでも、自分の商売を有利に進めるためだ…
と、
そこまで、考えて、相変わらず、
「…食えない女…」
と、思った…
「…油断できない女…」
と、思った…
この矢口トモコの目的がなにか、わからんが、油断は大敵…
油断すれば、たちまち、この矢口トモコに食い物にされるとまでは、言わんが、利用されるに、決まっている…
私は、それを固く肝に銘じた…
なにしろ、この矢口のお嬢様は、信用できん…
ルックスも中身も私そっくり…
だから、信用できんのだ(笑)!
一㎜も信用できんのだ(笑)…
大体、私自身、私を見れば、まったく信用できん女だと、思う(笑)…
つまり、そういうことだ(笑)…
私の思いが目に出たのだろう…
バニラが、
「…お姉さんの目が真剣になっている…」
と、驚いた…
「…なんだか、知らないけれども、物凄い目で、矢口さんを見ている…」
「…バニラよ…この矢田トモコとて、いつも、笑っているわけじゃないのさ…」
と、言いたかったが、言えんかった…
さすがに、矢口トモコの前では、言えんかった…
心の中で、呟くのみ…
その代わりに、睨んだ…
私の細い目をさらに細くして、睨んだ…
だが、
この矢口トモコは、その視線を嫌というほど、感じているに違いないが、無視した…
気付かないフリをした…
私は、
「…今に見ていろ!…」
と、内心、怒鳴った…
必ず、ほえ面をかかせてやる…
六年前に、私を影武者に仕立て、私にウエディングドレスを着させて、式場で、全力疾走させた過去は、忘れたくても、忘れられん…
文字通り、黒歴史…
この矢田トモコの黒歴史だった…
この恨み、晴らさず、だ!
積年の恨み、晴らさず、だ!
私は、それを思うと、私の細い目が、さらに細くなった…
さらに、睨みつけたのだ…
睨むには、目を細める必要がある…
だから、細い目がさらに、細くなったのだ…
「…今に見ていろ!…」
「…目にもの、見せてやる!…」
私は、心の中で、叫んだ…
何度も、何度も、叫んだ…
が、
一向に、この矢口トモコは、私の挑発に乗らなかった…
涼しい顔で、私の視線を無視した…
それが、余計に、私の怒りに、火をつけた…
勘弁できん!
と、思ったのだ…
気が付くと、いつのまにか、周囲が、凍っているのが、わかった…
私の行為に、引いているのが、わかった…
私は、遅まきながら、それに、気付いた…
夫の葉尊と、バニラを代わる代わる見ると、二人とも、明らかに、引いていた(笑)…
…これは、まずい!…
私のイメージが地に堕ちる…
バニラは、ともかく、夫の葉尊の前で、こんな姿は、見せちゃ、いかん…
私は、それに、気付いて、何事か、矢口のお嬢様に、話しかけようとした…
しかしながら、つい今の今まで、殺してやるとでもいうように、睨みつけていたにも、かかわらず、
「…お嬢様…お久しぶりで、ございます…」
と、言えるわけがない(爆笑)…
態度を豹変できるわけがない…
だから、私は、困った…
どうしていいか、わからず、困った…
悩んだ…
すると、矢口のお嬢様が、
「…葉尊社長…」
と、口を開いた…
「…なんですか?…」
「…いつまでも、ここにいても、仕方がない…奥様もいらしたことですし、社長室に戻りましょう…」
「…そうですね…」
葉尊が、ホッとしたように、言った…
葉尊とて、自分の妻が、いつまでも、矢口トモコを睨んでいるのを見て、どうしていいか、わからなかったに違いない…
実際、私もホッとした…
この後、どうして、いいか、わからなかったからだ…
ホッとして、葉尊や矢口のお嬢様が、歩き出した後に、続いて歩いた…
すると、いきなり、矢口トモコが、背後の私を振り返った…
まるで、勝ち誇ったような顔だった…
「…矢田…オマエのやることなど、すべて、お見通しさ…」
と、でも、言うように、ニヤリと笑った…
途端に、私の闘志に火が付いた…
「…矢口トモコ…なにするものゾ…」
とでも、言わんばかりな、気持ちになった…
六年前は、日本中に知られた、激安スーパー、スーパー・ジャパンの創業者令嬢と、平民の私の差があったが、今は、違う…
今は、世界中に知られた、日本の総合電機メーカー、クールの社長夫人だ…
オーナー社長夫人だ…
しかも、矢口トモコは、たかだか、日本の激安スーパー…
片や、日本の総合電機メーカー、クールは世界に知られている…
だから、私の勝ち…
会社の規模も、知名度も、今や、私の方が上…
矢口トモコより、この矢田トモコの方が上なのだ…
そもそも、矢田は、矢口にプラス(+)と、書く…
だから、矢田は、矢口より、偉い…
矢口よりも上なのだ…
矢口よりもプラス(+)なのだ…
私は、必死になって、自分に言い聞かせた…
ほとんど、念仏を唱えるがごとく、必死になって、自分自身に言い聞かせた…
なぜならば、そうでもしなければ、この矢口トモコに対抗できないからだ…
精神的にすでに、気後れてる私が、自分自身を無理にでも、鼓舞しなければ、この矢口トモコに、食い物にされるからだ…
この矢口トモコが、私の前に再び姿を見せた以上、どうにかして、この矢田を利用しようとするに違いないからだ…
そして、平凡な私は、それに、対抗できない…
だから、今は、非常時と、心に言い聞かせて、行動することだ…
常に、今は、非常時と、心に言い聞かせて、行動すれば、少しは、この矢口トモコに食い物にされる危険を避けることができる…
私は、思った…
そして、ふと、気付いた…
六年前は、私一人だった…
この矢口トモコに、対抗するのは、私一人だった…
が、
今は、違う…
私には、夫の葉尊や、このバニラや、あのリンダがいる…
今の私は、一人ではない…
だから、もしかしたら、この矢口トモコに対抗できると、思った…
勝てると、思った…
私一人では、無理…
歯が立たない…
矢口トモコは、東大出身で、生粋のお嬢様…
片や、私は、ソニー学園出身で、平民出身…
とてもじゃないが、比べるまでもない…
全然、比較にならない(涙)…
が、
これに、葉尊や、バニラ、リンダが加われば、違う…
葉尊は、台湾の大金持ちの子息だし、バニラもリンダも世界中に知られた有名人…
美の化身だ!…
私が、この3人と、スクラムを組んで、この矢口トモコに立ち向かえば、十分、勝機はある…
が、
それには、このバニラを手なずけておかねばならん…
ふと、気付いた…
夫の葉尊は、私の言いなり…
それは、あのリンダも同じ…
言いなりといえば、おおげさだが、二人とも、私の力になってくれる…
私が頼めば、力を貸してくれる…
だが、
このバニラは違う…
葉尊や、リンダに比べて、性格が悪く、ねじ曲がってる…
その圧倒的な美人の外観と、中身が、まったく、違っている…
うーむ…
どうすれば?…
どうすれば、このバニラを味方につけることができるか?
矢口トモコに対抗するには、このバニラの力が必要…
必要だ…
私は、悩んだ…
悩み続けた…
やっぱり、いたか?
私は、驚かなかった…
なにより、さっき、この矢口トモコが、白いロールス・ロイスから降りて、このクールの本社ビルに入るのを見ていたからだ…
だから、驚かなかった…
この矢口トモコは、スーパー・ジャパンの社長令嬢…
日本中に知られた、激安スーパーの社長令嬢だ…
このクール本社に一体、なんの用事で、やって来たのか、わからんが、社長令嬢が、やって来るぐらいだから、会う相手は、会社のお偉いさん…
クールのお偉いさんだ…
そして、本来、社長令嬢に、匹敵するのは、社長…
クールの社長、葉尊に他ならない…
だから、私は、驚かなかった…
ここに、この矢口トモコが、現れるのは、私にとって、想定内…
想定内の出来事だったからだ…
と、ここまで、考えたとき、
「…矢田…」
と、当の矢口トモコが、上から目線で、偉そうに、口を開いた…
「…オマエは、相変わらず、ダメな女だな…」
…ダメな女?…
どういう意味だ?
いや、
そうではない…
それ以前に、どうして、六年ぶりに、再会したばかりなのに、いきなり、
「…ダメな女…」
と、断言されなければ、ならんのだ…
私は、それが、疑問だった…
いや、
許せんかった…
だから、
「…お嬢様…どうして、この矢田が、ダメな女なのでしょうか?…」
と、聞いた…
下手に出て、聞いたのだ…
が、
それに対する、答えは、辛辣だった…
「…バカか、オマエは?…」
「…バカ?…」
「…どこの世界に、社長室のある階の廊下を全速力で、走るバカがいる…」
「…」
「…しかも、それが、社長夫人だ…」
矢口トモコが、自信たっぷりに、言った…
「…これが、世間に知れれば、オマエの夫の葉尊さんも、恥ずかしくて、仕方があるまい…どうして、そんな女と、結婚したんだ? と、世間で、陰口を叩かれるゾ…」
矢口トモコが、上から目線で、断言した…
私は、その通りだと思った…
一ミリも反論できんかった…
しかし、
しかし、だ…
言っていることは、もっともで、納得のできることだったが、この矢口トモコから、聞くと、その話も怪しく思えた…
なぜなら、威厳がまるで、ないからだ…
まるで、私を見ているようだった…
私、矢田トモコが、偉そうに、上から目線で、ものを言っているのと、同じ…
だから、言っていることは、正しいのだが、イマイチ、納得できんかった…
この矢口トモコを見ると、つくづく、ルックスは、大切だと、思う…
いや、
ルックス=見た目ではない…
威厳が大切なのだ…
イケメンや美人ということではなく、ただ威厳が大切なのだ…
威厳がないから、偉く、思えない…
ブスでもブザイクでも、構わないが、威厳がないと、偉く思えない…
そして、この矢口トモコは、その威厳が、まるでなかった(笑)…
だから、あらためて、威厳が大事だと、気付いた…
この矢口トモコは、生まれが、良く、頭もいい…
だから、つい上から目線で、言ってしまうのだろう…
しかしながら、それが、まったく、似合わんかった(笑)…
そして、それを見れば、この矢田トモコもまた、決して、上から目線で、周囲の者に接してはいかんと、肝に銘じた…
なにしろ、似合わない(笑)…
だから、私が、それをすれば、周囲の人間が、陰で笑うに決まっているからだ…
私は、この矢口トモコを見ながら、そんなことを、考えた…
この矢口トモコは、鏡…
まるで、私が、鏡に映った姿のようだ…
だから、この矢口トモコを見れば、私が、他人から、どう見られているか、わかる…
それを、思えば、実に、好都合な人材だった(笑)…
私が、そんなことを、考えていると、
「…ホント…そっくり…」
と、驚いた声が、近くでした…
私は、振り返るでもなく、誰が、言ったか、わかった…
その声の主は、バニラだった…
「…さっき、このビルの外で、偶然見かけたときは、あまりにも、似過ぎて、驚いたけれども、こうして、間近で、見ても、そっくり…」
バニラが、感嘆した…
「…いや、良く見ると、違うよ…」
葉尊が言った…
「…お姉さんの方が、一㎝ぐらい、背が高い…それに、お姉さんの方が、愛想がいい…」
葉尊が、告げる…
「…お姉さんは、いつも、ニコニコと笑っている…だから、周囲の人間も、お姉さんの笑顔に癒される…でも、この矢口さんは、失礼ながら、そこまで、愛想が良くない…」
葉尊が、私と、矢口トモコとの違いを説明した…
そして、私は、その説明に納得した…
たとえ、一卵性双生児でも、まったく、同じ顔やカラダを持つ人間はいない…
どこかが、微妙に違う…
当たり前だ…
一方が、他方のコピーではないからだ…
一卵性双生児でも、そうなのだから、他人ならば、余計に違いが出る…
はっきり言えば、私と矢口トモコは、他人の空似レベル…
たしかに、一見、すごく似ているが、ジッと見れば、違う…
そういうことだ…
そう考えたとき、
「…いや、今日、お姉さんに、急に、この社長室に来てもらったのは、この矢口さんが、おっしゃったからです…」
葉尊が、いきなり言った…
…な、なんだと?…
…この矢口トモコがだと?…
…一体、この女がなにを?…
「…今日、この矢口さんが、社長室に来る前に、お姉さんを、知っていると、電話で、おっしゃるものだから、それが、本当なら、ぜひ、お姉さんと、旧交を温めるのが、いいと…」
…なるほど、そういうことか?…
私は、気付いた…
この矢口トモコは、したたか…
実に、商売人としても、したたかな女だ…
いや、
商売人としてだけではなく、人間として、したたかな女だ…
なにしろ、以前、自分そっくりな私を知るや、私を影武者に仕立て、その間に、会社の重大な契約をするという離れ業を演じた…
普通ならば、重要な契約は、社長室か、どこかで、行うものだが、それでは、関係者に邪魔されると、考えたのだろう…
こともあろうに、自分の結婚式を隠れ蓑にして、私を影武者に仕立て、私に自分の代わりに、結婚式に出席させ、自分は、その間に契約をしたのだ…
まさに、常人では、思いつかない発想…
離れ業を演じたといっても、過言ではない…
それを、思い出せば、今回、私をこの場に呼んだのは、驚くべきことでも、なんでもない…
自分そっくりの私を、ここへ呼ぶことで、自分の商売に、少しでも、有利になるように、仕向けたのだ…
なにより、クールの社長の葉尊と会って、葉尊の妻である私を知っているといえば、話のとっかかりができる…
まったく、見知らぬ人間よりも、親近感が湧く…
これは、誰でも、同じだろう…
会社でも、学校でも、いわゆる、共通の知人がいれば、話のとっかかりができる…
「…誰々と、仲が良かった…」
あるいは、
「…誰々を知っている…」
と、でも、いえば、親近感が、湧くものだ…
共通の知人がいるというだけで、少なくとも、これまで、会ったことのない初対面の人間でも、少しは、身近に感じる…
おそらく、この矢口トモコは、それを、狙ったのだろう…
少しでも、自分の商売を有利に進めるためだ…
と、
そこまで、考えて、相変わらず、
「…食えない女…」
と、思った…
「…油断できない女…」
と、思った…
この矢口トモコの目的がなにか、わからんが、油断は大敵…
油断すれば、たちまち、この矢口トモコに食い物にされるとまでは、言わんが、利用されるに、決まっている…
私は、それを固く肝に銘じた…
なにしろ、この矢口のお嬢様は、信用できん…
ルックスも中身も私そっくり…
だから、信用できんのだ(笑)!
一㎜も信用できんのだ(笑)…
大体、私自身、私を見れば、まったく信用できん女だと、思う(笑)…
つまり、そういうことだ(笑)…
私の思いが目に出たのだろう…
バニラが、
「…お姉さんの目が真剣になっている…」
と、驚いた…
「…なんだか、知らないけれども、物凄い目で、矢口さんを見ている…」
「…バニラよ…この矢田トモコとて、いつも、笑っているわけじゃないのさ…」
と、言いたかったが、言えんかった…
さすがに、矢口トモコの前では、言えんかった…
心の中で、呟くのみ…
その代わりに、睨んだ…
私の細い目をさらに細くして、睨んだ…
だが、
この矢口トモコは、その視線を嫌というほど、感じているに違いないが、無視した…
気付かないフリをした…
私は、
「…今に見ていろ!…」
と、内心、怒鳴った…
必ず、ほえ面をかかせてやる…
六年前に、私を影武者に仕立て、私にウエディングドレスを着させて、式場で、全力疾走させた過去は、忘れたくても、忘れられん…
文字通り、黒歴史…
この矢田トモコの黒歴史だった…
この恨み、晴らさず、だ!
積年の恨み、晴らさず、だ!
私は、それを思うと、私の細い目が、さらに細くなった…
さらに、睨みつけたのだ…
睨むには、目を細める必要がある…
だから、細い目がさらに、細くなったのだ…
「…今に見ていろ!…」
「…目にもの、見せてやる!…」
私は、心の中で、叫んだ…
何度も、何度も、叫んだ…
が、
一向に、この矢口トモコは、私の挑発に乗らなかった…
涼しい顔で、私の視線を無視した…
それが、余計に、私の怒りに、火をつけた…
勘弁できん!
と、思ったのだ…
気が付くと、いつのまにか、周囲が、凍っているのが、わかった…
私の行為に、引いているのが、わかった…
私は、遅まきながら、それに、気付いた…
夫の葉尊と、バニラを代わる代わる見ると、二人とも、明らかに、引いていた(笑)…
…これは、まずい!…
私のイメージが地に堕ちる…
バニラは、ともかく、夫の葉尊の前で、こんな姿は、見せちゃ、いかん…
私は、それに、気付いて、何事か、矢口のお嬢様に、話しかけようとした…
しかしながら、つい今の今まで、殺してやるとでもいうように、睨みつけていたにも、かかわらず、
「…お嬢様…お久しぶりで、ございます…」
と、言えるわけがない(爆笑)…
態度を豹変できるわけがない…
だから、私は、困った…
どうしていいか、わからず、困った…
悩んだ…
すると、矢口のお嬢様が、
「…葉尊社長…」
と、口を開いた…
「…なんですか?…」
「…いつまでも、ここにいても、仕方がない…奥様もいらしたことですし、社長室に戻りましょう…」
「…そうですね…」
葉尊が、ホッとしたように、言った…
葉尊とて、自分の妻が、いつまでも、矢口トモコを睨んでいるのを見て、どうしていいか、わからなかったに違いない…
実際、私もホッとした…
この後、どうして、いいか、わからなかったからだ…
ホッとして、葉尊や矢口のお嬢様が、歩き出した後に、続いて歩いた…
すると、いきなり、矢口トモコが、背後の私を振り返った…
まるで、勝ち誇ったような顔だった…
「…矢田…オマエのやることなど、すべて、お見通しさ…」
と、でも、言うように、ニヤリと笑った…
途端に、私の闘志に火が付いた…
「…矢口トモコ…なにするものゾ…」
とでも、言わんばかりな、気持ちになった…
六年前は、日本中に知られた、激安スーパー、スーパー・ジャパンの創業者令嬢と、平民の私の差があったが、今は、違う…
今は、世界中に知られた、日本の総合電機メーカー、クールの社長夫人だ…
オーナー社長夫人だ…
しかも、矢口トモコは、たかだか、日本の激安スーパー…
片や、日本の総合電機メーカー、クールは世界に知られている…
だから、私の勝ち…
会社の規模も、知名度も、今や、私の方が上…
矢口トモコより、この矢田トモコの方が上なのだ…
そもそも、矢田は、矢口にプラス(+)と、書く…
だから、矢田は、矢口より、偉い…
矢口よりも上なのだ…
矢口よりもプラス(+)なのだ…
私は、必死になって、自分に言い聞かせた…
ほとんど、念仏を唱えるがごとく、必死になって、自分自身に言い聞かせた…
なぜならば、そうでもしなければ、この矢口トモコに対抗できないからだ…
精神的にすでに、気後れてる私が、自分自身を無理にでも、鼓舞しなければ、この矢口トモコに、食い物にされるからだ…
この矢口トモコが、私の前に再び姿を見せた以上、どうにかして、この矢田を利用しようとするに違いないからだ…
そして、平凡な私は、それに、対抗できない…
だから、今は、非常時と、心に言い聞かせて、行動することだ…
常に、今は、非常時と、心に言い聞かせて、行動すれば、少しは、この矢口トモコに食い物にされる危険を避けることができる…
私は、思った…
そして、ふと、気付いた…
六年前は、私一人だった…
この矢口トモコに、対抗するのは、私一人だった…
が、
今は、違う…
私には、夫の葉尊や、このバニラや、あのリンダがいる…
今の私は、一人ではない…
だから、もしかしたら、この矢口トモコに対抗できると、思った…
勝てると、思った…
私一人では、無理…
歯が立たない…
矢口トモコは、東大出身で、生粋のお嬢様…
片や、私は、ソニー学園出身で、平民出身…
とてもじゃないが、比べるまでもない…
全然、比較にならない(涙)…
が、
これに、葉尊や、バニラ、リンダが加われば、違う…
葉尊は、台湾の大金持ちの子息だし、バニラもリンダも世界中に知られた有名人…
美の化身だ!…
私が、この3人と、スクラムを組んで、この矢口トモコに立ち向かえば、十分、勝機はある…
が、
それには、このバニラを手なずけておかねばならん…
ふと、気付いた…
夫の葉尊は、私の言いなり…
それは、あのリンダも同じ…
言いなりといえば、おおげさだが、二人とも、私の力になってくれる…
私が頼めば、力を貸してくれる…
だが、
このバニラは違う…
葉尊や、リンダに比べて、性格が悪く、ねじ曲がってる…
その圧倒的な美人の外観と、中身が、まったく、違っている…
うーむ…
どうすれば?…
どうすれば、このバニラを味方につけることができるか?
矢口トモコに対抗するには、このバニラの力が必要…
必要だ…
私は、悩んだ…
悩み続けた…