第154話

文字数 5,325文字

騒動は、終わった…

 騒動は、終息した…

 私は、葉敬あるいは、葉尊が、迎えによこしたクルマで、リンダと共に、帰った…

 車中で、リンダが、

 「…とにかく、よかった…」

 と、言ったが、私は、なにも、言わんかった…

 「…」

 と、なにも、答えんかった…

 なにやら、釈然としない…

 そんな感じだった…

 結局は、今回の騒動は、マリアの通う、セレブの保育園を舞台にした、サウジアラビア内部の権力闘争だった…

 現国王と対立した、腹違いの弟のアムンゼンが、国王の息子で、甥のオスマンと、組んで、国王の地位を奪取する…

 その過程で、起きた、権力闘争だった…

 そして、この矢田は、そんな権力闘争に巻き込まれた…

 それが、嫌だった…

 嫌だったのだ…

 だから、仏頂面だった…

 だから、不機嫌な仏頂面だったのだ…

 私のそんな仏頂面を見て、

 「…あら…お姉さん…なに、その顔?…」

 と、リンダが、私をからかった…

 「…随分、嬉しそうな顔をして…」

 と、わざと、私の表情と、真逆なことを、言った…

 だから、余計に、私の怒りが、爆発した…

 爆発したのだ…

 「…不愉快さ…」

 私は、言った…

 「…メチャクチャ、不愉快さ…」

 私は、言った…

 「…お姉さん…どうして、そんなに不愉快なの?…」

 リンダが、からかうように、聞く…

 「…それは、私が、利用されたからさ…」

 「…利用? …どう、利用されたの?…」

 「…マリアさ…」

 「…マリアが、どうか、したの?…」

 「…リンダ…オマエ、マリアが、あのアムンゼンのお気に入りだと、知って、わざと、私を、あの保育園に関わせようと、しただろ?…」

 私が、舌鋒鋭く、言った…

 すると、リンダは、

 「…」

 と、なにも、言わんかった…

 だから、

 「…オマエ、私が、なにも、気付いてないと、思ったのか?…」

 と、畳みかけた…

 追い打ちをかけた…

 「…リンダ…オマエは、最初から、私を利用しようとしただろ?…」

 「…どう、利用しようとしたの?…」

 「…あのアムンゼンは、マリアが、お気に入り…そして、マリアは、私を、気に入っている…だから、私が、マリアに言えば、マリアを、動かせる…」

 「…」

 「…だから、リンダ…オマエは、バニラに対して、マリアが、保育園でいじめられているという作り話を、私にして、あのセレブの保育園に、潜入させようとした…関わらせようとした…違うか?…」

 私は、頭に来て、ぶっちゃけた…

 それまで、漠然と、思っていたが、口にせんことを、ぶっちゃけた…

 途端に、リンダの顔色が、変わった…

 面白いように、変わった…

 「…お姉さん…いつ、気付いたの?…」

 「…葉問さ…」

 「…葉問…」

 「…そうさ…」

 「…どうして、葉問なの?…」

 「…葉問が、私を助けようとしたからさ…」

 「…それが、一体、どうしたの?…」

 「…オマエ…葉尊が、忙しいことが、わからんのか?…」

 いきなり、私は、怒鳴った…

 怒鳴ったのだ…

 それまでの、不満が、一気に爆発したのだ…

 「…葉問が、あの場に現れたということは、葉尊は、会社にいないということさ…いわば、クールよりも、あの場に現れることを、優先したわけさ…」

 「…」

 「…ということは、どうだ? …当然、父親の葉敬の許可を取っている可能性も大だ…つまりは、クールよりも、あのセレブの保育園を優先したわけだ…違うか?…」

 「…」

 「…つまりは、葉尊にとっては、クールCEОとしての仕事よりも、葉問が、あのセレブの保育園に現れることが、必要だったと、いうわけさ…だから、気付いたのさ…」

 私は、言った…

 言ったのだ…

 「…リンダ…オマエは、葉問のことを、私の白馬の騎士だ、なんだと、持ち上げたが、アレは、ウソさ…」

 「…ウソ? …どうして、ウソなの?…」

 「…だって、考えて見ろ…」

 「…なにを、考えるの?…お姉さん?…」

 「…葉問が、私を守ったことさ…」

 「…それが、一体、どうしたの?…」

 「…あの場で、葉問が、私を守るということは、それが、台北筆頭の利益に繋がるからさ…」

 「…」

 「…葉問は、たしかに、私を守ったように、見えるかもしれんが、ホントは、アイツは、自分の身を守ったのさ…」

 「…自分の身を守る? …どういう意味?…」

 「…私を守ることは、台北筆頭を守ることさ…そして、それは、葉敬に気に入られることさ…葉敬に気に入られれば、葉問は、自分の存在が、許される…だからさ…」

 「…お姉さん…そんな…」

 「…そんなも、こんなも、ないさ…これが、真実…真実さ…」

 私は、言った…

 「…なにが、私の白馬の騎士さ…所詮は、自分のことしか、考えられん男さ…」

 私は、言った…

 言ったのだ…

 すると、どうだ?

 リンダが、落胆した…

 落胆=落ち込んだのだ…

 「…どうした? …リンダ?…」

 「…葉問が、可哀そう…」

 「…どうして、可哀そうなんだ?…」

 「…あんなに、お姉さんを好きなのに…」

 「…私を、好き? …ウソを言うな…あの男は、自分を好きなのさ…」

 「…自分を好き?…」

 「…そうさ…あの男の行動原理は、すべて、自分の保身さ…」

 私は、言った…

 言い切った…

 「…あの男は、以前、私の前で、葉尊の心の傷が癒えれば、自分は、いつ、消えてもいいと、断言した…私は、そのときから、あの男は、信用できんヤツだと、思ったのさ…」

 「…どうして、そう思ったの? …お姉さん?…」

 「…どうしてだと?…」

 私は、再び、怒鳴った…

 「…どうしても、こうしても、あるか! …自分が、消えるということは、この世から、いなくなるということさ…それを、あんなに、軽く言えるわけはないさ!…」

 「…」

 「…だから、私は、あの葉問を信用できないのさ…」

 私は、力を込めた…

 力を込めて、断言した…

 すると、リンダが、言った…

 「…お姉さんが、可哀そう…」

 と、言ったのだ…

 「…私が、可哀そうだと? …どういう意味だ?…」

 「…葉問が、お姉さんを、あんなに好きなのに、そのお姉さんは、葉問をそんなふうにしか、見れないなんて…」

 「…そんなふうも、こんなふうも、あるか! …あの男は、自分が、一番…一番大事な男さ…リンダ…オマエは、あの葉問に騙されているのさ…」

 「…私が、葉問に騙されている?…」

 「…そうさ…あの葉問は、たしかに、少しばかり、いい男さ…だから、オマエは、その外見に、騙されているのさ…」

 「…そんな…」

 「…リンダ…オマエは、まだ29歳さ…だが、私は、35歳さ…オマエより、6年長く生きているさ…当然、オマエよりも、多くの人間を見てきたさ…その私が、言うのさ…あの男は、ダメさ…ダメな男さ…」

 私は、いつしか、いつものように、腕を組み、少しばかり、足を開いて、威厳を出しながら、鼻息荒く言った…

 クルマの後部座席に、リンダと並んで、座っているが、それは、変わらんかった…

 変わらんかったのだ…

 そして、なだめるように、

 「…リンダ…オマエもハリウッドのセックス・シンボルだ、なんだと、言われて、調子に乗っているが、それでは、ダメさ…もっと、男を見る目を、養わなくちゃ、ダメさ…」

 と、言ってやった…

 「…それが、できんようでは、ダメさ…男に、弄ばれて、一生を終えることになるさ…」

 私は、言った…

 力説した…

 すると、いつしか、リンダは、黙った…

 「…」

 と、黙って、なにも、言わなくなってしまった…

 …私は、これだから、この女は、ダメだ…

 と、思った…

 なまじ、ハリウッドのセックス・シンボルだ、なんだと、周囲から、持ち上げられてるから、ダメなんだと、思った…

 自尊心が、肥大化して、まともに、ひとの言うことを聞かなくなっている…

 常に、自分が、一番だと、思い込み、周囲の助言を、一切無視する…

 そういう女だと、思ったのだ…

 だから、もうこの女には、なにを、言っても、無駄だと、思った…

 この女には、なにを、言っても、届かない…

 そう、理解したのだ…

 この矢田トモコとて、仏ではない…

 菩薩ではない…

 だから、なにを、言っても、ダメな人間には、なにも、言わん…

 そういうことだ…

 「…お姉さんが、葉問を、そんなに嫌うなんて…」

 私の隣で、リンダが、落ち込んだ様子で言った…

 それを、見た、私は、さすがに、リンダが、可哀そうになった…

 だから、

 「…別に、葉問を、そこまで、嫌っていないさ…」

 と、少しばかり、リンダに寄り添う発言をした…

 「…嫌ってない? …でも…」

 「…リンダ…だから、いけないのさ…」

 「…お姉さん…どういう意味ですか?…」

 「…あの葉問は、オマエも知っている通り、少しばかり、いい男さ…だから、ダメさ…」

 「…だから、ダメ?…」

 「…そうさ…少しばかり、ルックスが、良く、性格も、良くは、ないが、決定的に、悪いとまでは、言えん…だから、女も、あの男に、惹かれる…あの男に、気を許す…」

 「…お姉さん…それは、どういう…」

 「…つまり、決定的な悪人じゃないのが、いけないのさ…」

 「…悪人じゃないのが、いけない?…」

 「…そうさ…誰が、見ても、悪人なら、少し付き合えば、それが、わかるから、女も離れる…だから、いいのさ…」

 「…」

 「…でも、葉問は、そこまでは、悪くない…だから、女も気付かない…女も、あの葉問に、気を許す…だから、いけないのさ…」

 私は、断言した…

 「…いいか、リンダ…よく、聞け…」

 「…ハイ…」

 「…オマエが、まだ、二十歳の小娘なら、いいさ…」

 「…どう、いいんですか?…」

 「…世間も、大目に見る…」

 「…世間?…」

 「…そうさ…まだ、右も、左も、わからない小娘だと、思って、まだ男を見る目がないと、許す…」

 「…」

 「…だが、オマエは、すでに、29歳…おまけに、ハリウッドのセックス・シンボルとして、世界中に知られた女だ…そんな女が、葉問に騙されてみろ…なんだ、あの女は…あんなに、男を見る目が、ないのか? と、世間に、笑われるゾ…」

 「…」

 「…しかも、だ…オマエは、女優だ…いわば、人気商売だ…だから、余計にタチが悪い…」

 「…どう、悪いんですか?…」

 「…仕事に、影響する…」

 「…どう、影響するんですか?…」

 「…あんなに男を、見る目がない女だと、世間に、笑われ、人気が、急落する…私は、それを、心配してやってるのさ…」

 私は、力を込めて、言った…

 ありったけの力を込めて、言ったのだ…

 鼻息を荒くして、言ったのだ…

 すると、

 リンダも黙った…

 「…」

 と、なにも、言わんかった…

 だから、私も、ようやく、リンダも、私の気持ちが、わかってくれたと、思った…

 このリンダ・ヘイワースも、ようやく、私の気持ちが、わかってくれたと、思った…

 思えば、このリンダも、悪い女ではない…

 いつも、私によくしてくれた…

 ただ、どうにも、葉問のことだけは、ダメだった…

 あの葉問に、関しては、なにを、言っても、ダメだった…

 つまりは、このリンダが、それほど、葉問に、惚れてると、いうことだった…

 それほど、あの葉問を好きだということだった…

 性同一性障害で、中身は、男だ、なんだと、言っているが、例外的に、葉問だけは、好きだった…

 だから、ホントに、リンダが、性同一性障害か?と、疑うところだが、他の男に、色目を使ったのも、見たことは、ないし、こればかりは、ウソか、ホントか、わからんかった…

 ただ、このリンダが、葉問を好きなのは、事実だった…

 おそらくは、それは、似た者同士だったから、かもしれん…

 リンダが、中身が、男と、告白しているように、あの葉問も、ホントは、存在しない…

 あの葉問は、私の夫、葉尊の別人格…

 葉尊のもう一つの人格だ…

 幼い葉尊のいたずらで、一卵性双生児の弟の葉問が、事故死した…

 それにショックを受けた葉尊が、自分の中に、無意識に作り出したのが、葉問…

 つまりは、葉尊は、自分のせいで、亡くなった葉問を、自分の中に、蘇らせたのだ…

 だから、葉問は、本当は、この世の中に、存在しない存在…

 そして、性同一性障害と、告白したリンダは、中身は、男…

 だから、正確に言えば、リンダ・ヘイワースは、存在しない…

 ハリウッドのセックス・シンボル…リンダ・ヘイワースは、当然のことながら、女…

 それが、中身=性格が、男では、存在しない…

 存在しない=ありえない、からだ…

 だから、二人は、似た者同士…

 葉問も、リンダも、共に、本来は、存在しない、幽霊のようなものだからだ…

 だから、同病相憐れむの例えのように、互いに、心が、通じ合うというか…

 互いに、惹かれたと、思った…

 だから、葉問の欠点に気付かない…

 惚れてるゆえに、葉問の欠点を少な目に、見ると、思ったのだ…

 そう思えば、このリンダも、哀れな女だった…

 そう考えれば、このリンダも、同情の余地があった…

 そう、思ったのだ…

 そして、私が、そう思っていると、このリンダが、

 「…お姉さんも、葉問が、好きなのね…」

 と、ポツリと呟いた…

 呟いたのだ…

 私は、仰天した…

 いや

 動転した…

               
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