第154話
文字数 5,325文字
騒動は、終わった…
騒動は、終息した…
私は、葉敬あるいは、葉尊が、迎えによこしたクルマで、リンダと共に、帰った…
車中で、リンダが、
「…とにかく、よかった…」
と、言ったが、私は、なにも、言わんかった…
「…」
と、なにも、答えんかった…
なにやら、釈然としない…
そんな感じだった…
結局は、今回の騒動は、マリアの通う、セレブの保育園を舞台にした、サウジアラビア内部の権力闘争だった…
現国王と対立した、腹違いの弟のアムンゼンが、国王の息子で、甥のオスマンと、組んで、国王の地位を奪取する…
その過程で、起きた、権力闘争だった…
そして、この矢田は、そんな権力闘争に巻き込まれた…
それが、嫌だった…
嫌だったのだ…
だから、仏頂面だった…
だから、不機嫌な仏頂面だったのだ…
私のそんな仏頂面を見て、
「…あら…お姉さん…なに、その顔?…」
と、リンダが、私をからかった…
「…随分、嬉しそうな顔をして…」
と、わざと、私の表情と、真逆なことを、言った…
だから、余計に、私の怒りが、爆発した…
爆発したのだ…
「…不愉快さ…」
私は、言った…
「…メチャクチャ、不愉快さ…」
私は、言った…
「…お姉さん…どうして、そんなに不愉快なの?…」
リンダが、からかうように、聞く…
「…それは、私が、利用されたからさ…」
「…利用? …どう、利用されたの?…」
「…マリアさ…」
「…マリアが、どうか、したの?…」
「…リンダ…オマエ、マリアが、あのアムンゼンのお気に入りだと、知って、わざと、私を、あの保育園に関わせようと、しただろ?…」
私が、舌鋒鋭く、言った…
すると、リンダは、
「…」
と、なにも、言わんかった…
だから、
「…オマエ、私が、なにも、気付いてないと、思ったのか?…」
と、畳みかけた…
追い打ちをかけた…
「…リンダ…オマエは、最初から、私を利用しようとしただろ?…」
「…どう、利用しようとしたの?…」
「…あのアムンゼンは、マリアが、お気に入り…そして、マリアは、私を、気に入っている…だから、私が、マリアに言えば、マリアを、動かせる…」
「…」
「…だから、リンダ…オマエは、バニラに対して、マリアが、保育園でいじめられているという作り話を、私にして、あのセレブの保育園に、潜入させようとした…関わらせようとした…違うか?…」
私は、頭に来て、ぶっちゃけた…
それまで、漠然と、思っていたが、口にせんことを、ぶっちゃけた…
途端に、リンダの顔色が、変わった…
面白いように、変わった…
「…お姉さん…いつ、気付いたの?…」
「…葉問さ…」
「…葉問…」
「…そうさ…」
「…どうして、葉問なの?…」
「…葉問が、私を助けようとしたからさ…」
「…それが、一体、どうしたの?…」
「…オマエ…葉尊が、忙しいことが、わからんのか?…」
いきなり、私は、怒鳴った…
怒鳴ったのだ…
それまでの、不満が、一気に爆発したのだ…
「…葉問が、あの場に現れたということは、葉尊は、会社にいないということさ…いわば、クールよりも、あの場に現れることを、優先したわけさ…」
「…」
「…ということは、どうだ? …当然、父親の葉敬の許可を取っている可能性も大だ…つまりは、クールよりも、あのセレブの保育園を優先したわけだ…違うか?…」
「…」
「…つまりは、葉尊にとっては、クールCEОとしての仕事よりも、葉問が、あのセレブの保育園に現れることが、必要だったと、いうわけさ…だから、気付いたのさ…」
私は、言った…
言ったのだ…
「…リンダ…オマエは、葉問のことを、私の白馬の騎士だ、なんだと、持ち上げたが、アレは、ウソさ…」
「…ウソ? …どうして、ウソなの?…」
「…だって、考えて見ろ…」
「…なにを、考えるの?…お姉さん?…」
「…葉問が、私を守ったことさ…」
「…それが、一体、どうしたの?…」
「…あの場で、葉問が、私を守るということは、それが、台北筆頭の利益に繋がるからさ…」
「…」
「…葉問は、たしかに、私を守ったように、見えるかもしれんが、ホントは、アイツは、自分の身を守ったのさ…」
「…自分の身を守る? …どういう意味?…」
「…私を守ることは、台北筆頭を守ることさ…そして、それは、葉敬に気に入られることさ…葉敬に気に入られれば、葉問は、自分の存在が、許される…だからさ…」
「…お姉さん…そんな…」
「…そんなも、こんなも、ないさ…これが、真実…真実さ…」
私は、言った…
「…なにが、私の白馬の騎士さ…所詮は、自分のことしか、考えられん男さ…」
私は、言った…
言ったのだ…
すると、どうだ?
リンダが、落胆した…
落胆=落ち込んだのだ…
「…どうした? …リンダ?…」
「…葉問が、可哀そう…」
「…どうして、可哀そうなんだ?…」
「…あんなに、お姉さんを好きなのに…」
「…私を、好き? …ウソを言うな…あの男は、自分を好きなのさ…」
「…自分を好き?…」
「…そうさ…あの男の行動原理は、すべて、自分の保身さ…」
私は、言った…
言い切った…
「…あの男は、以前、私の前で、葉尊の心の傷が癒えれば、自分は、いつ、消えてもいいと、断言した…私は、そのときから、あの男は、信用できんヤツだと、思ったのさ…」
「…どうして、そう思ったの? …お姉さん?…」
「…どうしてだと?…」
私は、再び、怒鳴った…
「…どうしても、こうしても、あるか! …自分が、消えるということは、この世から、いなくなるということさ…それを、あんなに、軽く言えるわけはないさ!…」
「…」
「…だから、私は、あの葉問を信用できないのさ…」
私は、力を込めた…
力を込めて、断言した…
すると、リンダが、言った…
「…お姉さんが、可哀そう…」
と、言ったのだ…
「…私が、可哀そうだと? …どういう意味だ?…」
「…葉問が、お姉さんを、あんなに好きなのに、そのお姉さんは、葉問をそんなふうにしか、見れないなんて…」
「…そんなふうも、こんなふうも、あるか! …あの男は、自分が、一番…一番大事な男さ…リンダ…オマエは、あの葉問に騙されているのさ…」
「…私が、葉問に騙されている?…」
「…そうさ…あの葉問は、たしかに、少しばかり、いい男さ…だから、オマエは、その外見に、騙されているのさ…」
「…そんな…」
「…リンダ…オマエは、まだ29歳さ…だが、私は、35歳さ…オマエより、6年長く生きているさ…当然、オマエよりも、多くの人間を見てきたさ…その私が、言うのさ…あの男は、ダメさ…ダメな男さ…」
私は、いつしか、いつものように、腕を組み、少しばかり、足を開いて、威厳を出しながら、鼻息荒く言った…
クルマの後部座席に、リンダと並んで、座っているが、それは、変わらんかった…
変わらんかったのだ…
そして、なだめるように、
「…リンダ…オマエもハリウッドのセックス・シンボルだ、なんだと、言われて、調子に乗っているが、それでは、ダメさ…もっと、男を見る目を、養わなくちゃ、ダメさ…」
と、言ってやった…
「…それが、できんようでは、ダメさ…男に、弄ばれて、一生を終えることになるさ…」
私は、言った…
力説した…
すると、いつしか、リンダは、黙った…
「…」
と、黙って、なにも、言わなくなってしまった…
…私は、これだから、この女は、ダメだ…
と、思った…
なまじ、ハリウッドのセックス・シンボルだ、なんだと、周囲から、持ち上げられてるから、ダメなんだと、思った…
自尊心が、肥大化して、まともに、ひとの言うことを聞かなくなっている…
常に、自分が、一番だと、思い込み、周囲の助言を、一切無視する…
そういう女だと、思ったのだ…
だから、もうこの女には、なにを、言っても、無駄だと、思った…
この女には、なにを、言っても、届かない…
そう、理解したのだ…
この矢田トモコとて、仏ではない…
菩薩ではない…
だから、なにを、言っても、ダメな人間には、なにも、言わん…
そういうことだ…
「…お姉さんが、葉問を、そんなに嫌うなんて…」
私の隣で、リンダが、落ち込んだ様子で言った…
それを、見た、私は、さすがに、リンダが、可哀そうになった…
だから、
「…別に、葉問を、そこまで、嫌っていないさ…」
と、少しばかり、リンダに寄り添う発言をした…
「…嫌ってない? …でも…」
「…リンダ…だから、いけないのさ…」
「…お姉さん…どういう意味ですか?…」
「…あの葉問は、オマエも知っている通り、少しばかり、いい男さ…だから、ダメさ…」
「…だから、ダメ?…」
「…そうさ…少しばかり、ルックスが、良く、性格も、良くは、ないが、決定的に、悪いとまでは、言えん…だから、女も、あの男に、惹かれる…あの男に、気を許す…」
「…お姉さん…それは、どういう…」
「…つまり、決定的な悪人じゃないのが、いけないのさ…」
「…悪人じゃないのが、いけない?…」
「…そうさ…誰が、見ても、悪人なら、少し付き合えば、それが、わかるから、女も離れる…だから、いいのさ…」
「…」
「…でも、葉問は、そこまでは、悪くない…だから、女も気付かない…女も、あの葉問に、気を許す…だから、いけないのさ…」
私は、断言した…
「…いいか、リンダ…よく、聞け…」
「…ハイ…」
「…オマエが、まだ、二十歳の小娘なら、いいさ…」
「…どう、いいんですか?…」
「…世間も、大目に見る…」
「…世間?…」
「…そうさ…まだ、右も、左も、わからない小娘だと、思って、まだ男を見る目がないと、許す…」
「…」
「…だが、オマエは、すでに、29歳…おまけに、ハリウッドのセックス・シンボルとして、世界中に知られた女だ…そんな女が、葉問に騙されてみろ…なんだ、あの女は…あんなに、男を見る目が、ないのか? と、世間に、笑われるゾ…」
「…」
「…しかも、だ…オマエは、女優だ…いわば、人気商売だ…だから、余計にタチが悪い…」
「…どう、悪いんですか?…」
「…仕事に、影響する…」
「…どう、影響するんですか?…」
「…あんなに男を、見る目がない女だと、世間に、笑われ、人気が、急落する…私は、それを、心配してやってるのさ…」
私は、力を込めて、言った…
ありったけの力を込めて、言ったのだ…
鼻息を荒くして、言ったのだ…
すると、
リンダも黙った…
「…」
と、なにも、言わんかった…
だから、私も、ようやく、リンダも、私の気持ちが、わかってくれたと、思った…
このリンダ・ヘイワースも、ようやく、私の気持ちが、わかってくれたと、思った…
思えば、このリンダも、悪い女ではない…
いつも、私によくしてくれた…
ただ、どうにも、葉問のことだけは、ダメだった…
あの葉問に、関しては、なにを、言っても、ダメだった…
つまりは、このリンダが、それほど、葉問に、惚れてると、いうことだった…
それほど、あの葉問を好きだということだった…
性同一性障害で、中身は、男だ、なんだと、言っているが、例外的に、葉問だけは、好きだった…
だから、ホントに、リンダが、性同一性障害か?と、疑うところだが、他の男に、色目を使ったのも、見たことは、ないし、こればかりは、ウソか、ホントか、わからんかった…
ただ、このリンダが、葉問を好きなのは、事実だった…
おそらくは、それは、似た者同士だったから、かもしれん…
リンダが、中身が、男と、告白しているように、あの葉問も、ホントは、存在しない…
あの葉問は、私の夫、葉尊の別人格…
葉尊のもう一つの人格だ…
幼い葉尊のいたずらで、一卵性双生児の弟の葉問が、事故死した…
それにショックを受けた葉尊が、自分の中に、無意識に作り出したのが、葉問…
つまりは、葉尊は、自分のせいで、亡くなった葉問を、自分の中に、蘇らせたのだ…
だから、葉問は、本当は、この世の中に、存在しない存在…
そして、性同一性障害と、告白したリンダは、中身は、男…
だから、正確に言えば、リンダ・ヘイワースは、存在しない…
ハリウッドのセックス・シンボル…リンダ・ヘイワースは、当然のことながら、女…
それが、中身=性格が、男では、存在しない…
存在しない=ありえない、からだ…
だから、二人は、似た者同士…
葉問も、リンダも、共に、本来は、存在しない、幽霊のようなものだからだ…
だから、同病相憐れむの例えのように、互いに、心が、通じ合うというか…
互いに、惹かれたと、思った…
だから、葉問の欠点に気付かない…
惚れてるゆえに、葉問の欠点を少な目に、見ると、思ったのだ…
そう思えば、このリンダも、哀れな女だった…
そう考えれば、このリンダも、同情の余地があった…
そう、思ったのだ…
そして、私が、そう思っていると、このリンダが、
「…お姉さんも、葉問が、好きなのね…」
と、ポツリと呟いた…
呟いたのだ…
私は、仰天した…
いや
動転した…
騒動は、終息した…
私は、葉敬あるいは、葉尊が、迎えによこしたクルマで、リンダと共に、帰った…
車中で、リンダが、
「…とにかく、よかった…」
と、言ったが、私は、なにも、言わんかった…
「…」
と、なにも、答えんかった…
なにやら、釈然としない…
そんな感じだった…
結局は、今回の騒動は、マリアの通う、セレブの保育園を舞台にした、サウジアラビア内部の権力闘争だった…
現国王と対立した、腹違いの弟のアムンゼンが、国王の息子で、甥のオスマンと、組んで、国王の地位を奪取する…
その過程で、起きた、権力闘争だった…
そして、この矢田は、そんな権力闘争に巻き込まれた…
それが、嫌だった…
嫌だったのだ…
だから、仏頂面だった…
だから、不機嫌な仏頂面だったのだ…
私のそんな仏頂面を見て、
「…あら…お姉さん…なに、その顔?…」
と、リンダが、私をからかった…
「…随分、嬉しそうな顔をして…」
と、わざと、私の表情と、真逆なことを、言った…
だから、余計に、私の怒りが、爆発した…
爆発したのだ…
「…不愉快さ…」
私は、言った…
「…メチャクチャ、不愉快さ…」
私は、言った…
「…お姉さん…どうして、そんなに不愉快なの?…」
リンダが、からかうように、聞く…
「…それは、私が、利用されたからさ…」
「…利用? …どう、利用されたの?…」
「…マリアさ…」
「…マリアが、どうか、したの?…」
「…リンダ…オマエ、マリアが、あのアムンゼンのお気に入りだと、知って、わざと、私を、あの保育園に関わせようと、しただろ?…」
私が、舌鋒鋭く、言った…
すると、リンダは、
「…」
と、なにも、言わんかった…
だから、
「…オマエ、私が、なにも、気付いてないと、思ったのか?…」
と、畳みかけた…
追い打ちをかけた…
「…リンダ…オマエは、最初から、私を利用しようとしただろ?…」
「…どう、利用しようとしたの?…」
「…あのアムンゼンは、マリアが、お気に入り…そして、マリアは、私を、気に入っている…だから、私が、マリアに言えば、マリアを、動かせる…」
「…」
「…だから、リンダ…オマエは、バニラに対して、マリアが、保育園でいじめられているという作り話を、私にして、あのセレブの保育園に、潜入させようとした…関わらせようとした…違うか?…」
私は、頭に来て、ぶっちゃけた…
それまで、漠然と、思っていたが、口にせんことを、ぶっちゃけた…
途端に、リンダの顔色が、変わった…
面白いように、変わった…
「…お姉さん…いつ、気付いたの?…」
「…葉問さ…」
「…葉問…」
「…そうさ…」
「…どうして、葉問なの?…」
「…葉問が、私を助けようとしたからさ…」
「…それが、一体、どうしたの?…」
「…オマエ…葉尊が、忙しいことが、わからんのか?…」
いきなり、私は、怒鳴った…
怒鳴ったのだ…
それまでの、不満が、一気に爆発したのだ…
「…葉問が、あの場に現れたということは、葉尊は、会社にいないということさ…いわば、クールよりも、あの場に現れることを、優先したわけさ…」
「…」
「…ということは、どうだ? …当然、父親の葉敬の許可を取っている可能性も大だ…つまりは、クールよりも、あのセレブの保育園を優先したわけだ…違うか?…」
「…」
「…つまりは、葉尊にとっては、クールCEОとしての仕事よりも、葉問が、あのセレブの保育園に現れることが、必要だったと、いうわけさ…だから、気付いたのさ…」
私は、言った…
言ったのだ…
「…リンダ…オマエは、葉問のことを、私の白馬の騎士だ、なんだと、持ち上げたが、アレは、ウソさ…」
「…ウソ? …どうして、ウソなの?…」
「…だって、考えて見ろ…」
「…なにを、考えるの?…お姉さん?…」
「…葉問が、私を守ったことさ…」
「…それが、一体、どうしたの?…」
「…あの場で、葉問が、私を守るということは、それが、台北筆頭の利益に繋がるからさ…」
「…」
「…葉問は、たしかに、私を守ったように、見えるかもしれんが、ホントは、アイツは、自分の身を守ったのさ…」
「…自分の身を守る? …どういう意味?…」
「…私を守ることは、台北筆頭を守ることさ…そして、それは、葉敬に気に入られることさ…葉敬に気に入られれば、葉問は、自分の存在が、許される…だからさ…」
「…お姉さん…そんな…」
「…そんなも、こんなも、ないさ…これが、真実…真実さ…」
私は、言った…
「…なにが、私の白馬の騎士さ…所詮は、自分のことしか、考えられん男さ…」
私は、言った…
言ったのだ…
すると、どうだ?
リンダが、落胆した…
落胆=落ち込んだのだ…
「…どうした? …リンダ?…」
「…葉問が、可哀そう…」
「…どうして、可哀そうなんだ?…」
「…あんなに、お姉さんを好きなのに…」
「…私を、好き? …ウソを言うな…あの男は、自分を好きなのさ…」
「…自分を好き?…」
「…そうさ…あの男の行動原理は、すべて、自分の保身さ…」
私は、言った…
言い切った…
「…あの男は、以前、私の前で、葉尊の心の傷が癒えれば、自分は、いつ、消えてもいいと、断言した…私は、そのときから、あの男は、信用できんヤツだと、思ったのさ…」
「…どうして、そう思ったの? …お姉さん?…」
「…どうしてだと?…」
私は、再び、怒鳴った…
「…どうしても、こうしても、あるか! …自分が、消えるということは、この世から、いなくなるということさ…それを、あんなに、軽く言えるわけはないさ!…」
「…」
「…だから、私は、あの葉問を信用できないのさ…」
私は、力を込めた…
力を込めて、断言した…
すると、リンダが、言った…
「…お姉さんが、可哀そう…」
と、言ったのだ…
「…私が、可哀そうだと? …どういう意味だ?…」
「…葉問が、お姉さんを、あんなに好きなのに、そのお姉さんは、葉問をそんなふうにしか、見れないなんて…」
「…そんなふうも、こんなふうも、あるか! …あの男は、自分が、一番…一番大事な男さ…リンダ…オマエは、あの葉問に騙されているのさ…」
「…私が、葉問に騙されている?…」
「…そうさ…あの葉問は、たしかに、少しばかり、いい男さ…だから、オマエは、その外見に、騙されているのさ…」
「…そんな…」
「…リンダ…オマエは、まだ29歳さ…だが、私は、35歳さ…オマエより、6年長く生きているさ…当然、オマエよりも、多くの人間を見てきたさ…その私が、言うのさ…あの男は、ダメさ…ダメな男さ…」
私は、いつしか、いつものように、腕を組み、少しばかり、足を開いて、威厳を出しながら、鼻息荒く言った…
クルマの後部座席に、リンダと並んで、座っているが、それは、変わらんかった…
変わらんかったのだ…
そして、なだめるように、
「…リンダ…オマエもハリウッドのセックス・シンボルだ、なんだと、言われて、調子に乗っているが、それでは、ダメさ…もっと、男を見る目を、養わなくちゃ、ダメさ…」
と、言ってやった…
「…それが、できんようでは、ダメさ…男に、弄ばれて、一生を終えることになるさ…」
私は、言った…
力説した…
すると、いつしか、リンダは、黙った…
「…」
と、黙って、なにも、言わなくなってしまった…
…私は、これだから、この女は、ダメだ…
と、思った…
なまじ、ハリウッドのセックス・シンボルだ、なんだと、周囲から、持ち上げられてるから、ダメなんだと、思った…
自尊心が、肥大化して、まともに、ひとの言うことを聞かなくなっている…
常に、自分が、一番だと、思い込み、周囲の助言を、一切無視する…
そういう女だと、思ったのだ…
だから、もうこの女には、なにを、言っても、無駄だと、思った…
この女には、なにを、言っても、届かない…
そう、理解したのだ…
この矢田トモコとて、仏ではない…
菩薩ではない…
だから、なにを、言っても、ダメな人間には、なにも、言わん…
そういうことだ…
「…お姉さんが、葉問を、そんなに嫌うなんて…」
私の隣で、リンダが、落ち込んだ様子で言った…
それを、見た、私は、さすがに、リンダが、可哀そうになった…
だから、
「…別に、葉問を、そこまで、嫌っていないさ…」
と、少しばかり、リンダに寄り添う発言をした…
「…嫌ってない? …でも…」
「…リンダ…だから、いけないのさ…」
「…お姉さん…どういう意味ですか?…」
「…あの葉問は、オマエも知っている通り、少しばかり、いい男さ…だから、ダメさ…」
「…だから、ダメ?…」
「…そうさ…少しばかり、ルックスが、良く、性格も、良くは、ないが、決定的に、悪いとまでは、言えん…だから、女も、あの男に、惹かれる…あの男に、気を許す…」
「…お姉さん…それは、どういう…」
「…つまり、決定的な悪人じゃないのが、いけないのさ…」
「…悪人じゃないのが、いけない?…」
「…そうさ…誰が、見ても、悪人なら、少し付き合えば、それが、わかるから、女も離れる…だから、いいのさ…」
「…」
「…でも、葉問は、そこまでは、悪くない…だから、女も気付かない…女も、あの葉問に、気を許す…だから、いけないのさ…」
私は、断言した…
「…いいか、リンダ…よく、聞け…」
「…ハイ…」
「…オマエが、まだ、二十歳の小娘なら、いいさ…」
「…どう、いいんですか?…」
「…世間も、大目に見る…」
「…世間?…」
「…そうさ…まだ、右も、左も、わからない小娘だと、思って、まだ男を見る目がないと、許す…」
「…」
「…だが、オマエは、すでに、29歳…おまけに、ハリウッドのセックス・シンボルとして、世界中に知られた女だ…そんな女が、葉問に騙されてみろ…なんだ、あの女は…あんなに、男を見る目が、ないのか? と、世間に、笑われるゾ…」
「…」
「…しかも、だ…オマエは、女優だ…いわば、人気商売だ…だから、余計にタチが悪い…」
「…どう、悪いんですか?…」
「…仕事に、影響する…」
「…どう、影響するんですか?…」
「…あんなに男を、見る目がない女だと、世間に、笑われ、人気が、急落する…私は、それを、心配してやってるのさ…」
私は、力を込めて、言った…
ありったけの力を込めて、言ったのだ…
鼻息を荒くして、言ったのだ…
すると、
リンダも黙った…
「…」
と、なにも、言わんかった…
だから、私も、ようやく、リンダも、私の気持ちが、わかってくれたと、思った…
このリンダ・ヘイワースも、ようやく、私の気持ちが、わかってくれたと、思った…
思えば、このリンダも、悪い女ではない…
いつも、私によくしてくれた…
ただ、どうにも、葉問のことだけは、ダメだった…
あの葉問に、関しては、なにを、言っても、ダメだった…
つまりは、このリンダが、それほど、葉問に、惚れてると、いうことだった…
それほど、あの葉問を好きだということだった…
性同一性障害で、中身は、男だ、なんだと、言っているが、例外的に、葉問だけは、好きだった…
だから、ホントに、リンダが、性同一性障害か?と、疑うところだが、他の男に、色目を使ったのも、見たことは、ないし、こればかりは、ウソか、ホントか、わからんかった…
ただ、このリンダが、葉問を好きなのは、事実だった…
おそらくは、それは、似た者同士だったから、かもしれん…
リンダが、中身が、男と、告白しているように、あの葉問も、ホントは、存在しない…
あの葉問は、私の夫、葉尊の別人格…
葉尊のもう一つの人格だ…
幼い葉尊のいたずらで、一卵性双生児の弟の葉問が、事故死した…
それにショックを受けた葉尊が、自分の中に、無意識に作り出したのが、葉問…
つまりは、葉尊は、自分のせいで、亡くなった葉問を、自分の中に、蘇らせたのだ…
だから、葉問は、本当は、この世の中に、存在しない存在…
そして、性同一性障害と、告白したリンダは、中身は、男…
だから、正確に言えば、リンダ・ヘイワースは、存在しない…
ハリウッドのセックス・シンボル…リンダ・ヘイワースは、当然のことながら、女…
それが、中身=性格が、男では、存在しない…
存在しない=ありえない、からだ…
だから、二人は、似た者同士…
葉問も、リンダも、共に、本来は、存在しない、幽霊のようなものだからだ…
だから、同病相憐れむの例えのように、互いに、心が、通じ合うというか…
互いに、惹かれたと、思った…
だから、葉問の欠点に気付かない…
惚れてるゆえに、葉問の欠点を少な目に、見ると、思ったのだ…
そう思えば、このリンダも、哀れな女だった…
そう考えれば、このリンダも、同情の余地があった…
そう、思ったのだ…
そして、私が、そう思っていると、このリンダが、
「…お姉さんも、葉問が、好きなのね…」
と、ポツリと呟いた…
呟いたのだ…
私は、仰天した…
いや
動転した…