第148話

文字数 4,948文字

 「…終わったな…」

 突然、オスマンが、言った…

 「…終わった? …なにが?…」

 リンダが、聞く。

 「…今度の一件すべてさ…」

 オスマンが、答えた…

 「…今度の一件のすべては、サウジの…いや、アラブ世界の将来だ…アラブ世界の命綱は、原油…石油だ…が、いずれは、その石油は、枯渇する…だから、石油が、枯渇する前に、先進国の技術を盗むというと、言葉は、悪いが、先進国の技術を、導入して、いずれは、サウジも、先進国の仲間入りを、果たす…それが、兄貴の悲願だった…」

 「…」

 「…だから、その手始めに、台北筆頭に狙いを定めた…台北筆頭を手にすれば、日本のクールも、手に入る…まさに、一石二鳥だからだ…株式も、他の大手に比べて、割安…最初に手に入れるには、最適だった…」

 「…」

 「…だが、誤算があった…」

 「…誤算って、ひょっとして、マリアのこと?…」

 リンダが、聞く…

 「…そうだ…兄貴が、あのマリアに惚れちまった…だから、どうなるかと、思ったが、たった今、リンダ…オマエも見たように、兄貴は、呆気なく、マリアに振られた…だから、本人も、踏ん切りが、ついたと、思う…安心して、台北筆頭の買収に、手をかけるんじゃ、ないか?…」

 オスマンが、断言した…

 たしかに、オスマンの言うことは、わかる…

 どうしても、買収相手に、自分が、好きな女が、いては、困る…

 当然、相手が、買収に反対するからだ…

 が、

 今回のように、買収相手の娘にフラれれば、容赦はないと言うか…

 非情になれる…

 もはや、相手の感情を気にすることなく、台北筆頭を、買収することが、できる…

 そういうことだ…

 だから、オスマンが、言うように、

 「…終わった…」

 と、いう言葉も、よくわかる…

 これからは、容赦なく、台北筆頭を買収できるということだろう…

 台北筆頭=CEОの葉敬も、必死になって、買収防衛に走るだろうが、たぶん、抵抗は、無理…

 力が、違い過ぎる…

 サウジアラビアという国家と、台湾の一企業…

 いかに、台湾の大企業でも、どうにか、なる話では、あるまい…

 私は、思った…

 そして、そんなことを、考えながら、ファラドを見た…

 眼前の小人症のファラドを見た…

 …やはり、このファラドを取り込んで、おかねば、なるまい…

 ふと、思った…

 この先、台北筆頭も、どうなるか、わからん…

 クールも、どうなるか、わからん…

 と、言うことは、どうだ?

 この矢田トモコも、この先、どうなるか、わからんということだ…

 ここは、一発、実力者のファラドに近付くに限る…

 実力者のファラドのご機嫌を取るに、限るのだ…

 そう思った私は、すぐに行動を移した…

 目の前のファラドにいち早く、近付いた…

 「…ファラド…男のくせに、メソメソするんじゃないさ…」

 私は、言った…

 「…女は、マリアだけじゃない…星の数ほど、いるさ…」

 私は、そう言いながら、ポケットから、キットカットを出した…

 「…ファラド…これをやるから、元気を出せ…」

 私が、キットカットをファラドにやると、ファラドが、キットカットを見て、

 「…これは、マリアの大好物…」

 と、言って、いきなり、泣き出した…

 泣き出したのだ…

 私は、唖然とした…

 まさか、アラブの至宝が、こんなことで、泣き出すとは、思わんからだ…

 「…バカ、いきなり、泣き出すヤツが、いるか!…」

 私は、ファラドを叱った…

 「…それに、いい歳の大人が、泣くんじゃないさ…」

 私は、ファラドを叱った…

 大声で、叱ったのだ…

 「…女は、星の数ほど、いるさ…何度も、言わせるんじゃないさ…」

 私は、繰り返した…

 大声で、繰り返した…

 すると、どうだ?

 泣きはらした、ファラドが、キットカットを握り締めながら、

 「…矢田さん…」

 と、私の前にやって来た…

 「…なんだ?…」

 「…マリアの機嫌を、直して下さい…」

 「…マリアの機嫌を、直すだと? …どういうことだ?…」

 「…マリアは、強情です…一度、こうと決めたら、曲げません…もしかしたら、この先、ずっと、ボクと、口を利いて、くれないかも、しれません…」

 ファラドが、泣きながら、訴えた…

 「…口を利いてくれないだと?…」

 「…ハイ…」

 「…バカ、そんなことは、どうでも、いいことさ…」

 「…どうでも、よく、ありません…」

 「…バカ、どうでも、いいに、決まってるさ…」

 「…いえ、どうでも、よく、ありません…」

 ファラドが、必死になって、抗弁する…

 「…ファラド…」

 「…なんですか?…」

 「…サウジに、戻って、ハーレムでも、作れ…酒池肉林さ…オマエの力で、いい女を、いっぱい集めて、酒を飲んで、楽しめば、マリアのことなど、どうでも、よくなるさ…」

 私は、言ってやった…

 こんな保育園で、お子様を相手に、遊んでいるから、おかしくなるのさ…

 ファラドは、小人症だから、外見が、3歳に見えるが、本当は、30歳…

 だから、立派な大人だ…

 だから、本当は、ファラドの力で、サウジ国内で、美女を、いっぱい集めて、酒でも、飲んで、乱痴気騒ぎでも、すれば、マリアのことなど、忘れる…

 そう、思ったのだ…

 だから、言ってやった…

 が、

 ファラドは、私の言葉に、同意しなかった…

 反論した…

 「…そんなことは、もうとっくにしました…」

 「…なんだと?…」

 私は、驚いた…

 驚いたのだ…

 「…ボクは、金持ちです…おまけに、権力も、あります…だから、お金を積めば、どんな美女も、集めることが、できます…」

 そう、言いながら、ファラドは、リンダを見た…

 ハリウッドのセックス・シンボル、リンダ・ヘイワースを、見たのだ…

 「…その中には、リンダさんには、失礼ですが、リンダさんに、負けず劣らずの美女もいます…ただ、彼女たちは、世間的に、無名なだけです…」

 ファラドが、言った…

 私は、そのファラドの説明を信じた…

 ファラドの言う通りだと、思うからだ…

 これは、リンダには、言えんが、まさに、その通り…

 この日本でも、街を歩けば、ごく稀にだが、ビックリするような美人に会うことが、ある…

 が、

 その美人が、女優になったり、モデルになったり、することは、ない…

 大方というか、大抵が、その美貌を生かすことなく、平凡な人生を歩む…

 その美貌を生かすことが、できるのは、せいぜいが、学校や、職場で、美人だと、周囲から、チヤホヤされるだけ…

 それ以上の恩恵は、受けない…

 そんなものだ…

 だから、ハッキリ言えば、このリンダのような女は、別格…

 特別な女だ…

 自分の美貌を生かして、成功した…

 稀有の例だ…

 そんな人間は、滅多にいない…

 どんなに、美男美女に生まれようと、そのルックスを生かした仕事に就ける人間は、ごくわずか…

 さらに、そのルックスを生かして、成功した人間など、ほとんどいない…

 だから、なにが、違うのかと言えば、

 …運…

 では、ないか?

 私は、そう思う…

 これは、歌手も同じ…

 どんなにルックスが良く、歌が、うまくても、売れる人間は、ごく少数…

 さらに、売れ続ける人間は、数えるほど…

 だから、

 …運…

 だと、考えるのだ…

 さらにいえば、そう、考えれば、誰もが、納得する…

 変な話、テレビやネットを見て、

 「…あの女優さんならば、私の方が、キレイ…」

 とか、

 「…あの歌手ならば、オレの方が、カッコイイ…」

 とか、思う人が、男女を問わず、いるのが、普通だ…

 が、

 実際には、どうにもならない…

 これは、漫画でも、小説でも、同じ…

 このひとの漫画は、面白い…

 このひとの小説は、よく書けている…

 と、思っても、売れ続けて行くのは、至難の業(わざ)…

 大抵が、デビューしても、数年で、消えてしまう…

 そんなものだ…

 だから、残ったものは、ただ運がいい…

 そう考えれば、納得するし、成功しなかった自分自身を、運がなかったと、慰めることもできる…

 そんなものだ…

 私が、そんなことを、考えてると、

 「…でも、そんな美女たちの目的は、金であったり、権力であったり…」

 ファラドが、続けた…

 「…要するに、自分の欲望です…自分の欲望を満たすために、ボクのいいなりになる…」

 ファラドが、激白する…

 「…だから、それが、嫌で、酒池肉林は、止めました…ボクの持つ金や権力目当てに近付く人間と接するのは、止めました…」

 ファラドが、悲しげに、言った…

 「…だから、マリアが、好きなんです…」

 ファラドが、突然言った…

 「…マリアは、3歳です…だから、汚れてない…権力や金に執着しない…」

 「…」

 「…無論、マリアも、十年二十年経てば、変わるでしょう…金で、集めた女と、同じく、金や権力目当てになるかもしれません…でも、今は、違います…」

 ファラドが、力を込める…

 「…今は、違う…だから、ボクは、マリアが、好きなんです…マリアと離れたくないんです…」

 ファラドが、言って、号泣した…

 号泣したのだ…

 私が、あげた、キットカットを握り締めて、号泣したのだ…

 私は、なんて、言っていいのか、わからんかった…

 それは、リンダも、オスマンも、同じだった…

 なんと、ファラドに声をかけて、いいか、わからんかった…

 すると、どうだ?

 いきなり、ファラドが、再び、

 「…お願いです…矢田さん…」

 と、私に頭を下げた…

 「…マリアの機嫌を直して、下さい…」

 「…なんだと? …どうして、私が?…」

 「…矢田さんなら、できます…」

 「…私なら、できる?…」

 「…マリアは、矢田さんの言うことなら、聞きます…」

 「…私の言うことなら、聞く?…」

 「…そうです…」

 ファラドが、私をすがるように、見た…

 私は、考えた…

 たしかに、ファラドの言うことは、わかる…

 が、

 仮に、ファラトと、マリアの仲を取り持ったところで、この矢田には、なんの見返りもない…

 それに、気付いたのだ…

 だから、

 「…ファラド…」

 と、私は、呼んだ…

 つい、さっきまで、殿下と言っていたのが、いつのまにか、

 …ファラド…

 と、呼び捨てだった…

 もはや、完全に立場が、変わった…

 形勢逆転だった…

 「…だったら、私の見返りは、なんだ?…」

 「…矢田さんの見返り?…」

 「…そうさ…マリアの機嫌を、直すんだ…その見返りさ…」

 私が、言うと、ファラドは、考え込んだ…

 そして、しばらく考えてから、

 「…矢田さんの希望は、なんですか?…」

 と、真逆に、ファラドが、私に質問した…

 私は、考えた…

 正直に言って、希望と言われても、なにも、なかった…

 正直、金は、あるし、仮に、金がなくても、ここで、金を要求するのは、リンダも、オスマンもいるから、できない…

 他人の目があるから、できない…

 が、

 金以外というと、思いつかない…

 金以外に、なにが、欲しいと言われても、思いつかない…

 すると、つい、

 「…サウジの矢田…」

 と、いう言葉が、私の口から出た…

 自分でも、ビックリしたが、つい、出たのだ…

 「…サウジの矢田? …映画ですか?…」

 「…どうして、映画なんだ?…」

 「…アラビアのロレンスという映画が、あります…」

 「…そうか…」

 「…わかりました…マリアとの仲を修復してくれれば、サウジの矢田という映画を作りましょう…」

 「…映画を作る?…」

 実に、意外な展開だった…

 「…当然、主人公は、矢田さんです…それをアラブ世界で、上映しましょう…」

 ファラドが、言った…

 私は、考えた…

 …悪くない条件だ…

 サウジの矢田という映画が、ヒットすれば、ひょっとすると、このハリウッドのセックス・シンボルと、呼ばれたリンダ・ヘイワースと、肩を並べる存在になれるかも、しれん…

 私は、リンダを見ながら、考えた…

 このクソ生意気な女と肩を並べる有名人になれるかも、しれん…

 私は、思った…

 だから、それに気付いた私は、

 「…わかったさ…その条件を呑むさ…」

 と、言った…

 言ったのだ…

 サウジの矢田が、アラブ世界で、上映され、この矢田が、アラブ世界の有名人になる…

 その一歩手前の出来事だった…

 さらに言えば、この矢田トモコが、世界の有名人になる一歩手前の出来事だった…

               
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み