第20話

文字数 6,296文字

 …葉問か…

 私は、考えた…

 葉問は、夫の葉尊の別人格…

 いわば、葉尊が、表なら、葉問は、裏…

 真面目な企業経営者が、表の顔なら、裏の顔は、女好きのドンファン…

 そんな感じだ…

 いわば、ジキルとハイド…

 だが、葉尊と葉問は、立派な二重人格だった…

 葉尊が、表の顔なら、裏の顔が、葉問ということではなく、完全な別人格なのだ…

 つまりは、一つのカラダに、二人の人間が、共存しているのだ…

 二人は、完全な別人…

 決して、葉尊が、葉問を演じているのではない…

 葉問は、葉尊の双子の弟で、実際には、事故で、死んだ…

 原因は、葉尊だった…

 幼い葉尊は、そのことを、悔いている間に、自分の中に、葉問を作った…

 いわば、無意識の間に、もうひとりの自分を作り出した…

 それが、葉問だった…

 そして、私は、自分で言うのも、なんだが、ちょっぴり、葉問に憧れた…

 葉問は、夫の葉尊と違い、ちょっぴり危険な匂いがする…

 夫の葉尊と、違うワイルドな匂いがする…

 顔もカラダも同じなのに、実に不思議なことだ…

 同じルックスを持つにもかかわらず、心が違うから、完全な別人だった…

 だから、持っている雰囲気も違う…

 私は、今、それを思い出した…

 そして、それを思い出すと、私は、ちょっぴり、あの葉問との再会を期待した…

 あくまで、ちょっぴりだ…

 いかに、夫の葉尊と同じカラダを持つとはいえ、葉問と、私が、どうにか、なることはない…

 それは、ありえない…

 なぜなら、私は、葉尊の妻…

 いかに、葉尊と同じカラダを持つとは、いえ、葉問と、どうにか、なることは、ありえない…

 が、

 そうは、いうものの、やはり、あの葉問との再会を考えると、私の胸が高鳴った…

 私の大きな胸が高鳴ったのだ…

 おそらく、それに気付いたのだろう…

 「…ちょっと、お姉さん…なにを、ニヤニヤしているの?…」

 と、バニラが、聞いた…

 だから、私は、慌てて、

 「…なんでもない…なんでもないさ…」

 と、言った…

 「…お姉さん…なんでもないわけはないでしょ? …その顔…」

 と、バニラが突っ込んだ…

 「…きっと、お姉さんは、葉問のことを、考えているのよ…」

 と、リンダ…

 「…葉問のことって?…」

 「…このお姉さんは、葉問にホの字なの…憧れてるの…」

 リンダの言葉に、

 「…エッ?…」

 と、バニラが、驚いた…

 「…このお姉さんは、見かけによらず、案外、気が多いの…」

 リンダが、説明する…

 私は、リンダのその言葉に、頭に来た…

 「…リンダ…見かけによらずとは、なんだ?…」

 と、私は、怒った…

 「…私は、別に葉問のことを、どうにか、思っちゃいないさ…」

 「…ウソ!…」

 「…ウソじゃないさ…」

 私は、怒鳴った…

 「…ただ、ちょっとばかり、惹かれただけさ…」

 私は、付け加えた…

 すると、目の前の、リンダと、バニラが、顔を見合わせた…

 私は、頭に来た…

 「…な、なんだ、オマエたち、その顔は?…」

 「…その顔って?…」

 と、バニラ…

 「…オマエたち、二人とも、美人だからって、ひとを、バカにしちゃいかんゾ…」

 「…別にそんなつもりは…」

 と、リンダ…

 「…じゃ、どんなつもりなんだ?…」

 私が、突っ込むと、バニラが、

 「…じゃ、お姉さん…お姉さんこそ、どんなつもりなの? …お姉さんには、葉尊がいるでしょ?…」

 「…当り前さ…私は、葉尊の妻さ…ただ、今も言ったように、ちょっぴり、葉問に惹かれただけさ…」

 「…ちょっぴり、ね…」

 と、バニラが、笑った…

 私は頭に来た…

 正真正銘、頭に来た…

 「…オマエたち…勝手にひとの家に来て…その態度はなんだ? …」

 私は、怒鳴った…

 「…さっさと、出て行け…」

 「…出て行けって、そんな…」

 と、リンダが、文句を言った…

 「…そうよ…お姉さん…なにもそこまで…」

 と、バニラ…

 「…出て行けといったら、さっさと出て行け!…」

 私は、怒鳴った…

 「…もう金輪際、オマエたちの顔を見たくもないさ…」

 私が、激怒すると、またも二人は、顔を見合わせた…

 そして、

 「…わかりました…」

 と、リンダが告げた…

 「…私もバニラも、金輪際、この家には、来ません…」

 「…そうか…わかれば、それでいいさ…」

 私は、腕を組んで、言った…

 本当は、私は、腕を組むのは、好きではない…

 なぜなら、私の大きな胸が、腕を組むのに、邪魔だからだ…

 「…その代わり、お姉さんは、アラブの王族のパーティーのときに、一人で、アラブの王族の接待をしてくださいね…いえ、アラブの王族だけじゃない…日本の政界や財界のお偉いさんたちが、大勢、パーティーに参加するわけです…その接待も、お姉さんに、お任せします…私もバニラも、一切、お姉さんをサポートしません…」

 「…なんだと?…」

 私は、驚いた…

 この期に及んで、この矢田トモコを脅すとは…

 信じられん…

 信じられん、女だ…

 「…バカ…そんなこと、できるはずは、あるまい…」

 「…どうして、できないの?…」

 と、リンダ…

 「…オマエもバニラも、お父さんに…葉敬に世話になっている…その葉敬が主宰するパーティーを欠席できるはずはあるまい…」

 「…欠席は、しません…」

 「…なんだと?…」

 「…ただ、同じパーティーに出席しても、一切お姉さんと口は利きません…」

 「…なんだと?…」

 すると、私とリンダの会話にバニラが割って入った…

 「…つまり、リンダは、パーティーで、お姉さんに、なにが、あっても、絶対助けないって言いたいわけね…」

 「…そういうこと…」

 「…なんだと?…」

 「…アラブの王族が、招待されるパーティーで、私やリンダが、招かれる…でも、そのパーティーで、お姉さんとは、口も利かない…だから、お姉さんが、なにか失態をしても、決して、助けません…」

 「…失態だと?…」

 「…アラブの王族でも、日本の政界や財界のお偉いさんでも、まずは、葉尊に話しかけます…当然、お姉さんは、葉尊の妻だから、隣にいます…そして、私やバニラも、近くにいます…でも、一切、お姉さんとは、口を利きません…パーティーに慣れないお姉さんが、なにか、失態をしても、決して、教えません…」

 「…き…汚いゾ…」

 私は、怒鳴った…

 「…それが、リンダ…オマエの本性か? …オマエの人間性か?…」

 私は、指摘した…

 私は、悔しかった…

 悔しかったのだ…

 これまで、さんざ、このリンダの面倒を見てきた結果がこれだった…

 私は、悔しくて、悔しくて、堪らなかったのだ…

 「…これまで、さんざ、オマエの面倒を見てきた結果が、これか?…」

 「…面倒って? …一体、お姉さんが、いつリンダの面倒を見たの?…」

 と、バニラが、不思議そうな顔をした…

 「…いつもさ…」

 「…いつも?…」

 「…そうさ…リンダに変な虫が付かないように、私が、いつも見張っていたのさ…」

 「…ウソォ!…」

 と、バニラ…

 「…ウソなんかじゃないさ…」

 私は、言った…

 言い張った…

 が、

 実は、ウソだった…

 とっさに、思いついたのだ…

 自分でもびっくりした…

 だが、こういえば、証拠は必要ないし、なにより、ただ、言い張っていればいい…

 実に、効果的なセリフだった…

 が、

 当のリンダは、私の言葉をまるで、信じてない様子だった…

 私の顔を驚きで、直視した…

 バニラ同様、その青い瞳で、直視した…

 その青い瞳は、冷たかった…

 まるで、私のウソを見破るかのように、冷たかった…

 私は、ビビった…

 ビビったのだ…

 「…お姉さん…」

 リンダが、低い声で言った…

 私には、ドスをきかせたようにしか、思えなかった…

 私を脅しているようにしか、感じなかった…

 が、

 私は、その脅しに屈することは、なかった…

 なかったのだ…

 だから、

 「…なんだ?…」

 と、答えた…

 堂々と、答えた…

 「…お姉さんは、平気で、ウソをつけるんですね…」

 「…なんだと?…」

 私は、驚いた…

 事実、その通りだったが、それにしても、こうもあっさり、私のウソを見破られるとは、これっぽっちも、思ってなかったのだ…

 「…どうして、ウソだとわかる?…」

 私は、言い張った…

 すると、リンダが、笑った…

 ニヤリと、笑った…

 「…お姉さん…」

 「…なんだ?…」

 「…お姉さんは、どうして、私が、普段は、ヤンの格好をしているか、気付いている?…」

 「…どうしてだと?…」

 私は、私の細い目をさらに、細くして、目の前のヤン…

 本物のリンダ・ヘイワースを睨んだ…

 そして、思い出した…

 このリンダ…

 リンダ・ヘイワースは、以前、葉敬にバージンだと、告白していたことを、思い出したのだ…

 この世界中に、知られた、ハリウッドのセックス・シンボルが、バージン=処女だと告白した事実に、驚いたが、それより、驚いたのが、なぜバージンか?と、いう問題…

 その裏には、男に興味がないという事実があった…

 世界中に、その名を知られ、セックス・シンボルとして、有名な、リンダ・ヘイワースが、実は、男には、まるで、興味がない…

 ある意味、これ以上の驚きはなかった…

 こんなナイス・バディの女が、男にまるで、興味がないとは?

 私は、葉敬とリンダの会話を聞いて、驚いたが、よく考えると、納得する部分もあった…

 なぜなら、リンダと接していて、男の話題が出たこともないし、なにより、いっしょにいて、

 「…あの男、結構いいね…」

 などと、男に対して、論評するようなセリフを聞いたことがないからだ…

 男が、リンダを見れば、

 「…キレイ…」

 とか、

 「…セクシー…」

 とか、みんなが言う…

 そして、それは、私も思うことだった…

 同性の私でも、思うことだった…

 が、

 リンダは、女にもかかわらず、その手の発言は、まるでなかった…

 なかったのだ…

 だから、リンダ・ヘイワースは、ある意味…孤高…

 …孤高の存在だった…

 なぜなら、自分自身が、セクシーを売りにしているにも、かかわらず、そのセックス・アピールを振りまく異性には、本当は、まるで、興味がなかったからだ…

 だから、本当のところは、孤独だったのかもしれない…

 男を好きになれない…

 あるいは、

 男に興味がないセックス・シンボル…

 それが、リンダ・ヘイワースだったからだ…

 それを思い出した私は、ただ、

 「…オマエは、孤独な女さ…」

 と、呟いた…

 同時に、リンダに敵対する気持ちも失せた…

 このリンダが、孤独な存在だと、あらためて、気付いたのだ…

 世界中に知られた、セックス・シンボルのリンダ・ヘイワースが、普段は、男の格好をして、今、私と、ここにいる…

 考えてみれば、それが、リンダの孤独だと気付いたのだ…

 世界中に知られた、いい女の代表が、この矢田トモコといっしょにいること自体が、おかしい…

 間違っている…

 例えば、葉問のような、イイ男と、デートを楽しんでいるのが、似合っている…

 が、

 このリンダには、それがない…

 それこそが、このリンダの孤独だと、気付いたのだ…

だから、

 「…オマエの好きにすれば、いいさ…」

 と、私は、力なく言った…

 「…もうこれ以上、オマエの相手をすることは、ないさ…」

 と、付け加えた…

 すると、驚いて、リンダとバニラが、互いの顔を見合わせた…

 「…一体、どうしたの? …お姉さん?…」

 と、バニラが聞いた…

 私は、ただ、

 「…リンダの孤独に気付いたのさ…」

 と、だけ言った…

 「…リンダの孤独?…」

 バニラが呟く…

 私の言葉に、当のリンダ自身が、目を丸くしていた…

 「…私の孤独って?…」

 「…オマエは、可哀そうな女さ…」

 私は言った…

 「…可哀そうな女?…」

 と、リンダ…

 「…そうさ…このバニラは嫌いだが、葉敬と、いう男がいて、二人の間に娘がいる…」

 「…」

 「…つまり、愛し愛されている…」

 「…」

 「…が、オマエには、それがない…」

 「…」

 「…なにより、今、この瞬間、私といることが、ダメさ…」

 「…どうして、ダメなの?…」

 バニラが聞いた…

 「…ひとを愛する時間さ…」

 「…どういうこと?…」

 と、リンダ…

 「…今、私とここにいるのは、無意味…時間をキチンと使ったほうが、いいゾ…」

 「…どういう意味?…」

 「…好きな男を探せ…結婚相手を探せ…オマエは、美人だ…女の私でさえ、惚れ惚れするほどのな…だが、美人は、永くは、続かん…歳を取れば、誰もが、その美貌が衰える…その前に、男を探せ…リンダ…オマエを心の底から、大事にしてくれる男を探せ…時間は、短いゾ…」

 私が、言うと、リンダが、黙った…

 バニラも黙った…

 しばらく、この場に重苦しい沈黙ができた…

 それから、しばらくすると、

 「…お姉さん…」

 と、リンダが言った…

 「…なんだ?…」

 と、反射的に私は、答えたが、リンダの顔を見て、驚いた…

 なにやら、物凄い形相で、私を見るのだ…

 リンダの青い目が、思いつめたような、顔で、私を見た…

 文字通り、凝視した…

 私は、ビビった…

 ビビったのだ…

 私は、日本人…

 当たり前だが、目が黒い…

 瞳が黒い…

 私の目は、細いが、瞳は黒いのだ…

 だから、先天的に、青い目には、違和感がある…

 これは、なにも、差別ではない…

 単純に、日本では、見慣れないからだ…

 その青い瞳を、これ以上ないくらい、見開いて、リンダは、私を見た…

 この矢田トモコを見た…

 …これは、もしかしたら?…

 …殺されるかもしれん!…

 私は、思った…

 …言い過ぎたかも、しれん…

 私は、気付いた…

 …このままでは、このリンダに殺されるかも、しれん…

 それに、気付いた私は、焦った…

 とっさに、逃げようとも思ったが、逃げることは不可能…

 ここは、私の家…

 逃げ出すことは、できん…

 なにより、これが、外なら、なんとか、なるかもしれんが、家の中では、リンダから、逃げることは、不可能だった…

 175㎝のリンダに捕まれば、159㎝の矢田トモコは、簡単に殺されるかもしれん…

 それを悟った私は、どうすれば、いいか、必死になって、考えた…

 すると、バニラの姿が、目に飛び込んだ…

 …バニラ…

 …バニラしか、おらん…

 私は、気付いた…

 この根性曲がりのバニラに頼んで、リンダに立ち向かってもらうしかない…

 バニラは嫌いだが、それは、この際、関係ない…

 頭を下げて、バニラに私の身を守ってもらうしかない…

 それに、気付いた私は、

 「…バニラ…」

 と、声をかけようしたが、その寸前に、いきなり、リンダが、私を抱き締めた…

 175㎝の大きなカラダで、159㎝の私を抱き締めた…

 …万事休す!…

 殺される…

 このまま、このリンダに絞め殺される…

 そう悟った私は、

 「…バニラ…助けろ…私を助けるんだ!…」

 と、リンダに羽交い絞めにされながら、叫んだ…

 が、

 バニラは、動かない…

 …このバカ女…

 …だから、オマエはダメなんだ!…

 私は、心の中で、毒づいた…

 本当は、声に出したかったが、リンダに羽交い絞めにされて、声が出んかったのだ…

 が、

 そのリンダが、

 「…お姉さんが好き…」

 と、意外なことを、言った…

 …なんだと?…

 …私が好きだと?…

 私は、言いたかったが、リンダにカラダを羽交い絞めにされて、声が出んかった…

 「…お姉さんと、いっしょにいる時間が好き…だから、私を嫌いにならないで…お願い…」

 リンダが、私のカラダを羽交い絞めにしながら、懇願した…

 正直、よくわからない…

 よくわからない展開だった(涙)…

                
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